市民会館の殺人

結騎 了

#365日ショートショート 295

 助手のワシトンの顔は、思いのほか青ざめていた。

「なにぃっ!?」

 震える声の知らせを聞いた私は、大きく音を立て椅子から立ち上がる。つか、つか、つか。靴の音を響かせて辺りを歩き回った。ついでに、持っていたパイプを指でくるくると回す。そして、すっと振り返って……

「まさか。信じられない。この館で殺人が起こるとは。いくら私が名探偵のチャーロック・ポームズだとしても、こう何度も事件に遭遇していいはずがない。ああ、神は我を見放したか。あるいは悪魔の呪いか」

 すぐそばで縮こまるワシトンは、引き続き唇を震わせていた。額には冷や汗が見える。いいぞ、君のその迫真の表情こそが、私の存在を輝かせるのだ。

「さて、改めて状況を整理しよう。ペンションとして運営されている、この古ぼけた館。設計者が変死を遂げたことで有名な、バロック調の建築物だ。今現在、我々はここに吹雪で足止め中。当然、電話は繋がらない。そして、円形に陣取られた各部屋には曲者ぞろいのご一行が宿泊している。どうやら、ミステリ研究サークルのメンバーらしい」

 ここで一度溜めて。息を吸ってから。

「そんな館で、予期せぬ死体の出現。にわかに漂う他殺の線。これから、各人の足取りとアリバイを聞かねばならぬだろう。飛び出すのは人間の怨嗟か。はたまた隠し通路か隠し部屋か。外界から閉ざされた洋館でのミステリ、名探偵の腕が鳴るというもの」

 語りかけるような口調で高らかに述べる。ああ、この瞬間こそ、名探偵冥利に尽きる。見ていろ、私がこの事件を見事解決してみせよう。

「あの、その……」

 ワシトンはまだ震えていた。どうした、君はもうそこにはいないはずだろう。

「違うのです、あの……」

 なんだか様子がおかしい。なにが起こったっていうんだ。

 きょろきょろと辺りを見渡しながら、ワシトンは背を屈めながら恐る恐る私に近づき、小声で述べた。

「……落ち着いて聞いてください。。劇の発表は中止です」

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