第一話 夢を見て⑶
今日のお給仕が終わり、メイド仲間たちのお話を聞いていた。
「あやな先輩、今度アイドルになるって知ってました!?」
え。
いつものご主人様の愚痴や指名が取れないことの愚痴とかそんなところだと思っていたので、不意を突かれて私は少しビクッとしてしまった。
あやなは、本名を
「うそ! アイドルになるの? あやなが!? すごい! どこのグループだろう?」
「なんか、今すっごく話題の地下アイドルらしいですよっ!」
「話題って言ったら、どこだろー。実は私地下アイドル知らないのよね」
「あっ、確かに、あかり先輩はホストですもんね、あはっ」
今、話題のグループ……。どこだろう。あそこかな、ここかなと、頭の中でぐるぐるする。ただ、ひとつ言えるのは私はどのグループにあやなが入ってもなんとも言えない不安を感じていた。私よりも先を行く人がいる。それがあやなだとなるのは、とても気持ちの整理が難しい。
ガラッと、カーテンの開く音がする、と、冷たい声が聞こえた。
「そんな、噂話しないでよ」
「すみませんっ!」
あやなだった。あやなが入ってくると途端に場が少しだけ冷えた。あやなは、天才的というか、それほどまでに圧があると言うか、とにかくすごく冷たい雰囲気なのだ。だが、ドリーム・メイドに立てば、優しい笑顔に透き通る声。こんな裏側なんてご主人様は誰も知らないんだと思う。
でも、噂か……。よかった。
少し安心する私はすごく酷い人間なのかもしれない。でも、あやながアイドルになることは決してできないことではないだろうし。もしかすると——。
「まあ、噂じゃないけど。大したことじゃないでしょ。アイドルなんて。簡単になれるものよ。そうやってマネージャーが言ってたわ」
え。
再びぐるぐると頭が回る。めまいがするように、回転する。
簡単になれる? なれない人がここにいるのよ。
大したことじゃない? 大したことができない人がここにいるのよ。
マネージャー? なんで? マネージャーって、すごく大きなグループじゃないと個人的につかないものでしょ。
どうして——。
「ゆり先輩も言ってくださいよ。大したことないって」
ぱちっと目が合い、あやなが私に話を振ってきた。そうだ。ここでは完璧な私でいないといけないのだ。そうだ。ここでは私はメイドゆりなのだ。そうだ。ここでは私はご主人様のアイドルなのだ。そうだ。ここでは私は認められてるのだ。そうだ。ここでは私には価値がある。
私はメイドゆりだ。
「あやなが困ってるじゃない。みんな、お話やめて、帰る支度しましょ」
にっこりと笑うとみんなははーいと、自分のロッカーの方に向き直る。そんな時、あやなが私に近づいてくる。
「ゆり先輩、ごめんなさいね。収めてもらって。私ではそんなことできないから……本当にいつもありがとうございます」
少し申し訳なさそうに、あやなが言う。たまにこうして騒がしい時に場を収めたりしてることを言っているのだろうか。
「大丈夫。気にしないで。それよりも、おめでとうだね! 今度ご飯でも行こっか!」
「はいっ! ゆり先輩となら、行きます!」
少しだけ心に靄がかかった。悔しい悔しい。と心が叫ぶのだが、あやなのことをお祝いしなくてはいけないと思い直す。
実はあやなは私を慕ってくれている。たぶん新人の頃、お世話係だったからかもしれない。私が入って2ヶ月後、可愛い子が入ったなと思ったら店長によろしくと頼まれた子。冷たい圧があって少しヒヤッとし大丈夫かなと心配したけど、お店に出たらすぐに笑顔になりすごいと心の底から思った。物覚えも、仕事に対する接し方もすごかった。だから、1ヶ月後にはすぐにトップ10入りした。そしてその1ヶ月後には私は抜かれた。その時は悔しかった。すごく悔しくて、家で1人で泣いた。
——でも、今日ほどではない。
誰にも言ってない夢。あやなもメイド仲間たちも、店長でさえ。誰も私がアイドルになりたいなんて知らない。でもそんな秘密の目標でさえ抜かれてしまうのか……。
私には存在意義なんてないのかもしれない、なんて、泣きたくなった。
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