第34話:裏の裏
「ぐっ!」
犬麻呂の回し蹴りが男に突き刺さる。彼はぐったりと倒れ込んだ後、仁王丸によって捕縛された。
「ビンゴだな」
「なんだか知らんが、流石だぜッ!」
親指を立てて歯を見せる犬麻呂。それに海人も笑顔で応じる。その中で、仁王丸は怪訝な表情を浮かべていた。
「しかし、一体どうやって……」
「四人いたら大体方角で割り当てる、そんで満仲の従者ならアイツと同じ
「は、はぁ……」
根拠薄弱も甚だしい海人の答えに、どこか納得がいっていない様子の彼女。しかし、実際見つかったので文句の付けようがない。
「確かに直感……でも、そうならそうって言ってくれよな……さて、あと三人!」
▼△▼
――御所、近衛陣。
満仲と師忠の激戦は続いている。時間稼ぎが目的の満仲、何故か満仲を倒す気がない師忠。一進一退の攻防が繰り広げられていた。
「師輔卿、南都軍はどんな感じでしょうか」
「市中の兵は凡そ駆逐した。あとは木幡山の本隊のみだ」
「深追いはしないでくださいね」
「誰にものを言っている」
ギロリと師忠を睨む師輔。そんな中、突如彼らの間に閃撃が割って入る。
「戦いの最中に油断とは感心しませんねぇ」
「油断ではなく余裕というものですよ」
無詠唱の防御術式。高階にしか使えない秘伝の技術が、満仲の絶え間なく的確な攻撃を歪めて逸らす。
そんな時、満仲は突然師忠から距離を取り、太刀を鞘に納めた。
「これは…………?」
師忠、そして公卿たちは怪訝な顔をする。
「……?」
まさか戦闘の放棄というわけではないだろう。しかし、満仲は太刀を収めたまま動かない。
「何が……?」
高明はふと、満仲の視線をなぞって後ろを振り返る。見ると、先ほどまで重症だった実頼の血が止まり、その顔色が少し赤みを取り戻しているではないか。
「実頼卿!」
彼はすぐさま駆け寄り脈を確認する。依然として意識はないが、脈拍に問題はない。傷は治ったということだろう。
理解を超えた現象。高明は真っ先に契神術の影響に思い至る。だが、何の詠唱もなかった。『彩天』は再び意識を軍勢の指揮に割いているし、他の公卿が何かをしたという形跡も見えない。
そもそも、この場にいる人間で契神術が使えそうなのは師忠、『彩天』含めて数人しかいない。その誰も、蘇生なんて出来る状況に無かった。
なら、誰が?
それは、この場にいる者にとっては自明だった。
「まさか、摂政殿下……!」
高明は声を上げる。帝の代理人――摂政藤原忠平が、こちらに意識を割いたのだ。
それが、意味するところは――
「なるほど、結界の修復は済んだようですね」
結界の復活。それは、平安京が備えている全ての防衛機構の復活を意味していた。
もう結界内において、満仲たちは霊符以外の術式を発動することが出来ない。そして、神気をトレースされて位置も常に顕になる。さらに、師忠たちは『神裔』の加護を受けて優位に戦えることとなるのだ。
ニコリと笑みを浮かべて、師忠は満仲を見やる。
「さて、今のところ貴方がたの策は尽く外れていますが、そろそろ諦めては如何でしょうか。私も飽きてきましたし」
「お戯れを」
「ですが、小細工をやっていた貴方の従者も皆やられてしまいましたよ? もう引き際ではないでしょうか」
師忠は目を細め、勝ち誇ったように手を広げる。
もはや勝敗は決したかに思えた。しかし――
「ふっ」
満仲は不敵な笑みを浮かべ、天を仰ぐ。師輔は怪訝な表情で首を傾けた。
「何が可笑しい」
「……いえ、ただ、もう勝ったおつもりでいるのが滑稽で」
「何?」
「お気付きだと思いますが、我らの本命は『蒼天』ですよ」
「――!!」
満仲が再び動く。師忠は直立不動のまま彼を迎え撃つ姿勢。間合いに入る直前、突如満仲が跳躍、中空に札を撒いた。満仲が何かを詠唱する。しかし刀は抜かない。そして――
「契神:「
満仲が手を振り上げる。撒いた札は八幡神の神威を秘める光の塊となり、眩い輝きを放って満仲が示した方角へ打ち上げられた。
「――っ!!」
公卿たちは思わず目を手で覆う。それでも、眩い光は抑えきれない。近衛の陣は緑色の光に包まれ、その場にいる全員の視界が奪われる。
師忠は即座に詠唱、近衛陣に結界を張るが――その瞬間、彼は上皇の真の狙いに思い至った。
「なるほど、そういうことか……!」
悔し気に一言呟き、南を睨む。
「師忠卿は最初からお気付きでしたよね。私の目的は時間稼ぎだと」
「ですが、何の時間稼ぎかを見誤った」
満仲の放った派手過ぎる一撃は師忠の結界の前にことごとく弾かれ、空しく地上に墜落する。しかし、満仲はその役目を十分すぎるほどに果たした。
「ええ。我らの狙いは端から一つです」
師忠は、最初の派兵をいち早く陽動だと見抜き、その次を見越して手を打った。そして、満仲の奇襲攻撃すら釣りだと即座に看破し、暗躍する従者たちの策も阻んだ。
しかし、気付かなかった。いや、思い至らなかった。まさか、敵方の策がここまで愚直で、単純で、それでいて破りがたいものだとは思わなかったのである。
「『神裔』を引き摺り出す……ただ、その為だけの謀!」
南の空が青白く光る。「彼」の身体を借りて、
羅城門のその上に降り立った『蒼天』は、無慈悲にその手を御所に向けた。
「此度の計略、我らの勝ちのようですね」
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