最終話 国蒔には何か居た
田中は山間の高速道路を走らせながら、ようやく終わったのだと安堵のため息をついた。随分と苦労させられた割に実入りも少なく、しかも後味の悪い仕事だった。
「辛気臭い顔しないでよ。田中は十分よくやったわ」
助手席に座る佐藤からは、田中が落ち込んでいるように見えたらしい。
「まあ、とりあえず藍川英司の命が助かったのは良かったな」
「ええ。あの時は驚いたわ。突然、彼の姿が現れたんだもの。お腹のナイフが刺さりっぱなしだし、溺れたみたいに水を吐くしでびっくりしちゃった」
「腹のナイフは刺さりっぱなしだったから助かったようなものだ。もし抜けていたら、出血多量で死んでいた」
田中は藍川英司の身柄を見つけ、慌てて地上へと運んだ。先行して佐藤が電波が入る場所まで戻り救急車を手配していたおかげで、何とか一命を取り留める事ができた。酸素不足で脳機能が傷つき、障害が残ってしまったらしいが、時間を掛けリハビリをすれば今までと変わらぬ生活を送れるようになるらしい。
だが、不安要素も残されている。病院で意識を取り戻した藍川英司が語るところでは、ハラサシは八洞の地底湖の底へと沈めたらしい。
「なあ。あのハラサシは溺れ死ぬような存在だと思うか?」
「さあ。知らないわよ。でも、入院中の藍川君が襲われる事は無かった。それが答えじゃないかしら? あら、失礼」
佐藤の携帯が鳴る。彼女は電話に出ると、何回か相槌を打ちながら電話の相手の話を聞き入っていた。田中は懐の煙草へと手を伸ばそうとしたが、もう煙で身を守る必要が無いと思い至り、その手をハンドルへと戻す。
程なくして佐藤は礼を言って通話を切った。
「喜びなさい。羽廣風が目を覚ましたらしいわ」
「そうか」
羽廣風は神社で刺された後すぐに、田中の呼んだ救急隊によって病院に搬送されていた。しかし、出血が激しかった事と小柄な事も災いして意識不明の状態が続いていたのだ。
「それは嬉しいニュースだが、普通は部外者にそういう話は知らせないんじゃないのか?」
「私を誰だと思ってるのかしら。色々と方法はあるのよ」
得意げに語る彼女を横目に、田中は呆れて肩をすくめる。そういえば、いつの間にやら佐藤は警察に追われる事は無くなっていた。意趣返しのつもりなのか、病院で藍川英司の元を訪れていた警察に対して「お勤めご苦労様です」と笑顔で挨拶をしていたぐらいだ。一体どんな魔法を使ったのだろう。
しばらく車内は無言となる。県を跨いだ事を示す看板を過ぎると同時に、長いトンネルへと差し掛かった。
「なあ、国蒔は大丈夫なのか? 俺たちのせいで、あの土地を支配していた神様が消えちまった訳だが……」
「田中は神が消えたら何かが変わると思う? この科学が支配する世界で、祟りを恐れたり生贄を捧げたり、それを妖怪に代行させたり、その妖怪を作るためにまた生贄を捧げたり。神様を信仰する気持ちは尊いとは思うけれど、あの町の信仰は……」
不健全よ。
「じゃあ、国蒔はこれから良くなっていくのか?」
「知らないわよ。何かが変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。地方都市が抱える現実的な問題もあるでしょうし、三家の権力だって急に衰えたりはしないと思うし。でも、そんな小さな町を大きな視点で考えなくったっていいじゃない。私たちは本来死ぬはずだった二人の命を救った。それだけで十分じゃない」
確かに佐藤の言う事は一理ある。そもそも、この現代で幽霊だの妖怪だのは恐れるべきものではなく、楽しむべき存在なのだ。
トンネルを抜ける。日が差すと空調が効いた車内であっても体感温度が上がる。
佐藤の弁ではないが、先の事など分かるわけがない。あの国蒔にはこの世ならざる何かが居たが、それは過去の話なのだ。
田中はただ、生き残った二人の行く末が平和なものである事を祈りながら車を走らせ続けた。
故郷には何か居る 秋村 和霞 @nodoka_akimura
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