第64話:数刻ぶりの対峙
「……探したぜ」
「……ぁ」
人気のない、町のはずれの神社。月神の導きが無ければたどり着けなかったであろうその場所で、少年と少女は対峙した。
ほんの数刻ぶりの再会。しかし彼らには、まるで悠久の時を隔てた再会であるのかのように感じられる。
「……」
仁王丸に言葉はない。ただ、呆然と海人を見つめて立ち尽くしている。
そんな時、ふと彼女は鏡の欠片を拾い上げた。刹那、海人に悪寒が走る。
「お前、まさか……」
「……こうなった以上責任は取らねばなりませんよね……」
彼女は苦しそうな笑みを浮かべ、震える声でそう告げる。そして、欠片を再び自身の首に当てた。
「馬鹿ッ!!」
反射的に飛び出した海人に突き飛ばされ、仁王丸の手から欠片がすり抜ける。首筋から血を流した彼女は、光の消えた瞳で海人の顔を見つめていた。
彼が何度も見てきた、仁王丸の綺麗な顔。しかし、これほどまでに憔悴しきった彼女の顔を見るのは初めてだった。
「お前が死んで何になるってんだよ!? 」
「この術式は、一度発動すれば解除できません。ですが、術者が死ねば術式が崩壊します。なら、私が死ぬだけで全て丸く収まるんです……だから……!」
「……ふざけるな」
胸中をぐちゃぐちゃの情緒に掻き乱されながら、海人は悲痛な顔で言い放つ。己の失敗を命を以って償おうとする少女を引き留める言葉、いや、あるいは無力な自分に向けた言葉だったのかもしれない。
いずれにせよ、全てを一人で抱え込み、一人でつぶれそうになっている哀れな少女を彼は見捨てることが出来なかった。
「お前は、利用されただけだろ! それに、お前を追い込んだのは俺たちだ。責めを負うのはお前じゃない!!」
「ですが……直接あの男に力を与えたのは私です。この町の人々を無為に殺したのも……」
「だとしてもだ! お前が一人で背負い込む必要はないんだよ!!」
海人は仁王丸の肩を掴んで叫ぶ。
しかし、彼女はうなだれたままだ。
「貴方は、私にそこまでして構おうとする。自分勝手な理由で貴方を裏切り、あまつさえ民の命まで奪った私に救いの手を差し伸べようとする。ですが、もう……いいんです」
「なに?」
「私は、取り返しのつかない過ちを犯しました……救う価値なんてありません」
「価値とかどうだっていい!! 俺は」
「貴方は私に死ぬことすら許してはくれないのですね」
「ぐっ!?」
突如海人の身体が吹き飛ばされる。契神術などではない。ただの単純な神気の暴発。彼女の抑えきれない感情に乗って溢れ出した神気が、現象として海人と仁王丸を遠ざける。
「なんでだよ……!」
悔しげに唇を噛む海人。仁王丸は絶望したような表情で佇んでいた。海人は痛む身体に鞭打ち、苦い表情を浮かべつつ立ち上がる。
「許さない……許すわけがないだろ!……過去に囚われて、全部自分で抱えて、ここで全部終わりにしようだなんて、自分勝手なこと言ってんじゃねぇ!! 仲間を、俺を頼れよッ!!」
「頼らせてくれなかったのは誰ですか! 私より力もない、知恵もない、甲斐性もない……そんな人をどうやって頼れっていうんですっ!!」
いつもは大人びて見えた仁王丸が、子供のように声を荒げる。
全てを一人で背負い続け、待ち続けた最後の希望――それに裏切られ、絶望に暮れた少女の心中の吐露。なかなか本心を人に見せようとしなかった彼女がようやくぶつけた心の叫び。それらは、海人の胸中に深く深く突き刺さり、解きようのない自責の念となって彼を揺さぶる。
だが、海人は目を逸らさない。仁王丸の失望を、絶望を、無念を、後悔を――その全てを受け入れて、向かい合うために彼はここに来たのだ。
「不甲斐ない自覚はある……お前の言う通りだ。俺は無力だよ! それに、お前が何を抱えて苦しんで来たかなんて分からない……いや、分かるって言える資格なんて無いのも重々承知だ! それでも! 俺はお前に生きてて欲しいんだよっ!」
「……っ!!」
目を見開く仁王丸。海人は、濃紺の双眸を真っ直ぐに見据えたまま一歩前に出る。
「俺はお前を見捨てない。お前にちゃんと謝るまで、お前が望みを果たすまで、そして、お前が心の底から幸せだと思えるようになるまで! お前が死ぬなんてこと、俺は絶対に認めない!!」
「勝手なことをっ!!」
「勝手でもだ!!」
「このわからず屋がっ!!」
神気の暴風、爆ぜる床板。海人は建物から弾き出されて境内に叩きつけられた。鉄と土の混ざったような嫌な味に顔を歪めながらも、彼は再び立ち上がる。
「……なら、一つ勝負をしようぜ」
「……は?」
「ルールは簡単。俺はお前の術式を解けば勝ち。お前は俺を倒せば勝ちだ。お前が勝てば、俺はもう何もしない。だが、俺が勝ったら――」
海人は一つ息を吸うと、目を伏せる。刹那のうちに、様々な思いが彼の中で巡る。
「……許さなくていい、謝らせてくれ。俺の不甲斐なさを、至らなさを、これまでの全てを! そして、たった一度でいい。俺を信じてくれ! 誰もが納得するハッピーエンドってヤツを、必ずお前に届けてみせる!!」
「……ふざけたことを」
仁王丸が袖を振る。パチリと小さく音が鳴り、神気が集約していく。術式発動の予兆。彼女は勝負に乗った。
「貴方に勝ち目なんて、万に一つもない!」
「可能性なんて問題じゃない! 俺はお前を救う、それだけだ。行くぜ、仁王丸っ!!」
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