第1章幕間:会議は踊る、されど進まず
北都平安京。月明かりの差し込む朱雀帝の御所。その一角に位置する
そこには、
朝廷の大事を司る議決機関、
ただ一人、彼を除いて。
「師忠卿は欠席か」
三十半ばと見える目つきの鋭い気難しそうな男は、そう呆れたようにこぼした。向かい側の席の筋肉質な男は彼を睨みつけて、
「
そう不機嫌に言い放ったのは藤原時忠――朱雀大路で犬麻呂を侮辱し、海人を痛めつけた男である。時忠の言葉に、実頼と呼ばれた男は張り付いた笑みのうちにほんの少しだけ不快感を宿して、
「ええ、不甲斐ないことこの上ない。ですが、二人欠けたところで然したる支障はありません。左大臣殿、始めましょうぞ」
彼は一番上座に座る老人、左大臣藤原
「チッ」
いけ好かない実頼の態度に、いらだちをあらわにする時忠。死んだような目でため息をつき、力なく頷く仲平。険悪な空気の漂う中、会議は幕を開けた。
▼△▼
「では、これより陣定を始める。おのおの、忌憚なく考えを述べて頂きたい」
仲平はそう告げると、一番下座に座るなよっとした青年に目配せする。彼は仲平の視線に少しおどおどしながらも、手元の文書を広げた。
「きょっ、今日の議題は、近頃都を騒がせている陽成院の『影』、そして、東国にいると思われる『回天』の神子についてです」
わずかにざわつく公卿たち。青年は一つ唾を飲み込むと、時忠の隣に座る壮年の男の方を恐る恐る見た。
「
「いやぁ、
良相と呼ばれた男はヘラヘラとした笑みを浮かべて応える。その飄々としてつかみどころのない態度に気おされつつも、高明と呼ばれた青年は視線を時忠に移した。
「近衛府の方ではどうです?」
「あ?」
時忠はギロリと高明を睨む。高明はひっ、と小さく悲鳴を上げるが、なんとか震えを抑えて、
「よっ、要人の警護は近衛府の管轄です。この前殺されたのは秋に叙任されたばかりの武蔵守、常陸介、それから……」
「知らねぇよ」
「し、しかし時忠卿は右近衛大将、近衛府の長で……」
「あのなぁ」
高明の言葉を途中で遮り、時忠はため息交じりに言い放つ。
「なんで筆頭大納言である俺が、国守ごときの暗殺事件を調べなきゃいけねぇんだ? あ? そんなことは中将以下がやってんだよ。今日欠席の『彩天』サマとかがなぁ!」
声を荒げる時忠。地獄のような空気。公卿たちは俯き、高明については完全に委縮してしまっている。そんな中で顔を上げているのは、不気味な笑みを浮かべる良相、そして、もはや不機嫌さを隠す気も無い実頼の二人だけだ。
彼らを仲裁するように、左大臣仲平は躊躇いがちに口を開く。
「……時忠卿、そうお怒りにならずとも」
「チッ。お飾りの分際で偉そうに」
そう吐き捨てると、時忠は頬杖をついてそっぽを向いた。しばしの静寂ののち、公卿たちは再び高明を見る。
「で、では、次は『回天』の件に移りましょう。この件について一番詳しいのは……?」
「……師忠卿でしょうな」
ぽつりと、誰かが呟く。一同は、沈黙という形でそれを肯定した。
「来てねぇじゃねぇか」
「そうですね。諏訪社との交渉の結果、そして、前回仰っていた『お楽しみ』とやらの仔細を伺いたかったのですが……」
「では、次に詳しいのは?」
「『彩天』様だろう。しかし」
「アイツも欠席……仕方ありません」
実頼は一つため息をつくと、一同を見渡す。そして、
「では、今度また仕切り直しということにしましょう。よろしいですね? 左大臣殿」
肯定以外の答えを求めない無言の圧力に、仲平は疲れ切った表情で力なく頷く。実頼は感情のない笑みを浮かべたまま、その先を促した。
「……今宵の陣定はこれにて終いとする。各々、次までに深く勘案してくるように」
仲平の言葉で、陣定は何も決まらないまま幕を下ろした。
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