第19話:海人くんと六人の神子

「で、宰相殿は何だと思うよ?」


「まったく分かりませんね」


 不思議そうに首を傾げる師忠と犬麻呂。霊符の謎挙動の原因を探るべく連れ出された師忠だったが、彼をもってしても未だ原因は不明である。


「普通こうはならないはずなんですけどねぇ……」


 爆竹のように弾けるだけで、一向に発動する気配のない術式。専門家である師忠にとっても見慣れない現象らしい。彼は腕を組んで空を仰いだ。


「神気がないならそもそも応答がない。あるなら多かれ少なかれ術式は発動するはず……こんな挙動はあり得ない」


「よっぽど才能ないとか、か?」


「その線も捨てきれませんが、霊符ですら扱えないのはむしろ逆に器用です。となると、別の線が濃厚……」


 師忠は腕を組んだまま目を閉じる。彼はしばらくそうしていたが、ふと何かに気付いた。


「そうか……そういえば貴方一応神子でしたね。盲点でした」


「今の俺からその肩書とったらただの雑魚になっちゃうんですけど」


 呆れたようにこぼす海人。師忠は苦笑しながら「すみません」と軽く頭を下げる。しかし今度は、海人が怪訝な表情を浮かべて首を傾げた。


「……で、俺が神子だったらなんなんです?」


「権限があるんですよ」


 ふいに飛び出した重要そうな単語。海人は首の傾きをさらに大きくして、


「何すかそれ?」


「権限とは神子が持つ固有の能力……この世界を構成する要素・法則に、直で干渉する力です。術式とはまた異なる、特別な異能ですね」


 そう告げる師忠に、海人はバッと顔をあげる。


 ――固有能力ユニークスキル。まさに転生者ボーナスじゃないか! ここからの無双展開もワンチャン……?


 魅力的な響きに期待を膨らませる海人。彼は目を輝かせて師忠に問いかけた。


「そんなものが俺にあるんですか!?」


「おそらくは。霊符の不具合もそれが原因かもしれません。権限が霊符の術式を妨害した、そう考えると筋は通ります」


 そこまで語ると、師忠は目を細める。彼は霊符をひらひらとはためかせながら、


「しかし、再臨の権限が何かは伝えられていない。なので結局、これは仮説の域を出ませんね。他の神子の権限は伝わっているのですが……」


「なるほど……え、他の神子?」


 しれっと師忠の口から紡がれた衝撃の事実。思わず海人は言葉を返した。


「み、神子って俺の他にもいるんですか!?」


「いますよ。他に六人ほど」


「六人!? えっ、ろっ、六人!?」


 目を見開いて声を上げる海人。それもそうだ。この手の話で、神子みたいに大層な肩書の人間はせいぜい一人と相場が決まっている。他に六人もいると言われたら誰だって同じ反応をするだろう。


 ――いや、そう言えば灼天の神子がどうとか言ってたような……


 初日の夜、陽成院派の人物として師忠が語っていたのをふと思い出す。実例がぱっと浮かんでしまった以上、海人もこの事実を受け入れるしかない。そうなると気になるのは――


「そもそも、神子って何なんですか?」


 かなり今更感の漂う問いではあるが、海人は神妙な表情で尋ねる。そんな問いにも、師忠はデフォルトの穏やかな表情を崩さない。彼は暫しの思案ののち、


「そうですね……一言で説明するのは困難を極めますが、強いて言うなら『神と人を結ぶくさび』、といったところでしょうか」


「……く、楔?」


 今一つ飲み込めないまま、彼は困惑の表情で首を傾げる。師忠は海人のそんな心情を察して、一つ頷くと口を開いた。


「ええ。もっとつまびらかに語ると、神子とは契神術の軸にして気脈の受け皿。契神術があの精度と出力で作用するためには、神子という存在が不可欠なのです」


「な、なるほど……?」


 まだかなり抽象的な答えだ。なるほど、とは言いながらも、海人の首の傾きはどんどん大きくなっていく。海人の反応に、師忠は自分の説明不足を自覚してさらに付け加える。


「そもそも、気脈というのは元来不安定なのですよ。それを安定にするには、各属性を代表する神の力が必要となります」


「ふむ……?」


「ですが、それはもはや契神術でどうにかなる範疇を優に超えている。これを解決する方法として浄御原帝が考案したのが、特定の神との結びつきを極限にまで強めた人間を陰陽五行いんようごぎょうの数だけ用意する、というものでした。この人間が神子というわけです」


「い、陰陽五行……?」


 ――またけったいなワードが飛び出してきたな……


 顔をしかめて反対側に首を傾げなおす海人。

 陰陽五行とは古代中国の概念で、世界は五つの元素とその陰陽で構成されているというものだ。また五つの元素とは、水、火、木、土、金のことである。


 ――まあでも、それで俺含めて七人というわけか。


 陽、陰、水、火、木、土、金で七人、という計算だ。本来なら水の陰陽、火の陰陽、木の……というように計十人要るはずなのだが、どうもそうはなっていないようである。海人はどこか納得したような、してないような表情で腕を組んだ。


 なにはともあれ、ようやく話が初めのところに戻ってきた。

 しかし、疑問はあまり解決されていない。何のために神子が存在しているか、そしてなんで七人いるかはなんとなく分かった。だが、彼らが何者なのかは未だよく分からないまま。


 ただ、海人には一つ仮説があった。


「……もしかして、神子って全員俺みたいに転移……いや、別の世界から来た人間なんですか」


 転移者が一人などと誰が言った。自分みたいなのが転移してきたくらいなら、きっと他の人間だって――海人はどこか険しい表情で師忠の目を見た。しかし、


「いえ、それは貴方だけです。他はみな、この世界に生まれてこの世界で育った者たち。神子の中でも再臨は別枠ですから」


「あ、そうなんですか」


 あっさり否定されて拍子抜けする海人。だが、彼は同時に胸を撫でおろした。というのも、自分と似たような存在が六人もいたらプレミア感なんてあったものではないし、何よりなけなしの海人のアイデンティティが揺るぎかねない。


「まあ、別枠なのは陽の『神裔』、土の『回天』、そしてある意味水の『蒼天』もなんですけどね」


「7分の4別枠じゃないですかっ! それもう実質通常枠っ!!」


「神子なんて基本人外だからな。全員別枠みたいなもんだ」


「お前まだいたんだ。喋んないから帰ったかと思ったわ」


「あァ!?」


 せっかく補足してやったのに雑に扱われて不機嫌な犬麻呂。だが日頃の行いが悪いので仕方ない。

 とはいえ腹は立つのでその怒りが海人に向いた。関節技を決められる海人を見下しながら、師忠は上機嫌な口調で


「話は逸れに逸れましたが、他の神子様方は普通以上に術式を使えますし、権限があろうと契神術の行使に致命的な問題はありません。権限の制御さえできれば、貴方もいずれ出来るように……」


「ちょっ、ギっ、ギブっ!!」


「なるはずですから、まあ気長に頑張っていきましょう」


「らしいぜ神子さん」


「はっ、離せっ!! た、助けて師忠さん!! ぎゃぁぁぁあああ!!!!」


 不機嫌な犬麻呂、喚く海人。なのになぜか楽しそうな師忠。それを柱の陰から引き気味で眺める仁王丸。冬に差し掛かろうとする平安京には似つかわしくない程、賑やかで混沌とした空気が高階邸に漂っていた。

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