第97話:無理難題に挑む策
「かぶ……なんだそれは?」
「それは、今から説明します」
ごくりと生唾を呑む武芝たち。
海人は一つ頷く。
「まず大前提として、僕らがやるのは商売。その手段の一つが株式会社です」
「それはなんとなく分かる。だが、普通の商売と何が違うのだ」
「規模ですよ。いや、ホントはもっと色々違うんですけど、いま一番大事なのはそこ」
「つまり……どういうことだ?」
将門が割って入る。彼だけではない。武芝も五月もいま一つ理解出来ていない様子だ。
事前に説明を受けた真樹だけは、腕を組んだまま「さあどうする」とでも言いたげに海人を眺めている。
――まあ仕方ないか。
会社どころか貨幣経済が浸透しておらず、商売といっても個人単位での物物交換が関の山な坂東。そこに住まう人間に、ぱっと言って理解せよというのは無理がある。
だから、彼は一応準備をしてきた。
「これをどうぞ」
海人は武芝に紙の束を手渡す。
「なんだこれは」
「説明資料です。さて、話の続きといきましょう。株式会社は今の商人たちがやってるのと違って、協賛する人間とお金を出し合って行なう。だから、これまで以上の規模で商売が行えるんだ」
武芝は資料をパラパラと捲りながら、海人の言葉を追いかける。彼は資料に顔を近づけて、目を細めながら、
「ええと、それは出資者とやらから金や米を借りるということか? だが……」
「ちょっと違いますね。借りるんじゃなくて、買ってもらうんです」
「は?」
「株券ってヤツを売るんですよ。株券それ自体はただの紙切れ。でも、買った分のお金か米と交換できる。さらに、出た利益に応じて配当金ってヤツを受け取る権利を得られるんです」
武芝は「かぶけん、かぶけん……?」と呟きながら再び資料を捲る。海人は「四頁ですよ」と告げて、
「あと、場合によっちゃ株主優待を設定してもいいかもしれませんね」
「えっと、これか」
頁を一枚進め、武芝は顎に手を当てる。
「そう、出資者に特典を与えるんです。税の一部免除とかが良いんじゃないですかね」
「だが、何のために?」
「そういうのを作って出資者をたくさん集めるんですよ。出資者が集まれば集まった分だけ大きな額のお金を動かせる。そして、利益だってその分大きく出来るんだ。なら、多少は色を付けてあげても良いって理屈ですよ」
「なるほど、仕組みは分かった。確かにこれなら、田堵どもから米を集められるな……」
武芝は腕を組みつつ、納得したように唸る。ほっとしたように胸を撫で下ろす海人。ただ、武芝はまだ疑問があるらしい。
「だが、肝心の商売は何をするのだ」
「それを考えるために、郡中の税収、特産品が知りたいんです」
「そこで最初の話に戻ってくるわけか。分かった。暫し待て」
そう言って武芝は席を外す。
しばらくして、彼は紙の束を抱えて帰ってきた。
「これが直近三年分の村ごとの税収。そして、これが去年の
海人は武芝から書類を受け取り、パラパラと目を通す。
彼は空いた時間にくずし字を勉強していたため、読むこと自体に苦労はない。
「ふむ、ふむふむ……」
が、いかんせん枚数が多い。目を通すだけでもなかなか時間がかかる。
「どうだ。何か良き案は?」
五分ほどパラパラやっていた海人は、武芝の問いかけにゆっくりと顔を上げた。
「……とりあえず、宮原村の木綿を買って西の沼田村で売りましょう。あと、
「なに? 自分たちで作るのではないのか?」
「はい。だって、いちいち作ってたら時間と費用が掛かって仕方ないでしょ?」
「確かにそれはそうだが……」
「いいですか? 価値とは差なんです。安く手に入れて、高く売る――これが鉄則。郡中、そして周辺の郡との物流を抑えている郡衙なら、多分この辺を実現するポテンシャルはあるはずだ」
「そういうものか……」
まだどこか腑に落ちないといった声色の武芝。とはいえ、理解出来ていない訳ではない。ただ、従来と大きく異なる価値観に困惑しているだけだ。
彼をよそに海人は書類を捲りつつ、
「うん、いけるぞ。後は細かい計算をしてコストと利益率を考えていけば……」
指で床に数式を書きながら、何度も頷く。
場はすでに海人の独擅場だった。
「……」
武芝は目を細める。
目の前にいる少年は、自分たちが思いつきもしなかった方法で事態の解決を試みている。自分があれだけ苦心しても、日々悪くなっていくだけだった状況を打開しようとしている。彼は本物だ。彼ならもしかすると――
そこまで考えて、武芝は観念したように息を吐いた。
「……良いだろう。お前の策に乗ってやる」
「本当ですか!」
「だが、いくつか条件がある」
勢いよく声を上げる海人に、武芝は落ち着いた声で告げた。
「この策はお前が主導しろ。それと、こちらから出せる米は郡衙の蔵の半分だけだ。郡衙の設備と人員は貸してやる。この範囲でうまくやって見せろ。責任は私がとる」
暫しの沈黙が応接間を包む。ただでさえ少ない米の備蓄、その半分しか使えないという武芝の条件。将門たちは厳しい表情を浮かべた。だが――
「半分? ずいぶん大盤振る舞いじゃないですか」
「なに?」
「四分の一で良い」
「!?」
海人の言葉に目を丸くする武芝。そんな彼に歩み寄り、海人は手を広げて、
「ただでさえ備蓄は少ないんだ。もっと大事に置いとかないと。それに、四分の一で十分です。これだけあれば、十分やりたいことは出来ますよ」
そう大口を叩いてみせると、ニイと不敵に笑って見せる。初対面の時とは打って変わって堂々とした態度だ。
武芝はやや気圧され気味に口を開く。
「お前は……一体何者なのだ」
「俺ですか? 高階に居候してるただの高校生ですよ」
「こう……?」
困惑する武芝に、再び笑みを向ける海人。
タイムリミットは備蓄の米が尽きるまで――恐らく来年の春頃だろう。
それまでに海人は、公営企業の立ち上げを行ない軌道に乗せ、武蔵国足立郡の流通網を整えなければならない。
――無理難題。でも、それは元からだろ。
海人は拳を握り、力のこもった瞳で前を向く。盤面は整えた。手駒も渡された。あとは賽を振り、その出目に従うまで。
「よし、やってやるか」
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