第72話:謂れある理不尽な罪状

「なんの騒ぎじゃ」


 美しい濃緑の長髪をなびかせ、悠天は目を細める。

 都を目前とした海人たちの目に飛び込んできたのは、物々しい武士たちが警護する逢坂関おうさかのせきだった。


「もともと常駐の武士はいましたが、これはあまりに多いですね……」


「何かあったのか?」


 不安に包まれる海人と仁王丸。

 だが、そんな彼らを鈴鹿は鼻で笑って、


「ここでつべこべ言っても仕方ないだろ。さっさと行こうぜ?」


「そうは言ってもだな」


「別にアレはお前らの敵じゃないし、騒ぎの訳なんて都に入ってから聞きゃ良いだろ」


 彼女は強気にそう言ってのけると、郎党どもも幾度か頷いた。

 海人は存外に流されやすい男である。結局、数の優位に押されて「まあいっか」と呟くと、彼女たちとともに歩みを進めた。なお、悠天ははなからあまり気にしていない。


 仁王丸の話によると、関所の検問システムは簡単な尋問と神気量の検知で構築されているらしい。それぞれ術師が施した術式の補助を得て、駐在の武者がチェックを執り行うという形になっている。


 今回海人たちの対応を行ったのは、色白で細身の若武者だった。


「お名前を伺っても?」


「名前を聞くなら、其方が先に名乗るのが道理であろう」


 相変わらず高飛車な態度を取る悠天。だが、検問の武者は引きつった笑みを浮かべつつも殊更機嫌を悪くはしない。彼女の大物感に気おされた面もあるだろうが、彼はきっと育ちが良いのだろう。


「これは失礼しました。私は平貞盛たいらのさだもり、正七位上左馬允さまのじょうの官位にあずかる者でございます」


「正七位上左馬允? 検問の武者にしてはえらく高位ではないか」


「今回はすこし状況が特殊でしてね」


「まあ良い。我は賀茂斎院宮かもさいいんのみや、またの名を――」


 そこまで言って、悠天は違和感を覚える。

 関の周辺に見える武者はざっと十。しかし、実際に感じる気配はもっと多い。しかも、ただの武者ではないようだ。

 練られた神気――間違いなく、これは契神術師のもの。各々が一定以上の戦力を有した朝廷の虎の子、契神術師をこれだけ配備しているというのははっきり言って異常だ。


 しかし、その程度のことを気に留める悠天ではない。彼女が感じた違和感は、敵意だ。名乗りの瞬間、周囲に感じる気配全てから敵意を感じたのだ。


「どうしたんです?」


 不安げな海人の声を無視して、悠天は貞盛を睨みつける。

 たとえ術師が五十人いたところで、悠天の敵ではない。だが、相手は朝廷の兵。むやみに手は出せない。なにより、この状況で敵意を向けられる意味が分からなかった。

 度重なるイレギュラーに彼女は身構える。貞盛は表情そのまま海人たちを見た。


「となると、後ろのお方が再臨様。そして、彼女が佐伯の若君ですね」


「貴様、これはどういうことだ?」


「そのお二方には、追捕ついぶ命令が出ております」


 貞盛は平静を装ってそう答えると、手の震えを抑えながら太政官符だじょうかんぷを見せた。


「……っ!」


 海人と仁王丸は目を見開く。悠天は鬱陶しそうに一度舌打ちをすると、今度は挑発的な笑みを貞盛に向けた。


「大人しく引き渡すとでも? 随分と神子の名も軽く見られたものだなあ?」


「で、ですが、この命令を無視すれば朝敵も同然。従っていただくほうが身のためかと」


 突然の逮捕状。海人は思わず割って入る。


「ちょ、ちょっと待て!! ざ、罪状はなんなんだよ!?」


「詳しいことは聞いておりませぬ。ただ、我々は右近衛中将殿の要請で動いたまで」


「右近衛中将……大徳か」


 その名前に、悠天は苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた。彼女は諦めたようにため息をつく。


「分かった。ここで争っても共に利はない」


「話が分かるお方で良かった」


 どこかビクビクしていた貞盛は、悠天の返答に胸を撫で下ろす。配下の武者たちも少し警戒心を和らげた。


「――が、言いなりになるのも癪じゃ。全員死ね」


「えっ」


 目が点になる貞盛、海人、仁王丸。貞盛たちは急いで逃げようとするがもう遅い。

 次の瞬間、凄まじい轟音とともに突風が吹き荒れ、武者たちは空を舞った。

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