第87話 大陸の平和

 ライはミールク・ジラン・カルザイ公爵と共に、特急列車に乗って西部諸国連合の首都の置かれているキキラス国の首都でもあるキリナールに向かっている。

 ミールクはジルコニア帝国の第2皇子であったが、婚姻によってカルザイ公爵家を起こし、現在は西部諸国連合の顧問官を務めている。


 西部諸国連合はサンダカン帝国が滅んだ後に、ジルコニア帝国とラママール王国の後押しで生まれた国家連合である。ライについては、ラママール王国を中心に形成された南部諸国連合の議長を務めている。


 このように、現在大陸はジルコニア帝国と西部・南部諸国連合の3つに分かれており、それぞれのまとまりで軍隊と外交権をもっている形になっている。

 ジルコニア帝国は最大の勢力かつテリトリーを持ち、大陸を揺るがしたサンダカン帝国殲滅戦争において主導的立場であったので、周辺の数か国が吸収される形で帝国としての形を保ったのだ。


 吸収された国々にとっても、ジルコニア帝国が、ラママール王国の技術援助を受けて凄まじい発展を見せており、周辺国にとっても独立を捨てても吸収される価値があることは明らかであった。


 それぞれの国を支配していた王室によっては抵抗したものもあったが、富を握る商人から突き上げられた貴族の大勢が、合併に積極的であったために押し切られた面がある。


 これは、帝国が重商主義であって、ものの生産を豊かにして流通を促進して豊かになることを重視しているので、ものの見えている人々にとってはその一部になることは大きな意味があった。


 それに、ジルコニア帝国の政体は立憲君主制であり、皇族や貴族が絶対権力を握っているわけではなく、平民も人権を認められてそれなりに豊かな生活をしている。この面では、吸収された国々の多くがより良い体制になったと言えるだろう。


 南部については、すでにラママール王国が圧倒的に豊かで、技術・社会が進んでいることは周辺諸国に広く伝わっており、諸国連合の話が持ち上がった時に反対するものはなかったのだ。


 つまり、連合を組むということは、そのラママール王国の豊かさの源泉である、ノウハウが国境の壁なしに伝わってくるということであり、自分たちも同様に豊かになれるということである。


 それに、どのみちラママール王国の軍備はレベルが高すぎて、この王国がその気になれば周辺諸国を征服することが訳はないことが判っていたのだ。

「そうは言っても、我々の国はラママール王国にとっては征服する値打ちもないだろうがね」

 そのように自嘲して言うのが、周辺諸国の若い貴族の流行りであったものだ。


 西部については、結局は“サンダカン帝国”が残した傷跡が諸国をまとまめた理由である。リスナー、ムズス、キキラス、イカリークなどの諸国はすでにサンダカンによって支配層が一掃され、サンダカン帝国が滅びた時に旧政体を復興させる余地は余りなかった。


 あのサンダカン帝国最後の防衛戦において、その港町アイタス近郊に集結した連合軍は15万に達した。これらは、6ヵ月の時間をかけて、ジルコニア帝国、ラママール王国、キーカルク王国等を主として集結したものである。


 他にも、リスナー、ムズス、キキラス、イカリークなどの諸国からも反乱軍として生き残っていた者達、さらには周辺諸国からも観戦隊として10人から100人ほどが参加している。

 実際の数はジルコニア帝国から10万人、ラママール王国2万人、イカルーク王国2万人でその大部分を占めている。


 この兵員の数は、守るサンダカン帝国の正規軍25万に対しては劣るが、爆裂弾を発射できる大砲を多数配備し、ライフル連発銃を全員に配備しており、さらには簡易装甲車として使えるトラックを全兵員が使えるなど兵器の質で大きく凌駕している。


 サンダカン帝国では、主として火薬の不足から単発銃を1/5程度の兵に装備しているに過ぎない。だから、その主兵器は槍と剣に弓、そして騎馬による突撃であり、射程外からの攻撃に一方的に敗れる運命であることは、自身もわかっていた。


 そのため、国内からは正規軍以外の殆どの男子が防衛戦に参加を熱望したが、帝国政府は許さなかった。確かに、サンダカン人1千万の人口からすれば、200万の軍を形成することも可能であった。ただ、碌な軍備は整えられないだろうが。


 しかし、200万の軍があれば、侵略軍15万に対して犠牲を恐れず戦うことで、今回は侵略を跳ね返すことも可能かもしれない。しかし、そのために凄まじい犠牲が生じるであろうし、大陸全ての国が敵という状態であれば、いずれは敗れることになることは確実である。


