第33話:無茶振りと駆け引き
土地勘など全くない中、海人たちは御所を闇雲に走り回っていた。
「ホントに見つかンのかよッ!!」
「分からんっ!!」
「当てもなく探して見つかる筈がありません! ここがどれだけ広いか分かってるんですか!!」
「そうは言ったって!!」
そんなことは分かっている。分かってはいるが、今は言い返すだけ無益。海人は口を噤んだ。
「クソっ!!」
――直感ってなんだよ!!
師忠は海人の直感に任せると言った。それがどういう意味なのか彼には分からない。文字通りの意味なのか、それとももっと深い意味があるのか。いずれにせよ、平安京の命運が海人の手に託されていることだけは確かだった。
――しかも時間制限付き……無理ゲーにも程があるだろ!
内心で泣き言をこぼすがどうにもならない。重責とタイムリミットが海人の思考を鈍らせ――
「落ち着け、俺」
海人は足を止め、ぱしり、と一度頬を叩く。オーバーフローしそうな脳内回路をリセットする時のルーティンだ。彼は大きく息を吐くと、絡まった思考を整理し始める。
――まず、探すのは『影』満仲の従者。
何故探す?
――説明は無い。けど、恐らくそれが何かの障壁になってる。
何故?
――説明はない。けど、恐らく……
「駄目だ」
不確定要素が多すぎる。海人はいったん思考を打ち切った。
――この方向から攻めても解決法に届かない。
彼はもう一度深呼吸する。
「ヒントは、直感……」
海人は目を閉じた。怪訝そうな表情の犬麻呂も、どこか苛立たしそうな仁王丸も海人の意識から外れる。
そして――深い思考の海の底に沈んでいく中、海人は一つの光明を掴んだ。
――なるほど、そういうことかよ!
「それならそうと言えっ! 犬麻呂っ!」
「はァッ!?」
「従者、多分見つけたぜ!」
「何だとッ!!」
目を見開く犬麻呂たちに、海人はニヤリとほくそ笑む。そして、ビシリと指を指した。
▼△▼
「ふっ!!」
御所、近衛陣。
火花を散らしつつ、満仲の太刀が大きな軌道を描いて師忠の命脈を絶たんと幾度も空を切る。綺麗に整えられていた庭の砂は荒れに荒れ、彼らがいた場所は大きくえぐれて見るも無残な様相を呈していた。
そんな折、師忠はふと顔を上げる。
「おや。どうやら、再臨様たちが貴方の従者を見つけたようですよ?」
「あれ、もしかして全部バレてます?」
満仲は苦笑する。しかし、片腕を失っても彼は戦意を失わない。いや、そもそも――
「貴方、もとより勝つ気はないのでしょう?」
「何故、そう思われますか?」
腕が無くなった分身軽になったのか、むしろ動きにキレが増してきたようにも見える。そんな満仲の猛攻を容易くいなしながら、師忠は不敵な笑みを浮かべた。
「だって、貴方はまだ本気を出していない。いや、出すつもりがない」
「ほう」
感心したような笑みをこぼし、満仲は太刀を横薙ぎにして師忠に迫る。その太刀筋は確かに彼を捉えたに見えたが、どういう訳か師忠には傷一つついていない。理解不能の状況だが、満仲は余裕の笑みを浮かべたまま、
「しかし、それは師忠卿も同じでしょう」
「同じですが、状況が違いますから。私はともかく、貴方が今この場で殺気の一つも浮かべていないのは不自然です」
「人を殺めるのに殺気なんていりませんよ」
「――っ!?」
師忠の頬から、薄く血が滲む。師忠はその血を軽く拭い、好戦的な笑みを浮かべた。
「へーぇ? 貴方、本当に人間ですか? 少々気脈の操作が上手すぎる気がしますが……」
「生憎、私は生まれてこの方ずっと人間です。貴方こそ術式の精度が人間離れしてますが、本当に人間ですか?」
挑発的な笑みで師忠を見つめる満仲。師忠が腕を振るう。不可視の衝撃が満仲に向かった。しかし、もはや彼の学習範囲内。危なげなくそれを回避すると、満仲は距離を取って太刀を構える。
――来る。
再び満仲が踏み込んだ。十五メートルほどの距離が一瞬で詰まる。一撃即死の間合い。だが、またも師忠は受けの構えを取らない。
「契神:「
「護法結界」
満仲と師忠の詠唱が同時に発動、相互作用を起こし世界に干渉する。壮絶な衝撃波と閃光が公卿たちを襲った。しかし、満仲の一閃は師忠には届かない。
「やっぱり力押しでは無理ですか」
「ええ」
満仲の絶え間ない斬撃に対して、師忠は有効打を繰り出せずにいる。だがその回避、防御には淀みがなく、崩れる気配は全くない。一方、満仲の方も消耗する気配はなく、師忠の攻撃の機会を見事に封殺している。
師忠はままならぬ状況にため息をついた。
「やはり、本気で時間を稼ぎに来る相手を仕留めるのは難しい」
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