第7話 おやすみ



「はい、お待たせ。何食べる? 全部でもいいけど」



 がさっと置かれたコンビニの袋の中には、おにぎり、パスタ、焼きそば、カップ麵と数本のペットボトルが入っていた。



 あまり重いものは無理だな。



 水とおにぎりを選んだ。



「あ………」




 おにぎり、温かかった。


 


 コンビニでチンしてもらってある。



 好き嫌いあるかもしれないけど、俺はこれが嬉しかった。




 中身は王道の鮭。大好きな具だ。




 どうしよう、どんどん、目の前の女を信頼したい気になる。



 これも手なのか?




 着てる服から値踏みされて、きぐるみ剥がれた状態なのか?



 あのブランドのスーツ、売ったらいくらになるんだろう。そこまでする値がつくとは思えないけど。



 おにぎりを口に運びながら、ぐるぐる考える。



 糖分が脳にまわるのはいつだ?



「なんであそこにいたの?」




 おにぎりの最後を飲み込むと、女は当たり前の疑問をぶつけてきた。



「わかんない。なにか客に飲まされたみたいで、怖くなって逃げた」




「麻薬とかじゃ………」




 女の顔に嫌悪の色が浮かんだ。



「それはないっ」



 否定した。根拠はないが。



「たぶん、興奮剤みたいな………」




 あのとろんとした、ヒナのキメ顔が浮かぶ。



 気持ち悪い。




 激しい拒絶感。



 薬を使われたこと。自分の意志に関係なく身体を好きにされそうになったこと。




 トンでたヒナは、避妊をする様子もなかった。


 気持ち悪い。




 あんなのと粘膜を合わせることなんてできない。




「よくわかんないけど、そーゆー薬持ってるひとじゃないから」




 そんな確証なんてない。これは、俺のただの希望だ。




 そうであってくれ。



 やばい………。





 少し腹に入れたからか、急激な眠気が来た。



 抗えない。


 それとも薬のせいか?




 こんなところで、寝いるわけにはいかないんだ。



 こんな知らない女のところで………。





「眠い………」



「帰る家ないの?」




 女の声が、頭の中でエコーかかったみたいに聞こえる。



 これは寝落ちるときの現象だ。


「ちよっと!?」




「寝たら帰るから………」




 ころん、とその場に身体を倒した。




 もう起きていられない。眠い。




「待って、待って、そんなとこに寝ないでっ」




 でも、布団は見たところ一つしかないみたいだけど。




「布団、それしかないけど………」




 いいの? 俺がそれに寝ても。



 そう取っていいのか?



「さんきゅ」




 起きたら、



「ちゃんと帰るから」




 布団の方に這うと、女は身体をずらして道を開けてくれた。



 潜り込んだ布団は、冷たい。 




「ねぇ」




 なんでそんな提案を口にしたのか。



 思考が止まる寸前だったからだろうか。




「一緒に寝てよ」



「えっ!?」




 戸惑った女の手をとった。



「寒い………」




 ひとりじゃ暖かくならないよ。



 甘え方は、身体に染み付いている。




 布団に引き込んだら、意図せずして顔が近くなる。




「まつ毛ながっ………」




 なにそれ、そんなとこ気になる?



 もっと別のこと気にしたほうがいいよ、お姉さん。



 俺の中で、女→お姉さん(たぶん)に昇格。




「絶対手を出さないから」



 これだけは約束するよ。


 助けてもらった恩は絶対忘れないから。




 この温もり、忘れないから。



「………おやすみ」




 あったかいお姉さん、ありがとう。




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野良猫にも見たい空がある @manami_k

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