寫眞機

ゆーえんみー大統領

 

 僕はその娘の子どもらしく髪を結う姿がかわいいと言うのだが、いつも怒られるのだ。



 パシャリ。フィボナッチ数列みたいにシャッターが絞られていく。フラッシュが焚かれて、閉じる瞬間は覗けない。それがどうにも残念で、どの寫眞も写りが悪いのだ。

 そんな私にも唯一、写りが良い寫眞があった。それは中学校入学式の日、玄関前で家族で撮ったモノだ。なんで写り良く撮れたんだっけ。



 俺はもともと美術館にいた。古い絵しかない、ボロい美術館、そこが好きだった。一階は一般公開の間で、二階は絵画を修復する部屋、館員の事務室とかが主で、俺は貯蔵記録書、藝術家の論述本とかが置いてある書斎の長机の引き出しにいた。

 扉がギギギッと開き、「書斎だ!」と歓声を上げる青年は机に近付いて来て、引き出しを開けた。そしてまた「すごい、50年モノの寫眞機だ」と俺を手に取って言った。

 窓から差し込む陽差しがレンズに反射して、しゃぼん玉色につやめいた。青年の口がぽっかりと空いている。

「あげるよ、君が持っておいた方がいいだろう。」年老いた館主が笑って言うと、青年は喜んで俺を肩にさげた。



「すごいだろ、職場のおじさんに貰ったんだ!」僕は通りすがる小学生に自慢して帰った。あいつらにはこいつの凄さが分かんないんだな、「へー」とか「お兄ちゃん誰?」だとか。下り坂を自転車ですっとばす。風で肩に掛けた寫眞機の中がシャカシャカ言うので、僕はきっと撮ったきりのフィルムがあるに違いないと、ますますとばした。

 商店街にある現像屋で、こいつにフィルムを吐かせ、新しいフィルムを買って、家に帰った。ばったり出会った隣の家に住む女の子に玄関先で寫眞機を見せた。

「わー、すごいや」と笑うその娘の表情を撮りたくなって、僕はカメラをその娘に向ける。ぱしゃり。夏の蒸し暑さもなくなって、シャッターを下ろした音が涼しかった。


「えーっと、2500円だね」

 まだ給料を貰ったこともないので、少し高い。財布から3000円を取り出して、トレーに置いた。財布に伊藤はもういない、閑古鳥とはこういうもんか。

 自室の机で封筒のノリを剥がし、中からは十葉の寫眞が出てきた。どれも絵画を上から撮ったモノで、やはりこの寫眞機は展示された絵画の記録に使われていたのだ。

 中でも気に入ったのは、『和服を着たベルギーの少女』と題の付けられた印象画だった。レンズを通してモノクロに縮小されたそれは、なんだかカラフルで、僕はベルギーに行ってみたくなった。

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