第十八話 【vs.黒妖犬 後編】


「ハァッ!!」


 黒妖犬ヘルハウンドの鋭い爪から放たれる、容赦の無い斬撃。一対一で対峙したものの、エルは攻撃をいなすだけでも精一杯の状態であった。

 なんとか状況を打開しようと、こちらから攻撃を仕掛けるが、黒妖犬ヘルハウンドに大剣が届くことは無かった。漆黒の体を完璧に捉えているはずなのに、全く斬った感触が無いのだ。


「なんでっ……!」


 大剣を振り下ろした直後の無防備な状態のエルに、更に斬撃が飛んでくる。エルは咄嗟に体を反らし、なんとか回避行動を取った。しかし、完全には避けることができず、斬撃は顔に向かってくる。振り下ろした大剣を無理矢理斬り上げ、向かってくる斬撃を弾いた。


 しかし――――

 エルは激痛に思わず表情を歪める。左目から大量の血が滴り落ちていた。斬り上げた大剣はわずかに間に合わなかった。


「嬢ちゃん、大丈夫か!?」

「大丈夫ですっ!! 皆さんは、下がっててくださいっ」


 他の冒険者達は、少し離れたところからただ見ることしか出来なかった。黒妖犬ヘルハウンドの攻撃は、エルでこそ対処できているが、ここにいる冒険者であれば、どれも致命的な攻撃になりかねないことがわかっているからだ。


 冷静に状況を確認する。左目は開けることができない。かなり深い傷になってるはずだ。でも片目だと、どうしても攻撃への反応が遅れてしまう。このままだとマズイか……。

 落ち着け……ワタシっ。

 

「……ふぅ」


 エルは両目を閉じ深呼吸をした。今までも、絶対絶命の状況を幾つも打破してきた。こんなところで死ぬわけにはいかない。

 しかも、この森には、ワタシが探していた人がいるはず……。あの人を見つけて、あの約束を果たすまでは、絶対に死ねないんだ。


 その時――――


「んっ? なにこの匂い……?」


 今まで気づかなかったが、両目を閉じて感覚を研ぎ澄ませたことで、わずかに感じることができた。極微量な匂い。

 それは、感覚強化フィールアップにより、匂いの量は僅かではあったが、より鮮明にその正体を感じ取ることが出来た。


「ギンナの実とブルーシーズの香り……魔物除けの薬だ!」


 その匂いは、目の前にいる黒妖犬ヘルハウンドの更に後方から漂っているようだ。

 姿は見えないが、幻術の一種であろう。その場所に意識を集中させると、明らかな魔物の気配があった。

 気づいてみれば明白であった。黒妖犬ヘルハウンドは最初から、近接攻撃を仕掛けてこなかった。ワタシ達が見ている姿には実体が無く、最初から後方で斬撃を放っていたのだ。


 敵の場所が分かれば、こちらのもの。あの怪物を一撃で決めるには、を使うしかないけど……。

 

「すぅ……ハァ――――」


 エルは意を決し、もう一度大きく深呼吸する。両目を閉じたまま、全神経を集中させた。そして、おもむろに大剣を胸の前に掲げ、言い放つ!


特殊祝福エクストラギフト! ”神の義足アーティファクト:レッグ”!!」


 その瞬間、エルの足が目映く光り始めた。

 そして――――


「はぁぁぁっ!」


 エルは目にも止まらぬ速さで、姿を隠している黒妖犬ヘルハウンドとの間合いを一瞬で詰めた。そして、その勢いのままに、全体重をかけて、大剣を振り切った。


「グオオオオオオォォォォ!!!!」


 黒妖犬ヘルハウンドの断末魔が周囲に響く。文字通り光速で放たれたエルの一振りは、漆黒の体を真っ二つに斬り裂いた。

 やがて、黒妖犬ヘルハウンドだったものはゆっくりと地面に崩れ落ちた。


「ハァ……ハァ…………」

「やったな! 嬢ちゃん!!」


 驚きと喜びが入り交じった表情で、他の冒険者達が駆け寄って来る。

 エルは息を整えながらも、「勝ちましたよ!」と笑顔で迎える。

 しかし、その姿は満身創痍という言葉にふさわしく、左目からの出血と、両足が焦げたようにひどい火傷を負っており、冒険者達は更に驚愕した。


「おい! その左目大丈夫かよ!」

「足もひでぇぞ……」

回復ヒールだ! 支援役サポート早くこっちへ!」

「ありったけのポーションも持って来い!」


 冒険者達が口々に叫ぶ。この勝利は奇跡的であったが、エルが死んでしまっては元も子もない。


「大丈夫ですよ、このくらい……」

「どう見ても大丈夫じゃねえだろ……。嬢ちゃんはよく頑張った。だが、これ以上は残念だが無理だ……」

「え……?」

「撤退するぞ。どちらにしろ嬢ちゃんが動けねえなら、俺たちにここの魔物の相手はできねぇ……」


 ベテラン冒険者の判断は賢明であった。実際、このダンジョンの魔物を相手に出来るのはエルだけである。

 それほどまでに黒妖犬ヘルハウンドの出現は、冒険者達の心を折る出来事であった。


「でも! セレス君は!?」

「残念だが……。この場所では、どのみち死んでる可能性が高い」


 エルも心の底では拭い去れなかった。このダンジョンで彼が生きているかどうか。だけど、生きていると信じるしか無かったのだ。

 エルは子供のように泣きじゃくった。


「でも、でもぉ……」

「嬢ちゃん!! もう仕方がねぇのさ! いい加減――――ッ!!!!」


 だが、そこに居た全員が嫌でも思い知らされることになる。ここは未知のSランクダンジョンなのだと。

 一度入ってしまったが最後、脱出できる可能性など、皆無に等しい死の森であると。

 

「嘘……だろ……」


 暗く生い茂る木々の中から、異常な瘴気を漂わせる魔物の影。それはまさしく、先程まで対峙し、エルが死闘を繰り広げた黒妖犬ヘルハウンドの姿であった。

 そして、その影はでは無かった。


黒妖犬ヘルハウンドが3体だとっ……!」


 死の象徴のような魔物が3体。既に臨戦態勢であり、今にも襲いかかろうと、喉を鳴らしながらこちらを威嚇している。


「な、ん、で……」


 エルも、目の前のことが信じられなかった。”神の義足アーティファクト:レッグ”は消耗が激しく、すぐに使うことは出来ない。

 それに、1体ならまだしも、3体なんて、攻撃する隙も無いだろう。

 ……もう打つ手は無かった。


「セレス君……」


 その呟きは、神への祈りだったのか。ただの偶然だったのか。

 3体の黒妖犬ヘルハウンドから放たれた斬撃に、最早為す術は無く。ただ呆然と、迫り来る死を見つめることしか出来なかった。


「――――――ッ!!」

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最弱のテイマーと最強の従魔たち Bminor @BminorATM

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