第一話 夢を見て⑷

後日、あやなは出勤日にあった子あった子にドリーム・メイドの卒業を話していた。みんなあやなを祝福し、そして、みんなが口を揃えて言うのだ。


「あやな先輩ならなると思ってました!」


「あやなならできるだろうなあ」


「すごいね! 頑張れ! あやなは可愛いからいける!」


「今度ライブ行きます!」


「一緒にチェキ撮る時がきたか〜」


「困ったら私に言ってくださいね! あやな先輩の助けになりたいです!」


 なんて、あやながアイドルのようにもてはやされた。いや、アイドルなのか。あやなはより一層磨きをかけるためか、メイクアップやヘアメイクを丁寧にするようになった……ように見える。


 私もなんとか頑張って彼女に祝福の声をかけ、鼓舞した。

「もうすぐアイドルなんだから、しっかりと準備しなくちゃね!」

「ゆり先輩、もう最近そればっかりなんだから……。あまりからかわないでくださいよ」

 なんて苦笑いで言われるのだが、私は至って本気だ。


 アイドルは大変な職業だ。アイドルになるためにどれだけの努力が必要なのか、それだってわかっている。あやなもきっとすごく今努力してレッスンなど受けているのだろう。でも、からかってなんかいない。からかうなら他のことでからかう。私には、届かなかった——いや、まだ届いていない夢に、あやなは届いたのだから。


 そんな多忙だと思う中あやなはドリーム・メイドのお給仕もしっかりと務めていた。そして、どんどんご主人様にもこのことは伝わっていき、次第に空気があやな一色になっていった。きっとこれもあやながアイドルになりここを卒業してしまえば落ち着くのだろう。だが、今まで私を指名してくれていたお客様が『未来のトップアイドル』と一緒にチェキを撮ったりしているところを見ると、やはり、アイドルというものがどれほど人を魅了するのかというのを改めて実感させられた。


 ただ、あやなは物覚えがいいからこそその日のお給仕後に

「ゆり先輩のご主人様、私のところに来て! ゆり先輩の方が何倍も可愛くて、努力してるのに! 今日ご飯行きましょ! 私が奢りますから!」

 と、すごく腹を立てて、申し訳なさそうに私をご飯に誘い奢ってくれたのだが、少しばかり虚しさと悔しさを感じざるおえなかった。こうやって気が利くからこそ、トップなのかもしれない。もっと努力しなくてはあやなを越すことはできない。


 私にはここしか居場所がないのだから——。


 だから必死に保守した。自分の居場所を。たとえ、ご主人様がメイドあやなに魅了されても、また新しいご主人様を見つければいいのだ。そして、まだ私を指名してくださるご主人様を大切にすればいいのだ。そうやって言い聞かせて言い聞かせて、私はドリーム・メイドに勤めていた。居心地が良かった場所は、もう、あやなの場所になり、私の居場所は少しずつ少しずつ侵食されていってしまったのだ。どんどん居心地は悪くなっていく。ただただ、あやなよりも認めてくれる人を求めて必死になった。


「ゆりちゃんはすごく丁寧だよね」


 目の前の、ご主人様が私にそう言った。一瞬丁寧なのだろうか、あやなの方がもっと丁寧だ。と頭をよぎるが、それを追いやりにこりと笑った。


「ありがとうございますっ! ゆりはもっと頑張ってご主人様に満足していただけるように、しますね!」


 ご主人様の顔色が少し変わったように思った。だけど、私はそんなこと気にしていられなかった。だってここでの居場所を確保しなければ、私の居場所はなくなってしまう。新たなオーディションも送ったばかりで、不安ばかりが頭をよぎっている。


「ゆりちゃん、今日は俺、帰るね」

 ご主人様が言う。

「そうですか……。ゆりは少し寂しいです。でも! いつでもおかえりをお待ちしております!」

 ご主人様は少し冷めてような目で私を見て、伝票と金銭を私に渡した。少し力強く押し付けられて、よろけそうになる。


 あれ、怒ってる? 私何か間違えたかな?


 そんなこと思いながらありがとうございますっ! とその伝票と金銭持ってレジへ向かい、清算してご主人様の元へ戻る——と、そこにはもうご主人様の姿はなかった。たしかにきっちりとお釣りが出ない金額をもらっていたが、あのご主人様がこのような行動を取ったのは、後にも先にもこの時だけだった。そして、結論から言うと、この後このご主人様は他のメイド仲間に指名を変えたのだった。


 この日のお給仕後、あやなが声をかけてきた。


「お疲れ様です。ゆり先輩、今日の帰ってしまわれたご主人様、ゆり先輩の指名でしたよね」

 少しどのご主人様だ? と考えたものの、あの伝票を押し付けてきたご主人様だと、気づいた。たしかに、あの時間にあやなもお給仕していた。

「そうだね。私の指名だったけれど、お金精算中に帰っちゃったみたい。なんでだろうね。今までそんなこと一度もなかったのに」


 この言葉に、あやなは少し顔をしかめた。


「先輩、こんなこと言っていい立場かはわかりませんが、指名てくださったご主人様にはニックネームで呼ぶというルール。忘れていませんか」


 あ、と思った。

「そ、そうだったね。今度は気をつけないと」

「あのご主人様、もうゆり先輩を指名しない。でもこの場所は好きだからって怒りながら帰られましたよ。いつもの先輩らしくないです。どうしたんですか」


 あやなの冷たい目に見つめられ私はようやくことの重大さに気づいた。あれ、私はここにいるために頑張ってるんじゃなかったっけ。あれ。目の前のあやなは私のことを少しだけ失望したというような表情をして立っていた。完璧を演じなければ行けないこの場所で私は失態をおかしてしまったのだ。

「ちょっとがっかりです」

 あやなのその言葉に、私は深く深く落ちていく気分になった。

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夢の中で女の子は盲目。 夜月心音 @Koharu99___

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