第22話:謎の青年

「さてと」


 青年は何処からともなく持ってきた縄で手際よく男たちを捕縛すると、手を払って一つ息をついた。


「これで一安心だ。あとは検非違使を呼ぶなりすればどうとでもなろう」


 彼は店棚の隅で怯えていた少女に微笑みかける。その穏やかな表情に、ようやく少女は笑顔を取り戻した。


「アンタすげぇな」


 海人の言葉に、青年はふと振り返る。


「めちゃくちゃ強いし、判断も速い。その上イケメン……」


「大したことはないさ。それに、駆けつけたのは君が先であろう」


「あっ、バレてたんだ……」


 ずっと、物陰に隠れて出ていかなかったことが筒抜けと知り、海人は少し気まずさと気恥ずかしさのまじったような表情を浮かべる。

 しかし、青年はそんな海人にも優しい視線を向けた。


「君は見たところ武の経験に乏しく、また取り分けて才があるようでもない。にも関わらず駆けつけ、身を挺してでも少女を救おうとした。何も恥じることはない、寧ろ称賛に値する。そう気落ちなさるな」


「お、おう……」


 青年からの想定外の言葉に、先ほどとは違う意味での気恥ずかしさを覚えて、手で顔を覆う海人。

 彼はしばらくそうしていたが、ふいに顔をバッと上げる。


「そうだ、犬麻呂を探さないと」


「犬麻呂?」


 怪訝な表情で青年は海人を見る。


「ああ、俺の……えっと、友達だよ。突然いなくなった。……いや、いなくなったのは俺のほうか」


▼△▼


「……なるほど、それは災難だったな」


 海人の置かれた状況を聞くと、青年は顎に手を当て思案する。何気ない所作だ。しかし、それだけで絵になる。顔が良いというのももちろんあるが、動き一つ一つに気品が漂い、身分というか格の違いのようなものを海人に感じさせた。


