第90話:女神の助言
「という訳なんだけど、なんか妙案ない?」
「は?」
どことも知れぬ、無限大の六畳半。
制服姿の可憐な自称女神――月詠は、こたつに頬杖をついたまま怪訝そうに形のいい眉を吊り上げた。
つい昨日別れてから、もうこの部屋に戻ってきたかと思えばこれである。たった一日でこれだけの問題を抱え込めるのはむしろ才能の類だろう。
「相変わらずコイツはいっつも……」と小さく呟き、月詠は一つ息を吐く。彼女は無造作に積み上げられたみかんを一つ手に取ると、
「そのくらい自分で考えたら? アンタそういうの得意な方でしょ?」
「当然自分でも考えたよ。権限とか、神子の身分とかを活用出来ないかな、とか」
「ふむ」
「でもなぁ、正直普通に地道にやってたら時間がかかって仕方ないじゃん? 俺はなるたけ早く平安京に帰りたい。出来ればもっとシンプルかつ強烈なやつで、坂東の人たちから信頼をゲットしたいんだ」
そんな意識の低そうなことを自信満々に告げる海人に、月詠は呆れたような表情で、
「あのね、人間関係ってそんな簡単じゃないのよ? 信頼を得たければ実績がいる。で、実績っていうのは、日々の積み重ねでしか獲得できないものなの。それを一朝一夕で得ようだなんて、虫が良いにも程があるわ。大人しくのんびりやることね」
「ぐっ、ド正論……」
普通に説教を食らって、ぐぬぬ、と海人は悔しげに唇を噛む。だが、彼はそうやすやすと引き下がる男ではない。
「でも、そこをなんとか」
「ダメ。自分で何とかしなさい」
素っ気なく言い放つ月詠。そんな彼女に、海人は一つ目を伏せ、声のトーンを落として言った。
「……頼れるのはお前だけなんだ」
「えっ」
「お前しか頼れない。今の俺に、味方はお前しかいない」
キリッ、とした瞳。一片の曇りなき瞳が、月詠の目をまっすぐに捉える。彼女は少したじろいで、
「な、何よ急に……そんなに頼みこんでも――」
「頼む。お前だけが頼りなんだ」
「しっ、仕方ないわねっ! そこまで言うなら知恵を貸してあげないことも無いんだから!」
あっさり押し負かされた月詠は、気恥ずかしさをごまかすように腕を組んで、ふん、と鼻を鳴らす。だが、案外満更でもなさそうな表情だ。
「(チョロいなコイツ……)」
「何か言った?」
「いえ何も!」
そう慌てて答える海人に、月詠は「まったく」とため息を吐いた。彼女は頬杖をつき直して、
「……で、どんな方向性が良いの?」
「えっ?」
「手短に信頼を得たい、印象をアップさせたいって言ったって、やり方はいくらでもあるわ。それこそ、精神操作や催眠、洗脳を使っても結果は同じよ」
「あるのかよ……てか、不穏なワードのオンパレードだな」
「例よ例」
月詠は呆れたように言い放ち、天を仰ぐ。
「でも、一個確かなのは正攻法じゃ難しいってことね。さっきも言ったけど、普通にやったら結構時間がかかる。それを手短にって、それこそ何かチートみたいなのが……あ」
「?」
「そういやアンタ現代人じゃない。この時代の人間からしたら、千年以上も先の未来の人間よ?」
「……!」
ハッとする海人。最近すっかり忘れていたが、自分は現代日本から来た未来人ではないか。契神術でも権限でも、ましてや神子の身分でもない。彼はいま自分が持つ最も強力な武器を思い出す。
「現代知識無双展開……!」
「なんかどこぞのファンタジーに侵食されたみたい表現だけど、まあ間違ってはないわ」
うんうんと頷く月詠。彼女はどこか興奮気味の海人を冷めた目で見つめて、
「でも、そんなに上手くいくかは知らないわよ。高校生の知識で出来ることなんてたかが知れてるし」
「そりゃ、まあ」
確かにその通りだ。現代文明の成果の結晶は、そのほとんどが高度な技術と専門性の上に成り立っている。電子機器にしろ工業製品にしろ、義務教育+αの知識で容易に再現出来るものではないだろう。
「でも、やれることはあるはずよ。とにかく、まずはここの人間どもを観察することね。で、付け込めそうな所があればやれる範囲でやってみる」
「ほう」
納得したような、してないような顔の海人。そんな彼に月詠は、
「……まあ、一番効果ありそうなやつは思い付いてるんだけど、それは教えないわ」
「えっ、なんで?」
「アンタのためにならないからよ。でも、ヒントくらいはあげる」
そう言って、彼女は教え諭すように人差し指を立てた。
「現代日本の義務教育って案外優秀なのよ。アンタが普通に出来ることが、ここの人たちにはなかなか難しかったりする。基本的なところを見逃さないようにすることね」
「なるほど……?」
分かったような、分かってないような顔。月詠は何が面白いのかクスクスと微笑んだ。
「じゃあ精々頑張ってみて」
「おう。やれるだけやってみるさ」
そう言って、海人はドアノブに手を掛ける。精神だけ招かれたときも、帰りはこの扉経由だ。
「また遊びにくるよ」
「その時は失敗談を聞かせて貰うわ」
「なんで失敗する前提なんだよ!」
「ふっ」
「……まあいいや、それじゃ」
海人は不服そうな顔を一瞬浮かべると、苦笑しつつ手を振って部屋を後にした。
結局、特に実のある会話でも無かったように思える。海人は騒ぐだけ騒いで、勝手に納得して帰っていった。なんとも賑やかな奴である。
そんな少年が去り、静かになった部屋で、月詠は独りムスッとした顔で呟いた。
「……チョロくて悪かったわね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます