第88話:気のいい男

「もう一度聞いてやる。お前は何者だ。一体何しにこの坂東へやってきた?」


 真樹は刃を突きつけ問い詰めた。下手なことを言えば、そのまま斬り伏せられる――決してはぐらかしたりは出来ない、そういった緊張が漂う。


「……っ」


「答えろ」


 ただ、海人には後ろめたいことなど何もない。朝廷の役人であるというのはあながち間違いでもないが、別にスパイをやっているわけでも暗殺を請け負ったわけでもないのだ。


 しかし、彼が自分の立場を説明するのも容易ではない。高階の居候にして再臨の神子、そして、征東特使などというよく分からない役職。それが今の海人の肩書なのだが、その全てが特殊過ぎて証明する手段がない。


 その上、千晴の話からして坂東の人間は多少なりとも西の人間に反感を持っているらしい。包み隠さず話しても、逆に角が立つかもしれないのだ。


 ――面倒なことになったな……


 海人は冷や汗をダラダラ流しつつ、思索を巡らす。何とかしてことを穏便に済ませたいが、良い方法はまったく思い浮かばない。

 適当に嘘をついて誤魔化すのは下策中の下策だ。バレたら一巻の終わりであるし、何よりつき通せる自信がない。海人は案外嘘が下手な人間だ。


「なぜ黙る。早く答えろ」


 ただ、沈黙が長引けば長引くほど怪しまれる。ここは一つ思い切っていくことにした。


「俺は!」


 その時、バンッ!! と大きな音を立てて戸が開く。


「夕餉が出来たぞ別当殿!!……って、何してんだ?」


「チッ、間が悪い……」


 空気の読めない将門に苛立たしげな視線を送ると、真樹はため息をついて刀を納める。彼はきょとんとする将門を一瞥すると、海人に耳打ちした。


「命拾いしたな。だが、覚えておけ。怪しい真似をしたらその場で斬る。俺は西の人間を信用しない」


「……ぅ」


 真樹はふん、と鼻を鳴らして立ち去った。


 海人は長い息を吐くと、へなり、とそのまま床に倒れ込む。将門はそんな彼の隣に腰を下ろすと、人懐っこい笑みを浮かべて、


「すまんな坊主。別当殿は疑り深いんだ。だが、悪い奴じゃねぇから許してやってくれ。それより傷は大丈夫か?」


「えっ」


 まるで今までのやり取りを聞いていたかのような将門の言葉に、海人は軽く目を見開く。「夕餉が〜」のくだりは自分を助けるための演技だったのだろうか。だとしたら見た目と違って思いのほか頭が回るらしい。

 海人は頷くと、躊躇いがちに口を開く。


「でも、俺が得体の知れない奴っていうのは事実で……」


「それはそれ、これはこれだ。坊主がどこの誰とかは関係ねぇ。お前は俺の仲間を助けようとしてくれたんだ。なら、お前も俺の仲間だぜ?」


 将門は海人の肩を軽く叩くと、ニカッ、と白い歯を見せる。


 ――これが、将門……


 日本史上に名を轟かす逆賊。そのイメージとはかけ離れた彼の振る舞い。海人の目には、ただの気のいい男であるように映った。

 ふと、将門は思いついたように手を叩く。


「そうだ、もう動けるんなら坊主も一緒にどうだ?」


「な、何に?」


「夕餉だよ。西の人間の口に合うかは分からねぇが、腹減ってんだろ?」


「えっ」


 とは言うが、身体は嘘をつけない。漫画が何かのようなタイミングで腹の虫がくうと鳴き声を上げ、海人はバツが悪そうな表情を浮かべる。


「いや、まあ……」


「じゃあ決まりだな! 色々話聞かせてくれや!」


 ガハハ、と豪快な笑みを上げて、将門はバシリと海人の背中を叩く。その一撃で確かなダメージを食らいながら、海人は引きつった笑みで将門の誘いに応じた。

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