僕の手が震える十二月

冷田かるぼ

十二月二十五日


 雪の降るクリスマス、僕の手は悴んで震えていた。なんだかこれじゃかっこ悪いな、手袋してくりゃよかった。そんなことを思いながら、駅前のベンチに座り込んだまま彼女を待つ。


 今日はクリスマス、しかも雪が降っているのでつまりはホワイトクリスマスだ。そんな日に彼女とデートだなんて、なんて人生勝ち組なんだろうと自分でも思う。もちろん、嫌味などではない。単純に幸せを噛み締めているだけだ。




 ただ、一つだけ大きな問題がある。待ち合わせの時間は二時間ほど前だということだ。


 彼女はちょっと抜けているところがあるから、迷子になったりトラブルに巻き込まれているんじゃないかと不安にもなる。


 その上メッセージを送っても既読がつかないものだから怖い。ああ、もちろんアイコンはペア画にしてある。何度見てもにやにやしてしまうのが欠点だけど。


 でも寝坊だとか充電切れだとかそういう可能性もあるし、僕の愛しい彼女がそんなことやるわけがないのだがドタキャンというのもありえる。とりあえず、もう数時間くらい待ってみよう。ベンチも温まってきたところだし。




 緩んだマフラーを巻き直して、改めてスマートフォンの画面を見直す。まだ十時半。そしてもちろんこのマフラーも彼女からのプレゼントだ。不器用だからと市販の物と一応手作りの物を一つずつ、なんて言われてもらったのだが僕は彼女の手作りの方しかつけていない。


 不器用でも一生懸命僕のために作ってくれたなんてもう、正直言って一年中身に着けたい。いっそ家宝にしたいくらい。




 ……と、彼女には引くほどデレデレな僕だが、それにもしっかりと理由がある。それは彼女が可愛すぎることだ。


 これは大真面目な話だ。決してふざけているわけではない。真剣な惚気だ。


 中学からの同級生だった僕達は高校二年生で初めて同じクラスになって意気投合。趣味やら会話のテンポなんかがびっくりするほど合って、これは運命だとかなんとか騒ぎ散らしてしまった。今となってはお恥ずかしい限りなのだが。


 まあそんなこんなで現在大学生、お互いに忙しくてなかなか会えない中この状況である。


 電話やらメッセージやらで話はするけど、やっぱり顔を合わせてというのが一番だと思う。ころころ変わる彼女の表情は愛しくて仕方がないし。




 ……うん、すごく寒い。十二月二十五日の気温は六度くらいと画面に表示されたニュースの通知が知らせてくる。


 彼女は何をしてるんだろう。寒がってないかな、僕と同じで寒がりな人だしな。


 そういえば去年のクリスマスは寒いからって家で一緒にゲームして終わったんだっけ。


 一緒にこたつに入ったまんまぐだぐだゲームして……協力も対戦もノリノリでやってくれる、そういうところ本当にいいなあって思った記憶がある。


 なんで今年は外でデートしようなんて思ったんだ? 確かちょうど今日か昨日公開の映画を観に行くつもりだったんじゃなかったっけ。


 それで彼女が来ないっていうのも変だな、多分発案者は彼女だし。僕は映画は嫌いじゃないけど映画館はあまり好きじゃない。家かどこかで喋ったりしながら観る方が好きだから。




 なんだか心配になってきた。メッセージに最後に既読がついたのは昨日の夜通話した時だ。今朝から音信不通。充電が減っていくのも気にせず、スマホに張り付いて既読と返信を待つ。


 普通なら重いとか思われるかもしれないが、これは非常事態なのだから仕方ない。とにかく心配なんだ。


 いや、もしかして僕のことが急に嫌になったとか? 彼女はそんな人じゃないと分かっている。だけど昨日はどんな話をしたっけ、なんてつい考えてしまう。


 そろそろこの辺に二時間以上いることになってすごく不審な目で見られているような気もするけど……ここを離れると彼女とすれ違ってしまった時困る。


 周囲の目線については覚悟を決め、どっしりと構えてみた。と言ってもベンチにより深く腰掛けただけだが。そりゃ自分が不審がられるより彼女に不安を与えないことの方が大事だからな。




 さて、昨日彼女とどんなことを話したか、だ。


 正直話してたというかイチャイチャしてただけというのが正しいかもしれない。会話なのかは怪しい。ただデレデレしてるだけだった。


 そういやなんか、お互いの嫌なところなんかを聞いてみたりしたっけ。彼女はなんて言ったっけ……ああ、『結構頑固で怒ると手がつけられなくなっちゃうとこ』って言ってたっけ。その後はそんなところも含めて好きだよ、なんていう甘い言葉に浮足立ったわけなのだが。


 確かに自分では怒ったりした記憶がないが周りにいつの間に恐れられたりしていることは多かったなあ、なんて思う。


 我を忘れて暴れてしまっているんだろうな……彼女にもそんな面を見せてしまうとは情けない。彼女は優しいからある程度のことまでは許してくれるけど。


 僕はなんて言ったんだっけ、そういうとこだよ、みたいな感じだったはず。なんだかんだ彼女は言いたいことをはっきり言ってしまうところがある。時々しっかり心に刺さる一言があったりもするから痛い。だがもちろん、僕もそういうところも含めて彼女が好きなのだ。




 ……だめだ、全く原因になりそうなものが思いつかない。僕達は付き合って三年目に入っているのだがとてつもなく仲良しなのだ。


 嫌われて未読無視、という線はやはり薄いか……。




 そう、思ったときだった。


 スマホに鳴り響いた通知。速報、と強調して書かれたその文。


【速報】山中で遺体発見 二十代女性とみられる




「そら、くん」


 頭の中で僕の名前を呼ぶ、うっすらと響いたその声。振り絞るような、それでいてまだ甘さの残った……。死にかけた人間の声だった。


 ああ、思い出した。思い出してしまった。どうして忘れてしまったんだろうか。僕は馬鹿だ、本当に、本物の馬鹿だ。


 頬を冷や汗が伝う。僕の手が震える。寒いからなんかじゃない。おさまらない震えを全身で包み込む。傍から見ればただ寒がっている人だろう。……顔を真っ青にして。


 この手にあの時の感覚が蘇る。強く、強く、紐で絞め、手が震えるほどに力を込めて、……その首を。


 そうだ、彼女は――――

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