26 新たなる旅立ち
表に停めてあったミッドナイトに乗り込む。
ハンドルを握ると手首がキラリと光ったのだが、助手席のアダルトはその輝きに反応してギョッとなっていた。
「ちょ、ナイトさん!? それってハートストーンだし!? どしたん!?」
「カナリアにもらったんだ。そんなに驚くようなものなのか?」
「ええっ!? ハートストーンって、フツーは家族にしか渡さないもんだよ!? 結婚の申し込みのときに、家族になるって意味でハートストーンを贈り合うくらいなんだし!」
「そうなのか? でもカナリアはまだ子供だから、そういうつもりじゃなかったんだろ」
「ったく……! やっぱり、ナイトさんってばニブすぎだし!」
「え? そんなことはねぇよ」
アダルトは思い出し怒りをしたかのように、急に不機嫌になる。
険しい顔で腕を組み、プイとそっぽを向いてしまった。
「いーや、ニブいし! だってあたしがずーっとして欲しいって思ってること、ぜんぜんしてくんねーし!」
そう言いながら、なぜか後頭部のほうだけをこっちに寄せてくるアダルト。
俺はもしやと思い、その白いつむじにポンと手を置いた。
なでさすってやると、助手席の窓に映る彼女の顔がほころんだ。
「にへへへ……!」
どうやらアダルトも、『なでなで』してほしかったようだ。
俺みたいな非モテ男は、女性と肩が触れ合っただけで通報案件。
だから妖精とはいえ女性の髪を触るのは初めてだったんだが、彼女の髪はシルクみたいな肌触りだった。
「ふわぁ……! ナイトさんの『なでなで』、超気持ちいいし……!」
その恍惚とした顔が、残像を残す勢いで俺の前から消え去る。
突如としてミッドナイトの助手席が開き、アダルトは車外に放りだされていた。
彼女は「ふぇ?」と呆けた表情のままガードレールを飛び越え、歩道の向こうにある冒険者ギルドの中に消えていった。
「お……おいおい、またかよキッズ。今度はなにが気に入らなかったんだ?」
しかし、キッズは答えてくれない。
ダッシュボードのレベルインジケーターが、まるで苛立っているかのように揺れている。
「なあ、なにか嫌なことでもあったのか? 機嫌を直してくれよ」
俺は話しかけながらダッシュボードをさする。
これは整備工だった頃のクセで、不調になった車によくやっていた。
なんの科学的根拠もないおまじないなのだが、
「……わたしにもしてください……」
どうやら
「気がつかなくて悪かった、そしてありがとうな。お前がいてくれたおかげで、俺の新しい人生はずっと最高潮のままだ」
「当然です。わたしはそのためにいるのですから」
「ちょ、キッズ!? いきなりなにするし!?」
「あなたがマスターに抱いていいのは不満ではなく感謝です。わたしがその気になれば、走行中に排除することもできるのですよ」
「もうあったまきたんですけどぉーっ! こうなったらミッドナイトの中で、なんじゃもんじゃ食ってやるし!」
ぷりぷりと肩をいからせ戻ってきたアダルトの手には、『もんじゃせんべい』の袋があった。
「それどうしたんだよ」
「ギルドにいたドワーフのおっさんにもらったし!」
アダルトはバリッと袋を破り、バリバリとせんべいを頬張りはじめる。
「やれやれ『クリーニング』のスキルを覚醒させる必要がありそうですね」
「ナイトさんも食う? はい、あーん」
せんべいを口に運んでもらいながら、俺はギアをドライブに入れる。
アクセルを踏み込もうとしたところ、キッズが反応した。
「マスター、次はどちらへ?」
「ちょっと行ってみたいところがあるんだ。かなり遠くて険しい道のりだが、ついてきてくれるか?」
「当然です。マスターの行くところであれば、地獄の果てでもお供します」
「ナイトさんの行きたいところなら、あたしも行きたい! ナイトさんと同じ景色を、もっともっといっぱい見たいし!」
「よし……それじゃ、行くとするか! 次の、異世界へ……!!」
目の前に広がる道はどこまでもまっすぐで、空にくっつくほどに伸びていた。
アクセルを踏み込み、天から降りてきたベールのようなそれを一気に駆け上がる。
……まるで、空に昇っているような気分だった。
異世界がやってきたので、会社の上司と取引先を轢き殺したいと思います 佐藤謙羊 @Humble_Sheep
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