 そして、そのように双方に犠牲が多い戦いをするということは、サンダカン帝国という存在の異様さを際立たせ、憎しみを募らせることになるだろう。その結果は、連合国がサンダカン民族の殲滅に動く可能性がある。


 そのような判断から、現在の正規軍をさらに絞り込んで、侵略軍と同等の数15万で防衛戦を戦う決断をしたのだ。

「なるほど、サンダカン帝国も勝てないことは理解しているわけだ。だから、最後の意地を見せるための犠牲はできるだけ減らしたいということだな」


 サンダカン討伐連合軍の名目上の司令官を務めた、ミーライ皇子(当時)ば軍議の席で言ったものだ。

「ふん、怖気づいたのだ。実際に戦いになったら簡単に降伏するのではないかな」

 キラメキ王国からの観戦武官である王弟のグジラ将軍が吐き捨てる。


「いえ、それはないでしょうな。15万と言えどわが軍と同数です。それだけの兵が死を覚悟して最後までかかってくると考えるべきです。わが軍も狼狽えればそれなりの被害が生じます。司令部の作戦を違えないように各指揮官によく言い聞かせるべきですな」

 ラママール王国遠征軍の司令官を務める若手のミイラム・ジム・カーゼイ中将が言うのに、グジラ将軍は尚も言う。


「あのような他国のものを奴隷にするような者達が、そのような崇高な信念などはないだろう」


「グジラ将軍、サンダカン軍はキーカルク王国での戦いにおいて、勝利の見込みのない戦いで最後の一兵まで降伏することなく戦った実績がある。さらには、わが軍が上陸してからの戦いは、圧倒的な装備の差にめげず良く戦っている。

 確かに戦うまでは判らないが、敵はそのように最後まで諦めない相手であるとして戦うべきである。わが軍の方針としてそれは変わらない」


 討伐連合軍中の、ジルコニア軍の司令官を務めるカサンド・ジラ・ムジル中将が穏やかかつ断固として言う。それに対して、グジラ将軍は尚も言い返そうとしたが、隣にいる秘書官から慌てて止められている。本来、観戦武官に、このような席で意見を言う資格はないのだ。


 遠征軍がここに至る以前、キーカルク王国での戦いから1ヶ月、サンダカン帝国はその軍と送り込んだ官僚、さらに民間人もすべて、サンダカン本国に呼び戻した。そして、本国の守りを固めた。


 その守りの主力を置いたのは、アイタス付近である。サンダカンの海岸線は、遠浅または岩石でごつごつしたところが多く、大型船を横づけして重量のある大砲などを陸揚げできるのは、アイタス付近に限られるのだ。


 攻める側のラママール王国では、2隻の全鋼製戦艦が完成して艦砲射撃ができるようになっている。ジルコニア帝国海軍においても、既存の木造戦艦10隻にラママールから輸入した爆裂弾を発射可能な大砲が設置されている。


 これらで構成された艦隊にサンダカン帝国のなけなしの艦隊が戦いを挑んだが、まさに鎧袖一触で敗れている。その後、アイタス付近の沖にこれらの艦隊が勢ぞろいして、艦砲射撃を行うようになるとサンダカン側に抵抗のすべはなく、どのような要塞を建設しても破壊されることが明らかであった。


 そうして、安全になった陸地に、ジルコニア・ラママールを中心とした軍は、上陸した部隊が大砲とライフル銃で守られた陣地を構築してその陣地をどんどん広げる。

 さらに彼らは、艦砲射撃で破壊されたふ頭を復旧・拡大して、トラックを含めた重量物をどんどん上陸させるようになった。


 これに対して、サンダカンは最大の抵抗の試みとして、大規模な飛行魔法兵による爆撃隊を構成して、彼らが携行した爆弾によって夜間爆撃を敢行した。

 しかし、その時点ではすでに連合軍の基地には1万5千の兵力があって全員がライフル銃を持っていた。


 さらには、ラママール王国からは魔法の達者が多く配置されていたので、派手に魔力をまき散らして近づいてくる飛行魔法兵約1千は早くから探知・待ち構えられていた。


 連合軍は夜間攻撃を当然予想はしていたので、ラママール王国から派遣された飛行兵は照明の魔道具を応用した、夜間照明を大規模に展開しできるようになっていた。この結果、サンダカン側の攻撃は一万丁以上のライフルの射撃に迎えられ、爆撃の射点に着くことも敵わず、飛行魔法兵は殆ど全滅した。


 このように貴重な飛行魔法兵をすり潰した結果、連合軍の飛行魔法兵による爆撃に対処できなくなったのだ。その防衛に当たった兵の最後が倒れ伏して、サンダカン帝国の首都であるサンダルが降伏したのはすでに10年と半年以上前になる。


