第73話:割を食う者たち

「そうか! 左馬允殿は無事一行を追捕したか!!」


 内裏、蔵人所。部下からの報告に、師氏はぱっと表情を明るくした。

 神子二人と高階きっての家人の追捕――並みの武官なら卒倒ものの高難度任務だったが、それが何とか達成されたことに師氏は胸を撫でおろす。


「さすがは鎮守府ちんじゅふ将軍の嫡男、ただならぬ武勲」


「重症だそうで」


「無事ではなかったか」


 再び表情を曇らせる師氏。新たな頭痛の種に「そりゃそうだよなぁ」と呟いて、彼はため息をついた。


「まあ、仕方なかろう。相手が相手だ……で、神子様たちは今どこに?」


「悠天様は賀茂社にて謹慎、再臨様と佐伯の若君は左京獄さきょうのごくに入れられたようです」


「そうか」


 師氏は苦し気な表情を浮かべ、弟の言葉を思い返す。


 ――これは、高階潰しの策謀ですよ


「……やはり兄上たちの考えは分からん」


 ▼△▼


 洛北、賀茂社。

 兵衛府の武者たちに周りを固められた屋敷の中で、女房はため息交じりに口を開いた。


「……神子様、今度は何をやらかしたのです?」


「おい菖蒲あやめ、その言い方ではまるで我が問題児みたいではないか」


「実際そうでしょう。式部卿宮しきぶきょうのみやさまとの婚約破棄に始まり、山法師との乱闘、九条殿との十年来の小競り合い、無許可での熊野旅行、それから」


「もう良い!! 分かった! 分かったから!!」


「で、結局何をやらかしたんです」


 わたわたする悠天をジロリと睨み、菖蒲と呼ばれた女房は詰問する。悠天はバツが悪そうな表情を浮かべて彼女から目を逸らすが、結局観念して引きつった笑みを浮かべた。


「八咫鏡を壊してしもうた」


「…………え?」


「……八咫鏡を壊してしもうたんじゃ」


「はぁっ!?」


 驚きのあまり大声を上げる菖蒲。

 当然だ。まさか、仮にも神に仕える立場にある主人が神器を壊して帰ってくるとは思わないだろう。


「えっ、は? あの、八咫鏡を!?」


「待て、誤解するな! 壊したのは我じゃない! あとあれは仕方なかったんじゃ!!」


「そんな子供の言い訳みたいなのが」


「違う! 本当じゃ!! あれは蒼天が!!」


「蒼天?」


「そうじゃ! 南都の上皇の介入があったんじゃよ!!」


 必死に弁明する悠天を菖蒲は疑わしげに見つめている。仕方ない。おいそれと信頼するには前科がありすぎた。


 だが、今回はこれまでと少し話が違う。いくらじゃじゃ馬姫でも流石に三種の神器の破損まではやらないだろうという期待、もとい願望が、菖蒲の心に悠天を信じてみるという選択肢を生んだ。


「本当……なのですか?」


「ああ、本当じゃ! 信じてくれ!!」


 ▼△▼


「そうは言いましてもねえ……」


 洛南、左京獄さきょうのごく

 海人の必死の弁明を小一時間聞かされ、源高明は困ったような表情を浮かべている。


 会議の結果海人の尋問に当たることになった高明であるが、まだ若輩の彼には何をどうしたらいいのか分からない。ただうんうんと頷き、ため息をつくことしか出来なかった。


「じゃあ逆にどうすれば良かったんですかっ!!」


「えっと……その、仮にその話が本当だとして、貴方は一度蒼天の技を防いだではありませんか。今回もそんな感じで」


「出来るわけないでしょ無茶言わないでください!!」


「あっ……でっ、ですよね……はは」


「でしょ!?」


「ええ……」


 完全に気おされてしまっている高明。というより、内心彼は海人が無実なのではないかと思っているのだ。そのため、あまり気が進まないまま尋問を行っている。

 しかし、彼の上司の実頼はどうも海人を有罪にしたいらしく、高明に対して無言の圧力をこれでもかというほどに掛けてきた。彼はその板挟みになって苦しんでいるというわけである。


「……って、そうじゃない!! 同意してどうするんです!? 私の仕事は尋問、私の仕事は尋問、私の仕事は……」


「あ、あの……大丈夫ですか?」


「えっ!? あ、大丈夫です!」


 ついには海人にまで心配されてしまった高明。彼はやるせなさと不甲斐なさで一杯になった頭を抱え、何度目か分からないため息をつく。


「こんなことではダメだ……しっかりしろ……弟たちの、帝の支えにならないと……」


 ▼△▼


 同じく、左京獄。

 仁王丸が収監された独房の前では、一人の若い貴族が落ち着かなさそうに歩き回っている。そんな彼を睨みつけ、彼女は苛立たし気にため息をついた。


権中将ごんのちゅうじょう殿、尋問なさるなら早く済ませてはいただけませんか?」


「と、とはいってもだな」


「する気がないならさっさと帰ってください。考え事の邪魔です」


「そ、そんなつれないことを言わなくても」


 相変わらず手厳しい仁王丸の対応にたじたじになるが、例の彼はなんとか食らいつく。

 彼の名前は源雅信みなもとのまさざね。先々代の帝の孫で、高明のいとこだ。生真面目で多才、帝と同じ血を引く者に恥じない気品と風格。普段は秀才の名をほしいままにする彼であるが、突然降ってきた想定外の任務にはただアタフタするほかなかった。

 

 しかし、任された以上はやり遂げるしかない。彼は一度息を思い切り吸い込むと、意を決して口を開いた。


「じゃ、じゃあ、そろそろ始めようか」


「そうしてください」


「えっと……っ!」


 そこまでいうと、雅信は仁王丸の顔から突然目を逸らす。彼女は怪訝な表情を浮かべつつ、彼と目を合わせようとするが、彼は耳を真っ赤に染めて反対側を向いてしまった。


「なんですか」


「……すっ、すまない。少し待ってくれ!」


「待ちません。ていうか、このやり取り何回目ですか」


 仁王丸は呆れたように言い放つ。こんな感じで、尋問はまったく進んでいない。


 仕方あるまい。雅信は血筋、才能、容姿どれをとっても最高格の人間ではあるが、所詮は恋愛経験なしの純粋な十七歳。惚れた相手と二人きりで面と向かって話すなんて芸当は出来るはずもなかった。

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