第50話:誘い
「そうよ。お嬢さんをある人に会わせるよう頼まれてん。そのお遣いがぼくや」
灯篭の灯りが照らす、人気のない夜の神社。神の名を名乗る怪老と少女は対峙する。
「……貴方のような変人に構っている暇はありません」
「ハハ、辛辣やなぁ」
胡散臭い笑みを浮かべながら、猿田彦は不気味に笑う。その異様な雰囲気にただならぬものを感じながら、仁王丸は冷やかな視線を彼に向けた。だが彼は、その視線すら心地の良さげに笑みを絶やさず、飄々とした態度を崩さない。
「そういやお嬢さん、あのお姉さんとお兄さんはどないしたんや?」
「あの人たちは…………死にました」
「へー、それは悪いこと聞いたな……って嘘つけぃ!! なんやその適当な嘘! ビックリしたわ!!」
「……チッ」
「今舌打ちしたぁ!? え、せっかく乗ってあげたのに? 酷ない?」
騒ぎ立てる猿田彦。
仁王丸は彼を凍えるほど冷ややかな視線で一瞥した。
「貴方にそれを教える義理はないということです」
「まったく信用されてへんやん……悲しいわ」
「一度医者に頭を診て貰っては如何でしょうか。何故この状況で信用される余地があるとお思いになれるのか理解に苦しみます」
「もう少し手心はないんか? 泣くで?」
「ご勝手にどうぞ」
わざとらしく泣き真似をする猿田彦。仁王丸に彼を相手にする素振りはなく、ただ蔑みを含んだ目で見下している。
そもそも、彼女は猿田彦の話に付き合う気は全くない。最初は飄々としていた彼も、仁王丸の一切ブレない態度と毒舌にその余裕を崩されつつある。
猿田彦は少し申し訳なさそうな表情で口を開いた。
「まあ、ご傷心のお嬢さんにむやみに絡んだおっちゃんも悪いけどな……」
「っ!?」
予想の範疇の外から飛んできた言葉に、一瞬仁王丸の顔に動揺が浮かんだ。その表情はすぐさま嫌悪の表情へと変わり、
「傷心? 下らない。何を以ってそんな」
「え、隠す気なん? いや……めっちゃ目ぇ腫れてるけど」
「な……!?」
猿田彦の指摘に、彼女は思わず両手で目を覆う。だが、今更遅い。
「どうしたんよ? あの子らになんかされたんか?」
そう尋ねる猿田彦。仁王丸は形のいい眉を分かりやすく吊り上げて彼を睨みつける。
「戯言を……」
「そんな嫌そうな顔せんでも。てゆうか、お嬢さん嘘下手やなぁ……」
「嘘など……いえ、そもそも何のつもりです? こんな与太話に何の意味があるのでしょう?」
「夜は長いんやし別に付き合うてくれても」
「先ほども言いましたが私は暇じゃないんです」
「ま、まあまあそう言わんと……ある人に会って貰ったらそれでいいねん。そう、ちょっと会うだけやから……な?」
相変わらず胡散臭い猿田彦。
仁王丸は怪訝な表情で彼を睨む。
「…………ある人とは?」
「それは……まだ言われへんな」
「そうですか。なら、話になりませんね」
彼女は踵を返し、神社を去ろうと鳥居を抜けた。
だが――
「ああ、御免な。悪いとは思ってるんよ?」
「……は?」
突如訪れた理解不能の事態に、仁王丸は目を見開いて気の抜けた声を上げる。彼の声は、何故か前から飛んできた。
「でも、お嬢さんには来てもらわんと困るんよ」
「これは……!」
仁王丸の視線の先に猿田彦がいる。そして、目の前には神社の本殿がある。確かに彼女は鳥居を抜けて境内を出たはずだ。なのに、何故か再び境内に立っている。
「まさか空間術式……!」
「詳しい名前は知らへんけど、多分そやね」
不気味に笑う怪老。風もなく、月も見えない闇夜の神社に緊張が走る。
「まぁさっきも言うたけど、別に取って食おうって訳やない。ただ、お嬢さんを迎えに来ただけや。そこんとこ、忘れんといて欲しいなぁ」
「……意図が、見えないのですが……」
「意図? それは、お嬢さん自身の立場を考えたら分かるんと違うかな」
「立場……?」
「そ。
「――!!」
彼女の表情が驚愕、そして動揺に染まっていく。
遥か昔より、族長のみが継承してきた佐伯の秘儀。ごく限られた者しか知り得ぬはずのそれを、まるで知っているかのような彼の言葉。
「……ぁ」
佐伯の秘儀――それは、族長の証明。彼女が彼女である所以。
「……」
海人たちに否定されかけた、佐伯の当主としての自分。それを今、求めている人がいる。猿田彦の言葉はそのことを暗に示していた。
「まぁ、会うだけ会ってみてぇや」
彼は
▼△▼
「――っ!?」
気付くと、仁王丸は見知らぬ建物の前に立っていた。かなり大きな建物。中には祭具と思しきものが多く並べられている。どうやらここは神社らしい。
その建物の中に、白い衣を着た青年が一人で佇んでいた。
猿田彦は恭しく頭を下げる。
「殿下、佐伯の若君をお連れしました」
「うむ、ご苦労」
彼は一瞥もせずに答えた。ただ、本殿の奥に安置される大きな鏡を眺めている。
仁王丸は頭を下げない。下げないが、一目で理解する。
――この男は、間違いなく自分よりも高貴な人間だ。
彼女は自然と身体を強張らせた。その様子を察したのか、青年は扇で口元を隠して振り返る。
「……成る程。そうか、其方が」
翡翠のような、深緑の瞳。彼はどこか気だるそうな目をして、穏和な笑みを浮かべた。
「私は
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