第83話:武神の娘
「これは……!」
草陰に隠れながら、海人たちは目を見開く。目線の先にあるのは燃え上がる家々。その原因は明白。具足姿の武士たちが火を放ったのだ。
彼らは逃げ惑う村の衆を蹂躙しつつ、収穫したての米がつまった倉を打ち壊し、略奪を行っている。
千晴は悔しげに唇を噛んだ。
「西の奴らめっ!」
「西の奴ら……?」
「そうッス! こいつら半年くらい前にいきなり現れて、坂東の人たちに重い税を課したンス。そして、従わない村はこうして……!」
彼女は地面を力強く叩いた。その怒りは海人にもひしひしと伝わってくる。きっと、これまで同じような光景を何度も見てきたのだろう。
「こうしちゃいられない、止めなきゃ!」
「待て!」
海人は飛び出そうとする千晴の手を掴む。
「何ッスか!!」
「相手は軽く見積もって30はいる。ちはるん一人で行ってもやられるだけだ!」
「じゃあ黙って見過ごせって言うンスか!?」
「そうは言ってない! きっと何かいい方法が――」
しかし、千晴は海人の手を振り払って
「考えてる時間が無駄! 戦が怖いなら邪魔するなッス!!」
「おいっ!!」
結局千晴はブレザーを海人に叩きつけると、そのまま騒乱の中に飛び込んでいった。
「クソッ!」
出会ってすぐのほぼ他人とはいえ、千晴は自分より年下の少女。見殺しには出来ない。海人は一つ舌打ちして、その後を追う。
彼は走りながら、集落を襲う具足武者たちに目を向けた。
――アイツら何者だ? 西の奴らって言ってたけど平安京と平城京のどっちだ?
海人にとって、平城京の陽成院派は倒すべき敵。そして、平安京の朱雀帝、摂政忠平派は名目上味方のはずだ。
しかし、転移して以来、海人の平安京に対する疑念は深まり続けている。佐伯の一族に対する処遇や内輪揉めばかりの貴族連中を見ていると、平安京も平安京で碌でもない組織であるように思えてならないのだ。
――でも。
彼の脳裏に浮かんだのは、雅信、高明、そして悠天の顔だった。彼女らは紛れもない善人。そんな人間がある程度上の地位を占めている平安京サイドが、目の前で繰り広げられているような暴挙に加担するとは思えない。
いや、思いたくなかった。
「って、そんな願望は今どうでも良い!」
海人は頬をパシリと叩く。
――相手が平安京だろうが平城京だろうが、俺のやることは同じ……!
その時、ガキンッ!! と甲高い金属音が鳴った。
「っ!?」
目を見開く海人の視界に映るのは、宙を舞う刃の破片。血飛沫。その合間を駆け抜けるのは、一人の少女。多勢に無勢をものともせず、千晴は具足武者たちを薙ぎ倒していく。
――何が……!?
理解が追いつかない。しかし、起こっていることは単純だ。年端も行かぬ少女に完全武装の大人の男が蹂躙されているだけである。
「何だコイツはッ!?」
「ぐふっ!!」
瞬く間に混乱に陥る武者たち。彼女はその土手っ腹に容赦なく太刀を一薙ぎする。鎧がひしゃげ、大柄な男が吹き飛ばされた。
「この娘ッ!!」
一人の武者が怒りに身を任せて突っ込んでくる。彼は千晴を袈裟斬りにしようと大きく太刀を振り上げた。しかし、
「隙だらけッス」
「!?」
彼女は真上から振り下ろされた太刀をひらりと躱して、逆に男の股下から肩にかけて刀を斬り上げた。頑強なはずの具足が両断され、男は断末魔の叫びを上げる間もなく絶命する。
血を見るのに慣れていない現代っ子の海人ですら、ある種の美しさを感じてしまうような鮮やかさ。この場に立つ全員が息を呑む中、千晴は堂々と声を張り上げた。
「立ち去れ、西の無法者!!」
「強っ!」
凄まじい戦闘力。予想の遥かに上をいく彼女の実力に、海人は思わず声を漏らす。身のこなしだけなら、犬麻呂や仁王丸より間違いなく上。初対面の時からただ者ではない雰囲気はあったが、ここまで圧倒的だと懸念がまるで杞憂である。
――これなら、ホントに一人で……
そう海人が安堵しかけた、その時、
「なんだなんだ、皆やられてしまったではないか」
「っ!?」
突如現れた烏帽子の男。同時に、ひりつくような神気の共鳴が起こる。これは転移術式発動のサインだ。そして、烏帽子の男の後ろに騎馬が十数騎出現する。
「なっ!?」
海人は目を剝く。いや、彼は転移術式に驚いたのではない。神気の集中。術式発動の予兆。それは、明後日の方向から飛んできた。
「避けろ千晴っ!!」
「えっ」
直後、辺りを包む閃光。轟く轟音。上がる火の手。これは自然現象ではない。
――契神術!?
バッと顔を上げ、海人は左目を閉じる。開く月神の視界。そして気付いた。
――集落の外れに6人、雰囲気の違う奴らがいる……!
海人が契神術師と相対するのは、何も今日が初めてではない。だが、直前まで気付けなかった。なにせ、彼がこれまで見た術師は、みな前に出て肉弾戦を絡める戦闘スタイルの者ばかりである。後方で火力支援要員として用いられるパターンは完全に初見、海人の想定の外にあったのだ。
「畜生……! 千晴はっ!!」
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