第54話:第五皇子の企み
再び訪れる静寂。成立する緊張。闇夜の神宮で皇子と神子は対峙する。
「再臨よ、あ奴は何者じゃ?」
「よ、陽成院の第五皇子って……」
「ほーん。そんな大物がここまで出張ってくるとはな」
余裕に満ちた表情で悠天は告げた。清棟は悠天と海人をそれぞれ一瞥して、乾いた笑みを浮かべる。
「そちらこそ神子が二人、これ以上ない大物ではありませぬか。北の都の方々も思い切ったことをおやりになる」
「それは同感じゃ。どう考えても過剰戦力よ。で、其方の目的は何じゃ。まさか手の込んだ自殺ではあるまい」
嘲るような、煽るような悠天の視線。清棟は目を細めて微笑を浮かべている。
一触即発。
もはや状況は海人ごときがどうにか出来るものではない。高まり続ける緊張感の中で、彼はただ冷や汗を流して固まるだけだ。
そんな時、
「……!?」
突如清棟が構えを解く。
悠天は怪訝な表情を浮かべて、
「なんのつもりじゃ?」
「勘違いしないで貰いたい。別に私は其方らと敵対するつもりはないのだ」
「……は?」
理解できない、といった面持ちで悠天は清棟を睨む。つい先ほど海人を手に掛けようとした男が何を言うか――そう言いたげな視線。清棟はそんな彼女に肩をすくめ、ふっ、と息をこぼした。
「私は父帝の手下などではない。私には私の考えがある」
「……ほう?」
「簡潔に言おう。我は父帝を討つつもりだ」
「……っ!?」
仁王丸に告げたのと同じように、清棟は彼らにも反逆の意を表明した。
目を見開き驚愕を隠し切れない海人。怪訝そうに小首を傾げる悠天。
清棟は構うことなく話を続ける。
「私はこの国を憂いているのだ。政権が分裂し、皇統も割れ、戦乱は続く――そんな世が続くことを。朱雀帝では駄目だ。父帝のやり方にも賛同できぬ。なら、誰かが立たねばなるまい」
しみじみと語る清棟。演技じみたその態度に、悠天は何か痛いものでも見るかのような視線を向けた。
「……それを我らに伝えてなんとする」
「どうともせぬ。だが、一つ望むとするならば――」
清棟は目を伏せ、木々の隙間から微かに見える月を眺めた。
神無月の夜更け、その冷たい空気に触れて、彼の息が白く曇る。
そして――清棟は手を差し伸べた。
「其方ら、私の下につかぬか?」
「――!?」
「私はこの国を変える。父帝を滅ぼし、朱雀帝を玉座から引き摺り下ろす。第二の浄御原帝として、再び皇国の繁栄を築くのだ!!」
彼は堂々と、そして、自慢げに語る。自分に酔っているような、うっとりとした表情。
そんな彼を悠天は嘲笑した。
「自惚れも大概にせよ愚輩。貴様如きが蒼天を、そして神裔を滅ぼせるとでも?」
「ああ、滅ぼして見せよう」
「戯言を。貴様一人で何が出来る」
「確かに私一人ではどうにもならぬな」
あっさりと悠天の言葉を肯定する清棟。
彼女は眉をピクリと動かした。
「……何?」
「私は彼女の力を借りたのだ」
「彼女だと?」
「そうだ。彼女の術式があれば、私は神裔も、そしてあの弟宮をも凌駕出来る!」
天を仰ぎながら清棟は告げた。抑えきれない胸騒ぎ。海人の呼吸は早くなる。
彼女とは誰か。
そんなことは分かり切っている。だが、分かり切ったうえで、その悪い予感が断ち切られることに一縷の願いを込めて、海人は縋るように口を開いた。
「……か、彼女っていうのは……」
「佐伯の若君だよ」
「ッ!!」
清棟は、特に隠すこともせずさらりとそう告げる。砕かれるささやかな願い。海人は悲痛な顔で目を見開いた。
「嘘だ……」
「受け入れよ。あの娘は其方に愛想を尽かしたのだ」
「……そんな、馬鹿な……」
力なくへたり込む海人。
彼女が自分たちを見捨てて仇敵の皇子についた――その事実を彼は受け入れられない。
海人は知っている。仁王丸の生真面目さ、几帳面さ、そして誠実さを。
清棟の言う通りなら、彼女の行為はどこをどう美化しようと謀叛だ。
仮にこの皇子が覇権を握るようなことがあってもそれは変わらない。彼女は一生裏切者の十字架を背負って生きていくことになる。
つまり仁王丸は、自分の在り方を曲げてまで父との約束を守ることを選んだのだ。
それも、海人たちが不甲斐ないばかりに。
「……くっ!!」
罪悪感。無力感。やるせなさ。そして怒りにも似た複雑な感情が絡まり、海人は地面に拳を叩きつける。
だが、その音は空しく響くだけだ。
静かな境内。対峙する三人。
なおも走る緊張。
その緊張を破って、悠天は前に進み出た。
「……なるほど。つまりはそういうことか」
「其方は物分かりが良くて助かる」
清棟は気障ったく手を振った。刺すような視線を送る悠天の琥珀の目と、清棟の翡翠の双眸が合わさる。清棟は再度問いかけた。
「もう一度言おう。私は貴様らと組んでやっても良いのだ。どうだ? 私と共に陽成院を、そして憎き弟宮を討たぬか? そして皇国を手に入れよう。我らが新たな時代の為政者となるのだ!」
清棟は手を広げて大袈裟に言い放つ。彼は反逆の意思を再び高らかに表明し、海人たちを見下した。
「……それは、和議の提案か?」
「ふっ、戯言を」
悠天の問いかけに、清棟は嘲るような笑みを浮かべて応えた。そして、自分以外の全てを見下すような傲然とした態度で口を開く。
「これは、降服勧告だ」
淡々とした、短い言葉。
だが、決断を下すには十分すぎる一言。
「そうか、なら――」
タン、と軽い音がした。
視界から悠天が消える。
直後、清棟の身体が宙を舞い、弾けた。
「……………………へ?」
血飛沫が神域に舞う。皇国で最も穢れから離れたはずの場所に、死穢が齎される。
「これが答えだ」
悠天は振り上げた足をゆっくりと下ろし、凍えるほど冷ややかな目をして清棟だったものを一瞥した。
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