第82話:旅は道連れ

 気の抜けた命のやり取りからしばらく経った頃。千晴はふいに立ち止まると、バッと後ろを振り返った。そんな彼女の視線を受けて、海人は不思議そうに小首を傾げる。


「どうかした?」


「どうかした? じゃないッス。なんでついて来るんスか」


「だって俺行くアテないし」


「知らないッスよ」


 千晴はムスッとした顔でぶっきらぼうに返す。意気揚々と一人旅に興じていた彼女は、突然現れた邪魔者にご機嫌斜めなようだ。


「てか、そもそもなんで兄ちゃんはあんなところで行き倒れてたんスか?」


「行き倒れてねーよ。突然飛ばされて気絶してただけだよ」


「飛ばされた?」


「そ。転移術式ってやつ。何の説明もなくいきなり」


「訳分かんないッス」


 千晴は適当に応じると、くるりと翻って再び歩き始める。彼女は目線だけ海人に向けたまま、


「それはそうと、アタシについてきてもしゃーないんじゃないッスか? 一人で西に帰れば?」


「それがだな、訳あって帰れないんだよ……」


 海人はしょぼん、と力なく告げた。

 出来ることなら、彼だって一刻も早く平安京に戻って仁王丸や高明たちの安否を確認したい。しかし、海人をここへ飛ばした張本人――朱雀帝は、海人が東国を治めるまで二度と都の地を踏むなと勅命を出したのだ。


「はぁ……」


 思わずため息が溢れる。途方もない条件だ。人脈なし。コミュ力もあんまりなし。かと言って腕っぷしも微妙。権限だって全然使いこなせてる感がない。そんな彼に、どうやって東国を平定しろというのだ。


 それに、彼には全く情報が与えられていない。今東国がどうなっているか、誰が敵で誰が味方か、そもそも何をすれば良いのかなど一切分からなかった。


「やっぱこれ普通に流刑じゃね? 俺詰んだ?」


 海人は情けない顔でそう口にすると、「あぁ……」と漏らして頭を抱えた。


 流石の千晴も、急に元気をなくした様子の彼が多少は可哀そうに思えてきたのか、


「なんか、よく分かんないけど大変だったんスね……ほれ、よしよしッス」


「……っ」


 憐れむような目をして、彼女は海人の頭を撫でる。千晴なりの慰めなのだろうが、海人にしてみればその行為が却って自分の惨めさを浮き彫りにしているように思えて、微妙な表情を浮かべることしか出来なかった。


 ――いや、待てよ?


 だが、海人は意外に単純な男である。仁王丸と同じくらいの歳の女子に撫でられているという状況をポジティブに捉えることで、あっさり気持ちを切り替えることに成功した。


「うわ、何ニヤけてるンスか気持ち悪」


「そう言うなって。で、ちはるんはどこに向かってんの?」


「変な呼び方するなッス」


 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く千晴。


「アタシはいま下総に向かってるンスよ。小次郎殿に加勢するために」


「小次郎殿?」


 聞き慣れない名前だ。海人は不思議そうに首を傾げる。そんな彼とは対象的に、千晴は勢いよく振り返って拳を握ると、目を輝かせながら少々オーバーともいえる身振りで、


「そ! この坂東で最も男らしい男ッス! 西の奴らに良いようにされるみんなを、小次郎殿は助けてくれる。あのクソ親父と違って、情に厚いお方なんスよっ!」


「お、おう……」


 急にテンションを上げる千晴。その熱量に押されて、海人は引き気味に頷いた。


 ただ、彼女がここまで熱心に語るのだ。もしかすると小次郎とやらは結構有名人なのかも知れない。海人はそう思って、再度脳内検索をかけてみた。


 ――うーん……小次郎か。どっかで聞いたような聞いてないような……


 何かが引っかかったような気もするが、今ひとつしっくりこない。やはり知らない人物のようだ。


 ――まあ、歴史に残る人物なんて国のトップか大事件の首謀者くらいだし、ただのヒーローじゃ仕方ないか。


 海人はそう結論づけると、適当に思考を打ち切る。


 そんな時、千晴はポン、と手を叩いた。


「そうだ! 小次郎殿なら兄ちゃんのことも世話してくれるかも知れないッスよ!」


「え、でも、小次郎さんとやらは西の人間が嫌いとかそんなのない?」


「あの人は立場とか細かいこと気にする人じゃないッス。困ってるみんなの味方ッスよ! それに、昔平安京で滝口の衛士をやってたこともあるとかで、むしろ印象良いかも知れないッス!」


「へぇ!」


 小次郎が誰かは結局分からなかったが、千晴の話し通りなら善人には違いない。途方に暮れるほか無かった彼に、ふと差し込んだ光明。これに縋らない手はない。


「じゃあ俺も小次郎さんに会ってみようかな!」


「そうしてみるッス!」


 満面の笑みで答える千晴。行き先が決まってホッとする海人。ようやく彼らの間に平穏が訪れかけた、ちょうどその時だった。


 ドゴン!! と、空気を震わすような轟音が辺りに響く。周りを見渡す海人たち。音源はどうやら向こうに見える集落らしい。やや遅れて煙が上がり、悲鳴も聞こえてくる。


「なにッスか!?」


「爆発音……!?」


 海人は目を細める。火薬なんてまだ無いはずの古代日本で、そんな類の音が鳴るのは妙だ。雷の可能性も一瞬頭を過ぎったが、天気は気持ちが良いくらいの秋晴れ。なら、原因は他にある。


「でもじゃあ、一体何の……」


「取りあえず行ってみるッス!!」


 千晴はそう叫ぶと、海人の返事も待たずに走り出した。

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