第60話:月詠の目
非常にグダグダながら、契約の儀式を終えた海人たち。しかし、それらしい実感が彼には訪れない。
「え、これ本当に出来たの?」
「取りあえず左目を閉じてみなさいな」
「えっ?」
言われるままに海人は片目を閉じる。すると彼の眼前に広がったのは――
「なっ!?」
先ほど見たような、まるで月から地上を見下ろすような視界。神域都市全体が、いま彼の視野に入っている。
「どう? あたしの視界とアンタの視界を好きなタイミングで共有出来るようにしたわ」
「マジかよ!」
「それだけじゃない。今度は右目だけ閉じてみて」
同じように海人は目を閉じる。今度は一見いつもと何も変わらないような視界。だが、
「この線みたいのは何だ?」
視野の至る所に見える淡い光の線。それらは何か意味ありげな幾何学模様を描いているようにも見える。
「それは気の流れよ」
「気の流れ……?」
「そう。それが見えると、術式とかの作用機序が分かるの。多分契約前でも頑張れば見えたと思うんだけど、こっちのほうが鮮明でいいでしょ?」
ふふん、と月詠は自慢げな表情で語る。ただ、海人には今一つその凄さが分からない。
――俺にこれが見えたところでなぁ……
術式は全く使えず、権限とやらも使いこなせていない彼には無用の長物にも思える。そんな彼に月詠は呆れたような表情で、
「なに微妙な顔してんのさ。アンタの力、コレが見えなかったら使い物にならないのよ?」
「――!」
突如彼女の口から紡がれた言葉に、海人は思わず目を見開いた。月詠の言葉は、海人が活用に苦慮している例の異能――その攻略の糸口の提示にほかならない。
「それって、どういう……」
「あの力は言葉を媒体にして現象を誘発する、いわば言霊の種火なのよ。それで……ってこれ説明いるヤツだな……」
彼女は、本棚に立てかけられたホワイトボードをおもむろに手に取る。
「えっと……いい? これはどの権限についても共通なんだけど、効果の大きさと消費される気の量は指数関数的な正の相関を示すのよ。つまり、こんなふうね」
グラフを書きながら、彼女は続ける。
「で、実際使う時には必要な分の効果を得るための最小量の気を出力して、その上で具体的にどういう形で発現するのか決定するの」
「ほう……?」
グラフに丸を付けたり線を引いたりしだした月詠。海人はおや? と少し身構える。
――何か小難しい話が始まったぞ……
そんな彼のことは気にもせず、彼女はマーカーを握ったまま、
「で、あたしの権限とかだとその辺の調整が適当でもいい感じに使えるんだけど、アンタのはそうでもない。ていうのも、あまりにも効力が強過ぎるのよ」
「効力が強い……?」
「そう……ん? ちょっと違うか。優先順位が高いって言った方が良いわね。なんて言うか、他の力なら外部の影響でいい感じに中和されるんだけど、アンタの力はそのままストレートで通る。だから、結構しっかり調整してやらないと無駄に効果はデカいわ消費は激しいわで使い物にならない」
月詠は、ふとマーカーを本棚に置いた。
「そこで、気の流れが見えるっていうのが活きてくるのよ」
「どゆこと?」
「アンタそんなに鈍かったっけ? まあ良いや。気の流れが見えると、力を向けるべき場所が明確になるのよ。そうなれば、効果範囲を絞れる。効果範囲が絞れれば、その分消費も抑えられるってこと」
「なるほど……?」
まだかなり抽象度の高い説明に、分かったような、分かっていないような表情の海人。月詠は「ええっと……」と一つ間を置いて、
「前に使った時って、多分反動メチャクチャ大きかったんじゃない?」
「確かに」
「あれが効果の範囲指定失敗の典型例。術式を阻害するなら術式陣の一部を改変するだけで良いはずなのに、あの時は術式そのものを気の流れもろとも消滅させた。しかも、周囲に起こったはずの反動とかも確率論を捻じ曲げて無かったことにしてる。メチャクチャな効果範囲よ。かなり習熟してからならともかく、初回でアレはどう考えてもキャパオーバーだわ」
「……効果範囲の指定ってそういうことか」
海人は顎に手を当てる。ようやく言わんとすることを理解したふうの彼に、月詠は満足そうに頷くと、
「アンタの力は燃費が悪いんじゃない。適当に使うと常にMAXに近い効果が出力されちゃうだけ。だから、上手くやればいくらでも連続使用は出来るはずなの」
「そのために左目で対象の急所を探せ、ってことだよな?」
「そーゆーこと」
ニコリと微笑む月詠。
そこで海人は何かに気付く。
「待てよ? てことは、仁王丸見つけるよりこの目で清棟の術式を見て吹っ飛ばした方が早いんじゃ……」
反動を恐れて使わなかった異能。それがもし反動なしで使えるというのなら、もはや躊躇う理由はない。タイムリミットは大幅に伸び、余計なことを考えずに仁王丸捜索に専念出来る――そう海人は考えたのだが、
「その術式が空に掛かってるヤバいヤツのことを言ってるなら、まず無理ね」
「なんで?」
「あれは町全体の気をそのまま術式に転用してる。その上、かなり強力な自己修復機能が付いてるわ。あんなの、術者を倒す以外に破る方法は無いと思った方がいい」
海人の考えは月詠に一蹴される。彼は悔しげに唇を噛んだ。
「結局、アイツを見つけるしかないのか……」
「なにそんな顔してんのさ。もとよりそのつもりでここに来たんでしょ?」
呆れたような顔でそう言う月詠に、海人ははっとしたような表情を浮かべる。彼女は、余裕に満ちた笑みで手を広げた。
「さて、本番はこっから。その仁王丸とかいうヤツを一緒に探そうじゃないか!」
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