第一話 夢を見て⑵
◇◆◇
「おかえりなさいませ! ご主人様っ!」
私は今日も頑張る。頑張る。
これは夢のためだ。私はアイドルになる。年齢なんてそんなの関係ない。だって私の働いている『ドリーム・メイド』もギリギリの年齢だったけど、なんなくスルーできたんだもの。私は可愛い。ここのお店でもご主人様に可愛い可愛いって言ってもらってるのだから。間違えはない。この職場を選んでよかった。自分に磨きがかけれるし、誰から見られても恥ずかしくない姿を作り出せる。そして自分を自分で愛すことも……できる。多分。
「ゆりりんは今日も可愛いね! やっぱり僕のメイドさんだなあ」
いつも指名してくださるご主人様の言葉にとても嬉しくなる。だから自然と笑顔が溢れる。たけるっちさんは、私がここに入った時からよくしてくださるご主人様だ。
「ありがとうございますっ! ご主人様に言われてゆり、とっても嬉しいっ!」
本当に嬉しい。可愛いって言われて、認めてもらえて、応援してもらえる。まあこの仕事場だけの話なんだけれど。本当に応援して欲しいことは他にあるものの、それはここの誰にも話してはいない。そしてここだけが私の心の拠り所になっている。だって可愛いって褒めてくれる。そして、アイドルのように見てもらえる。
「今日は何にしますか? ご主人様はオムライス好きでしたよね! それともゆりにしますか?」
私の中の定番。というかたけるっちさんへの定番だ。たけるっちさんはいつもオムライスを食べる。その後に一緒にチェキを撮る。ただそれだけなのだけど、コンセプトを守るためにも少し変わった言い方をしているだけで、みんながみんなそうではない。違う言い方をする子だっている。ドリーム・メイドは18歳から22歳までのメイドになりたい子を募集している。だからこそ、ジェネレーションギャップというか、少しだけやり方が違うのだろう。
でも私は違う。他の誰よりも違う。これ以上にない高みを目指しているから。そしてなによりも私のご主人様——ファンを大事にしたいから。
ドリーム・メイドからはまだいないが、他のコンセプトカフェからはアイドルになった子だっている。それは地下アイドルと呼ばれる、ライブハウスで活躍するアイドルだけど私はそういうスタイルも憧れている。ライブを見にいけば誰もが可愛いし、誰もがきらきら輝いていた。音が響き渡り、歌い始めると目の前が真っ白になるような……そんな感動する光景になるのだ。もちろん私はテレビに出ているいわゆる、メジャーデビューしている子たちもすごく好きだ。コンカフェからメジャーデビューしているアイドルに入った子もいるとか。
でも決してこのお店で間違えたなんて思ってない。このお店は22歳の、今年で23歳の私を採用してくれたから。選んでくれたのだ。私が必要だと。
だから今日も気合を入れてご主人様たちをお出迎えするのだ。
ふいにこれは下心なのではないか。ご主人様たちにしっかりと満足してもらえてないのではないか、と思うこともある。それでもやめられないのは、ここでしかもう、認めてもらえないと少しだけ気づき、諦めを思っているからかもしれない。
たけるっちさんとの、ツーショットを撮り、チェキにカラーペンでメッセージなどを書いていく。
「いやーいつもありがとうね。こんなおじさん相手じゃあ嫌だろうに」
これはたけるっちさんのいつもの口癖だ。たけるっちさんも誰かにきっと認めてもらえてないのだろう。だから私が——メイドゆりが、存在を認めるのだ。ここにはそういう人もたくさんくる。もしかすると誰しもが孤独で認めてもらいたいのかもしれない。
「そんなことないですっ! ゆりは、ご主人様にたくさんたくさん勇気や元気も生えてますから」
本心だ。にっこりと笑うとたけるっちさんもいつものように笑う。メッセージは毎回違うことを書くことをマイルールとしているから、少し大変だ。でも、1回、2回、3回と、撮影した数を書いていくと、
「あっ! たけるっちさん! 今日で50枚目ですね!」
なんてことだってあるわけで。
これはメイドとご主人様の固い絆であるのだ。チェキが全てではないけれど、これがわかりやすいからそういうことにしている。チェキを撮らないご主人様はたくさんいるが、それは絆ではなく本当の上下関係のようなものな気がして私は好きではない。
たけるっちさんと私はエア・ハイタッチをして喜びあった。これはお触り禁止のンセプトカフェだからこそあるルールであり、気持ちの共有の仕方だ。やはりこれも絆ではないだろうか。ここの空間でできる、最大の共有、共感、感動。他の場所では馬鹿にされたってここではそれが1番喜ばしいことなのだ。
「チェキを撮るのはゆりりんと僕の間ではもう当たり前だからね。撮らないと始まらないというか……」
ひと通り喜んだ後、ふとたけるっちさんがそうこぼした。仕事や家庭の話なんかはこの仕事ではしない。なにより癒されてほしいし、コンセプトを崩しかねない。聞かないが少し心配にはなる。これはメイド心というものなのだろうか。それとも人間だからなのだろうか……。私も同じような気持ちだからかもしれない。私もご主人様がいないとこんなに笑っていられないから。
だからこそ、私はしっかりとたけるっちさんの目を見て言うのだ。
「ゆりは、そんなたけるっちさんがいてくれてすっごく嬉しいですよっ! ほら! しっかり、ここにも書いてありますからっ! だいすきって!」
チェキを見せながら微笑むと、たけるっちさんは少し涙目になりながらも私と向かい合って笑い合った。きっと何か嫌なことがあったんだそう思いつつも聞かない。そんなに空気が読めないわけではないから。でも私が笑顔にさせる。それだけだ。それが私がここで認められる要因である。私はご主人様にこの空間だけでも幸せな時間を過ごしてほしい。ただ、それだけだ。
「ゆりりんありがとう」
微笑み返す。それしかできない。私はそんなことしかできない。ここではこれしかできない。話を聞けばたぶんここの空間の魔法も解けてしまうし、癒しも何もない気がする。だから時々無力だなと感じる。もしかするとアイドルも一緒なのかもしれない。ファンの人がどれだけいても私は微笑み返すことしかできないのかもしれない。それで、救われる人がいるのだろうか。少しでも勇気が出る人がいるのだろうか。もちろんここの空間でも同じだ。ここで私から勇気をもらえる人はどれだけいるのだろうか。
今日も落選だったのに。選ばれなかったのに。このドリーム・メイドでも選ばれない子はたくさんいる中で、私はたけるっちさん含め様々な人たちに支えてもらっている。まるでアイドルみたいに。売上がトップに近いのも全部全部ご主人様たちのおかげなのに。なのに、こんな私に何か価値があるのだろうか。ないという落選という文字が連なった紙ばかり届いて、もう何年なのかと不安になるのに。全て不安なのに。
でも、それでも。
「ゆりりんは僕のアイドルだよ」
そう言ってもらえることが嬉しくて。
もちろん、わかっている。ここの空間だけのアイドルだってことくらい。それくらいわかっている。私もここの空間の魔法にかかっているのだ。
寂しいなあ。悔しいなあ。
「ありがとうございますっ!」
にっこりと丁寧に笑う。本当に丁寧に。それが私にとってできる唯一の恩返しだから。
本当にありがとう。
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