 そして、サンダカン帝国は直ちに連合軍の占領下におかれ、その後半年で西部諸国連合が成立して、そのサンダカン国となった。だが、この国には、他の諸国とは違って自治権はなく、ジルコニア帝国、西部諸国連合さらに南部諸国連合から派遣された官僚と政治家によって統治されている。


 明後日は、西部諸国連合の建国10年になる記念日であり、その首都キリナール(元のキキラス王国の首都)で大々的に記念祭が開かれることになっている。ライとミーライはそれに出席するためにキリナールに向かっているのだ。

 それの記念日を期して、サンダカン国はその国民による自治が行えるようになることになっており、過去半年ほどはその審査が行われていたのだ。


 ちなみに、サンダカン帝国の戦役が終了した後、その後どうするかについては様々な議論があった。特に国民の多くを奴隷化された国では、サンダカン国民を根絶やしにするという意見もあった。


 しかし、サンダカンへの討伐連合軍の被害が極めて少なく、一方で勇敢には戦ったが最終的にほとんど全滅に近い被害を受けたサンダカンの軍への勇敢さを讃える風潮と、余りに一方的な闘いに憐れみの情があった。


 その意味では、旧サンダカンの指導層の狙い通りであったのだが、彼ら指導層には厳しい判断が下り、皇帝以下指導層100人余りが死刑になり、貴族は財産を没収され全て平民に落とされた。

 ただ、貴族の少数は醜く抵抗するものもあったが皇帝を始めとする高位指導者は、従容と死刑を受け入れたところを見ると覚悟の上だったのだろう。


 その結果が、被害を与えた国々への返済に、100年を要する賠償責任を負わされることになった。さらに、サンダカンとしての国として残すが、今後10年間は自分たちで統治はできないということで自治権を取り上げられることになったのだ。


 また、そのごたごたのなかで、西部諸国連合というものが発想されて実現に至ったのは、指導的立場にあったジルコニア帝国、ラママール王国が自らは直接治めるような面倒なことをしたくなかったからである。

 さらには、必然的に起きる技術移転やさまざ制度の移植には、全ての国にそれぞれに対処するのは勘弁してほしいということが大きかった。


 このような背景の中で、多くの国で統治機構が破壊されており、一方で被害がなかったキーカルク王国が、大陸西部の主導権を握ることができるとして反対しなかったこともある。キーカルク王国も実際に西部諸国連合が滑り出して、うまみが少ないのに苦労が多いのに気が付いて大いに後悔した。


 南部については、西部諸国連合が滑り出して、その発展の兆候が明らかになり始めるとラママール王国の近隣諸国が同様な組織の形成を言い始めたのだ。その結果、ラママール王国がほぼ音頭を取る形での諸国連合ができ上ったわけだ。


 西部諸国連合が成立して10年、ラママール王国発の技術は大陸に急速に広まり、飢えは根絶されて、工業化が進んで、大陸に鉄道網が張りめぐらされ、道路網の整備されてきた。


 この中で、貴族制度は残ってはいるが、その特権は多くが廃止されているなかで、平民も豊かになって、あばら家のようなものは見られなくなった。また、ラママールに始まった義務教育が全大陸に広がり、子供たちが明るい顔で遊びまわり、学校において学ぶ姿が普通にみられるようになった。


 軍隊はその2つの連合と1つの帝国が持つもののみであり、これらは時折り発生する魔獣の退治、時に起きる地方の騒乱に備える存在である。しかし、5年ほど前に海洋の西側に大規模な諸島群、それに東側に別の大陸があってその諸国との接触が始まり、それに備えるための軍隊の維持が必要であると叫ばれ始めている。


「ライ君は明後日の式典であいさつをするのだよね、どんなことを話すのかな?」

 向かいの席でミーライ公爵が、ラママール王国の王女を娶って公爵になっているライに聞く。


「うーん。ミーライ君、君も知っている通り、私は前世でサンダカン帝国に滅ぼされた国で彼らに殺されたんだ。それが、神の思し召しで転生して頑張ったおかげで、彼らの侵略を許すことなく、少なくとも誰もが他の奴隷にならずにまあまあ豊かな生活をできるようになった。


 私はそこで、私を拾い上げてくれた神の思し召しに適うことをやれたのではないかと思うこの頃だよ。そして私も妻ができ、子供もでき幸せというのはこういうことかと思うことも多い。

 まあ、偉そうなことをいうつもりはないけれど、欲をかいて戦争などをせずに自分と仲間が豊かになることを思って働くのが一番ですよ。

 平和が一番ですよということかな」

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ライの物語、日本人の知識による復讐譚 @K1950I

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