「……取りあえず、ご友人を探そう。何か行先に心当たりは?」


「全くないです」


「だろうな」


 海人の言葉にまったく動じることなく、青年は静かに腕を組み、天を仰ぐ。そして――


「なら、やむを得まい。「霊術『待人たいじん捜神法そうしんのほう』」


 青年が詠唱する。すると、青白い光がぼうっ、と辺りを淡く照らした。


「彼の人の神気を頼みに我らを導き給え」


 彼の言葉と共に青い光は纏まり、北の方を指し示す。突然の出来事に海人は目を見開き、


「え……なにこれ?」


くなどの神の導きだ。さて、行こう」


「ちょっと待って!」


 光の指したほうへ進んでいく青年を追って、海人は小走りで駆けていった。


▼△▼


「はぁ、はぁ……歩くのはっや……」


 海人はやっとのことで青年に追いつき、息を切らして膝に手をついた。光は既に消えている。だが、青年は足を止めない。


 あれから小一時間ほど経って、彼らはかなり北上したようだ。さっきよりかなり御所が近くに見える。


 そんな時、青年の足取りが止まった。


「……おかしいな」


「どうかした?」


「……いや、何でもない」


 そうとだけ言い、再び青年は歩き出す。


 光が消えた今、海人には青年が何を見ているのかはよく分からない。だが、その確かな足取りを信頼してついていく。


「この路地裏か……」


 青年は険し気な表情で足を踏み入れる。そのまま、海人も続いて――


「――は?」


 気づくと海人は、知らない部屋の前にいた。


▼△▼


「消えた……?」


 青年は不思議そうに首を傾げる。彼は誰もいなくなった二条烏丸の路地裏で、一人静かに立ち尽くしていた。


 しかし、あることに気づく。


 ――なるほど。そういうことか。


 そんな時、ふと聞こえた数多の足音。


「お前か。さっき修理しゅりたちを痛めつけた生意気なガキっていうのは!」


 おもむろに振り返ると、粗暴そうな男たちが十数人立っている。恐らく先ほどの男たちの仲間であろう。青年は面倒くさそうにため息をついた。


「そうだと言ったら?」


「ブチ殺す!!」


 いきり立つ男たち。彼らは刀を抜き、青年を睨みつける。


「覚悟しろッ!!」


 押し寄せる男たち。先とは比較にならない程危機的な状況。

 だが、青年はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「何がおかしいっ!!」


 鬼のような形相で叫ぶ男。そんな彼に青年は、


「いや、この期に及んでまだ己が優位に立っていると思えるのが滑稽でな」


「はぁ!?」


「後ろを見てみよ」


 青年の言葉に、男はバッと振り返る。そこに広がっていたのは――


「ぐふッ!?」


 状況を理解するより先に男の身体は宙を舞い、ものすごい音を立てて廃屋の壁に突き刺さる。

 何が起こったのか、彼には理解が追い付かない。ただ、目の前に転がる人だったモノと、自分が同じ運命を辿ろうとしていることだけは本能で理解できた。


「あ、あああァァァアアアッ!!!」


 そんな男に、歩み寄る新たな足音が一つ。青年は彼の顔を一瞥することもなく、アンバランスに青い空を眺めてため息をついた。


「まったく。見ないと思えば、お前は一体何をやっているのだ、満仲」


 彼の問いかけにニコリと笑みを浮かべて、「影」源満仲がそこに立っている。


六宮ろくのみや様こそ何をなさっているんですか?」


 烏帽子に狩衣、そして相変わらずの微笑。満仲は返り血に顔を濡らしながら、青年に恭しく尋ねた。


「なに、只の暇つぶしさ」


「そうですか。なら私はお邪魔でしたね」


 満仲は後ろに転がる死屍累々を眺めながら、申し訳なさそうな顔を浮かべる。


「お前と同じにするな。私に殺人趣味は無い」


 青年は気だるげに言い放つと、腰を抜かしてがくがく震えている男に歩み寄った。


「さて、私には貴様を見逃す利も無ければ理由もない」


「ひッ!!」


「だが、貴様はあまりに運がなかった。それを憐れんで、一つ慈悲をやろう」


 青年は男の傍らにしゃがみこみ、静かに口を開く。


「顔を布で隠した、奇怪な出で立ちの男を知っているか」


「は……?」


 男は目を見開いた。答えれば命は助かるかもしれない。しかし、彼には心当たりなど全くなかった。だが、知らないと言えば命がないのは火を見るより明らか。ゆえに――


「し、知ってるぜ!」


「そうか。私は奴を探していてな。この結界の異変も奴の仕業かも知れぬ」


「あ、ああ! そう! そうだ! アイツがやってるところを俺は――」


「この異変を起こしたのは私だ」


 刹那、青年の眼が紅い光を帯びる。


「ひッ!!」


「嘘を吐かねば見逃してやったものを」


 青年は男に手をかざす。そして――ぱしゃん、と水風船の弾けるような音がした。


 ▼△▼


 再び静寂が支配する路地裏。赤く染まった地面と雲一つない青い空のコントラストの中に、青年二人は静かに佇んでいる。そんな折、満仲がふと口を開いた。


「六宮様は、なぜあの少年を殺めなかったのですか?」


「……やはり見ていたか」


「お気付きでしょう? 彼が『再臨』だということに」


 試すような口調で告げる満仲。青年は彼をジロリと睨むと、面倒そうに息を吐く。


「義がなかったからだ」


「義……?」


「私に刃を向けず、むしろ手を差し伸べた者を斬るような真似はしない。ゆえに、今日は見逃した」


 その答えに、満仲は少し残念そうな表情を浮かべて、


「そうですか。私はてっきり、また陛下に二心を抱いたのかと」


「戯言を」


 満仲の言葉を一蹴し、青年は天を仰ぐ。そして――


「神子はこの手で全て滅ぼす。その誓いに揺るぎはない」


 悲しいほどに青い空に手を伸ばし、青年は静かに、しかし力強く言い放つ。


 彼の名は経基つねもと。陽成院第六皇子、三条宮さんじょうのみや経基王。そして、『蒼天の神子』と呼ばれる存在である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る