第18話 劉禅逃亡

 半月後はんつきご北方ほっぽう前線ぜんせん滞在たいざいしたままの姜維きょういの元に、驚くべき情報がもたらされた。

「何だと...、劉禅りゅうぜん陛下へいか成都せいとを出られただと...。何処どこに向かわれたのだ? しかも何故なぜ。このような時期に、どうしてこのような事を...」

 ききゅうの知らせをたずさえて来たのは、成都せいとで姜維のやかたを預かる執事しつじだった。

「それが...有ろう事か、に向かわれております。国境くにざかいで魏の兵達へいたちに迎えられて...。みかどは魏に降伏こうふくされたのです...」

 それを聞いた姜維は驚愕きょうがくした。

「何だと....。みかどみずからが、蜀を魏に差し出したと言うのか...何故なぜそのような真似まねをされるのだ...」

 天をあおいでなげき叫ぶ姜維の横で、華真かしん冷静れいせい表情ひょうじょうで口を開いた。

みかどは、我等われらも民も見捨みすてたと言うことです。恐らく魏の曹叡帝そうえいていから、条件じょうけんを示されたのでしょう。魏に降伏こうふくすれば、安定あんていした身分みぶんと暮らしを保証ほしょうすると...。その申し出を受諾じゅだくするようにみかどせまったのは、恐らく黄皓こうこくでしょうな。」

「黄皓‼︎ あの奸賊かんぞくめ。おのれ私欲しよくの為に、みかどたぶらかし、国を売るとは....許せん。いつか必ず彼奴あいつの首をねてやる‼︎」

 そう言っていきどおる姜維に対して、華真は冷徹れいてつな表情で向き合った。

「姜維殿。お気持ちは判りますが、最終決定さいしゅうけっていを下されたのは、みかどである劉禅様ご自身じしんである事から眼をそむけてはなりません。黄皓が何を言おうが、みかど受諾じゅだくが無ければ、このような事態じたいは無かったのです。」

 それを聞いた姜維が立ちすくんだ。

「そ、それは...。もしや貴方あなたの言いたい事は、おそれ多くも...」

 動揺どうようする姜維に対して、華真は宣告せんこくを下すように言った。

「姜維殿。我々は、真実しんじつ直視ちょくししなくてはなりません。劉禅帝りゅうぜんていは、この国と民をてたのです。しかもおのれ意思いしで。我々われわれは、この事の意味いみめなくてはなりません。あの方には、みかど資格しかくなど無かったのだと...」

 華真の言葉ことばに、姜維の動揺どうようは更に増した。

「そんな....ではこの国は、蜀はどうなるのだ? みかどを失った蜀は今後こんごどうなる?我等われらはどうすれば...」

 狼狽うろたえる姜維を前にしても、華真の冷静れいせい口調くちょうは変わらない。

「姜維殿、此処ここ狼狽うろたえてはなりません。為すべき事は、この国をべるにる次のお方を、一刻いっこくも早くみかど擁立ようりつし、混乱こんらんおさえる事です。」

 それを聞いた姜維は、直ぐに顔を挙げた。

「そうであった。まだ他にも劉備帝りゅうびてい皇子みこがいる...。劉永りゅうえい様と劉理りゅうり様は、今どうされている?」

 たずねられた執事しつじは、眼を伏せた。

れが....お二人とも劉禅陛下りゅうぜんへいかが、共に連れて行かれてしまっております。」

「な、何だと...」

 焦った顔つきの姜維の横で、華真はやはりそうかという表情ひょうじょうを見せた。

「抜け目のない黄皓らしい動きですな。我等われらが劉禅帝の後継こうけいを立てる事を阻止そしする為でしょうな。れで、劉永様と劉理様が成都を去られた際のご様子は...?」

 華真に問われた執事は、眼を伏せたまま嗚咽おえつした。

「お二人共に輿こしに乗り、劉禅陛下と共に出て行かれました….」

 執事しつじ言葉ことばを受けた華真が、姜維を振り返った。

残念ざんねんながら、これで劉永様と劉理様も、みずから魏に行く事を望まれたのは明らかです。そうなれば、お二人共ふたりともに、次のみかどたる資格しかくは御座いません。」

 それを聞いた姜維は、思わず天をあおいだ。

「何と軟弱なんじゃくな...。仮にも劉備帝りゅうびてい血筋ちすじであるみかどと二人の皇子みこが、揃って父君ちちぎみの建てた国をててしまうなどど...。これで我等われら推戴すいたい出来るお人は、誰も居なくなってしまったと言う事か...」

 がっくりと首をれる姜維に向かって、華真が強い視線しせんを向けた。

「まだあきめてはなりませぬ。まだ劉備帝りゅうびてい血筋ちすじは、この世に残されておりますぞ。」

 華真の言葉ことばを聞いた姜維は、すがるような眼を華真に向けた。

「なんと言われた、華真殿。そのお方とは….一体いったいどなたです?」

残念ざんねんながら、そのお方は今は蜀にはおられませぬ。しかし我々われわれは、ず国の混乱こんらん収拾しゅうしゅうし、そのお方をお迎えする準備じゅんびをせねばなりません。魏のこのたびの動き、恐らく標的ひょうてきとなったのは蜀だけでは有りますまい。呉でも同じ事が起こっていると推察すいさつします。」

 その時、孫皓そんこく血相けっそうを変えて、二人の元に飛び込んで来た。



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