第114話:七分三十秒

 再び放たれた閃光。

 禍々しい神気の束が、地を這うように海人たちへと迫る。


「っ!!」


 先程の一閃に比べて、威力はやや劣るように見える。

 だが、広い。五百の兵全てを飲み込むような超広域斬撃が、数キロメートル先から音速に迫る速度で飛んでくる。

 

 海人は右目を閉じた。開眼するのは、神気を捉える月神の目。

 斬撃の元となる複雑な術式が、彼の視界にはっきりと映る。その急所に狙いを定め、海人は再び口を開いた。


「『解けろ』!」


 同時に消失する蒼天の一撃。

 今度の反動は小さい。少しクラッ、とする感覚に見舞われる程度で済んでいる。


 ――これなら、あと何発かは……


 手応えを感じる海人。

 だが、蒼天の神気の底は見えない。

 彼の神気量は、悠天より遥かに多い――それが海人の直感だ。神裔の力を得た清棟相手に、一晩中継戦出来た彼女よりも、である。

 耐えているだけでは、海人に限界がくる方が早い。勝つためには、攻めの一手がいる。


 ――でも……


 蒼天の戦闘能力は常軌を逸している。この超長距離からの広域高速斬撃すら、彼の力の一端に過ぎない。近距離でも、悠天を一方的に制圧出来るだけの圧倒的な速度と火力を蒼天は兼ね備えている。


 まともに当たれば敗北は必至。

 故に、海人が導き出した結論は――


「貞盛さん! 次の転移まであとどれくらい掛かりそうですかッ!!」


「っ!!」


 固まっていた貞盛は、海人の叫びでハッとしたように目を見開く。


「あ、あと四半刻ほどですッ!!」


「四半刻……っ!?」


 現代の単位にして七分三十秒。それを、あの蒼天から稼がなくてはならない。


 ――無理ゲーじゃねぇかッ!!


 海人の頬を冷や汗が伝う。

 だが、正面から打ち破る難易度に比べれば遥かにマシだ。

 選択の余地はない。

 海人は声を張り上げた。


「全力で転移の準備を!!」


「逃げるんですか!?」


「ええ、そうです! 今の俺たちじゃアイツに勝てないッ!!」


 直後、再び轟音が響いた。

 海人は苦しげにバッと振り返り、左目で術式を捉える。そして、口を開いた。

 言霊の発動。蒼天の術式は、すんでのところで再び空へと還元される。


「ハァ……ハァ……」


 今の彼に出来るのは、術式の解体のみ。

 それ以上のことは、一発迎撃し損なったら終わりのこの状況では出来そうにない。

 だが、日々の疲労が蓄積した海人には、それすらどこまで保つか分からなかった。


「畜生……っ」


 前方の青年を睨む。様子に変化はない。

 やはり、海人の直感に狂いはなかった。


 ――MP切れ勝ちはやっぱ無理か。さて、どうやって七分半稼ぐ……?


 海人は思考回路を高速回転させる。

 とはいえ、手札の限られたこの場面で取れる選択などそうはない。

 

 その時、貞盛は声を上げた。


「再臨様たちだけでも先にッ!」


「駄目だっ!! 確かにそれで俺たちは助かるかもしれないが、貞盛さんたちが――」


「我らは護衛、それで散るなら本望!! そのくらいの時間なら命を賭して」


「馬鹿言わないでくださいッ!」


 海人は断固として拒絶した。

 対集団戦闘に特化した貞盛たちでは、こういう状況下での小回りが利かない。

 現状、彼らが足手まといになっているのは否めなかった。

 だが、この状況は誰が予想できただろうか。こんな理不尽の前に屈するなど、海人の主義に反する。最善を追い求める彼の目標は全員生存。そこは譲れない。


「どうする……」


 絶体絶命。

 その時、海人の前に歩み出る少女が一人。


「仁王丸……っ!?」


「私が時間を稼ぎます。千晴、貴女もいけますよね」


「もちろんッス!!」


 グッ、と拳を握る千晴。

 海人は目を見開いた。彼に訪れた一瞬の逡巡。蘇る伊勢での記憶。


「で、でも……!」


「ご安心ください。死ぬつもりはありませんから。伊勢での借り、返してやりましょう」


 仁王丸はニヤリと微笑む。海人は額に汗を浮かべて、確かめるように問う。


「仁王丸、千晴、本当にいけるか?」


「ええ」

「はいッス!!」

 

 威勢の良い返答。

 海人は表情を引き締めて頷く。

 彼は、彼女たちを信じることにした。


 直後に響いた四度目の轟音。今度は一度目と同じ、一点突破型の高速超火力斬撃。

 だが、威力が上がっている。平安京で見たあの一撃を彷彿とさせる、濃密な死の気配。

 海人は再び口を開く。


 ▼△▼


「やはり、些か距離が遠いか」


 四度の術式を全て相殺されたにもかかわらず、蒼天はどこか上機嫌に呟いた。

 その立ち姿には余裕すら感じられる。

 実際、彼の消耗は無いに等しい。町を一振りで消失させるような神話の再現ですら、蒼天にとっては準備運動に過ぎなかった。


「ならば、寄るまで」


 ニヤリと。蒼天の細い体躯に力がこもる。

 踏み出した右脚。直後、彼のいた地面がえぐり取られる。

 否。神速の踏み込みが、衝撃波となって地面を弾き飛ばしたのだ。


「行くぞ」


 次の瞬間、蒼天は音を置き去りにして海人たちの方へと跳躍した。

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