第86話 サンダカン帝国の落日

 絶対に成功と思われていた、サンダカン帝国のキーカルク王国への侵略は無残に失敗した。それも王国に攻め入った5師団2万5千の直轄部隊が全滅したのである。


 このことは、サンダカン帝国には念話でその状況を含めて知らされた。一方で周辺諸国には、キーカルク王国とそれを支援するジルコニア帝国の積極的な広報活動によって瞬く間に広がっていった。


 この2国は、すでに征服された諸国へもその窓口は持っていたのである。征服されたリスナー王国、ムズズ公国、キキラス王国にはまだ抵抗勢力は残っており、この知らせは彼らに大きな希望を与えた。


 またジルコニア帝国にキーカルク王国と挟まれた多くの国々も、サンダカン帝国の脅威を認識し始めたところであったので、その知らせは大きなインパクトを与えた。

しかし、もちろんその情報に最も衝撃が大きかったのはサンダカン帝国そのものであった。


「ガンザイ総参謀長、お前の言うのは、わが帝国はジルコニアとラママール王国の連合にはどうあっても勝てないというのか?」

 帝国皇帝、ジッダイ・セイア・サンダカンが、皇帝も参加した帝国国防会議において深刻な声で問い返す。


「はい、先ほども申し上げたように、今回の戦いは最大戦力のジルコニアは参加せず、ラママール王国も恐らく参加兵力は最大で2千名以下です。しかし、莫大な機材がラママール王国から、彼らが開発した汽船と自動車によって運ばれて、その機材が基本的にはわが軍を破ったのです。


 それも、自軍は殆ど損ねず一方的に……。残念ながらわが軍の魔法兵を主戦力とする戦術はラママールの開発した兵器体系には敵しえないことが判りました。

 彼らを打ち負かすには、我々の兵器を彼らと同等以上にすることが絶対的に必要です。そして、それは正規の手段では入手できない事は明らかでありますので、長い時間を要するでしょう」


 10年に一人の天才と言われるマキムール・マイ・カンザイ総参謀長は沈痛な顔で言う。それには、軍部から異論は出ない。軍部では、現地からの2万5千以上の軍が全滅するまでの戦いの詳細が判っていた。


 その情報をもとに様々に検討したが、精々が敵の損害を増やす程度で勝てる要素は全くないことが判ったのみであった。両者の兵器体系に差がありすぎて、魔法によるアドバンテージや戦術では絶対に埋めきれないことを自ら証明したのが、いま説明している総参謀長である。

 それに対して、皇太子のレックス・セイア・サンダカンが皮肉げに言う。


「軍はそれでは、密偵がラママール王国の軍備の秘密を盗んでくるまで待つというのか?その間は、我が国のイカルーク、リスナー、ムズス、キキラスの駐留軍は引き上げ、支配権を旧来の政権に戻すということか?それは、また帝国の看板を下ろすことになるが……」


 それに対して、財政大臣のバッカス卿が反論する。

「レ、レックス殿下、それは極論でしょう。総参謀長もそこまでは言っておりません」


「いえ、殿下の言われる通りです。今のままだと、ジルコニア・ラママールを中心に大陸の全ての国が参加した連合軍が我が国を押し包み、我々を滅ぼすでしょう。つまり、我が国が周辺諸国を征服してその国民を奴隷化したことが、彼らの反感と恐怖を呼んだのです。

 それでも、彼我の交通体系、兵器体系が従来のままであれば、そのような動きはその大きな互いの距離のために、反抗同盟が形成されるにせよ、その成立に長い時間がかかります。

 その間に我が帝国はさらに支配権を広げ、その戦力を適する者を跳ね返すに十分なものにする時間を得られたかもしれません」


 カンザイ総参謀長は沈痛に言って一旦言葉を切ってさらに続ける。

「結局、ラママール王国における、過去数年の不可思議な技術の加速がこの事態を招いたのです。まさにわが帝国の野望を知ってそれを防ぐことを最初から狙っていたような」


「うむ、私もそれを思うが、それを考えてもいまある現実は変わらん。カルザイ参謀長、他の手法は検討したのか?

 我がサンダカンの民は魔法に関しては達者なことは明らかだ。ラママールよって、魔法の処方の手法が広められ始めた今でもそれは変わらん。

その魔法を使って、この兵器の劣勢を跳ね返す手法はないのか。例えば、魔法兵を大挙敵国々送り込んでその混乱を広げて各個撃破するとか」


 レックス王太子が言うのに、今度マーシャル軍事大臣が応じる。

「はい、殿下それも検討しました。とりわけ、心理操作を得意な者を中心に他国に送り込んで、その軍的な中枢を乗っ取るというのはそうした守りのないところには可能です。しかし、肝心のジルコニア帝国とラママール王国には通じないという結論です。

 そして、この2国はすでに他国に知らせを送って、両国が我がサンダカン帝国討伐の軍を起こすことを匂わせています。このまま推移すれば、両国は他の国の助けを借りることなく1年もすれば、港町のマシーラ付近に橋頭保を作り、そこで戦力を増強してわが帝国の征服にかかるでしょう」


「「なに!そ、そんなことが」」

 この予測に、あらかじめ知らされていた皇帝や皇太子を除いた文官たちが驚愕して一斉に叫ぶ。それに対して総参謀長が冷静に言う。


「もちろん、守りは攻めに比べて少ない戦力で可能ですし容易です。しかし、ジルコニアには、ラママールの技術が入る前にすでに戦艦がありました。ラママール王国では、より進んだ戦艦が完成しているという情報が入っています。彼らの砲は爆列弾を発射できるのです。

 ですから、残念ながらこれらの海上戦力に遅れた我々は彼らの上陸は阻止できません。ただし、彼らの汽船は数がいまのところは少ないのは判っているので、一時に上陸できる戦力はそれほど大きくはありません。

 それでも、ご存知のように陸上輸送に比べれば、海上輸送は大幅に容易なのです。1年もあれば、彼らはその膨大な装備を含めて100万の軍でも送り込めます」


「「「うーん」」」

 部屋に暫くの沈黙が落ちたが、皇帝が嫌そうに口を開く。

「イマジーラ宰相、帝国としてどのようにするか卿の意見を述べよ」


「はい、陛下。残念ながらわが帝国に本当の意味での味方はおりません。

リスナー、ムズス地方(元王国)はすでに併合していますが、民と元の貴族はすでに奴隷ですから我々を憎んでいます。

 さらに、属国化しているイカルーク、キキラス王国は、支配しているのは欲に転んだものか操り人形にしたもの達で、一般の奴隷化しつつあるもの達は我々を憎んでいます。


 これらの者達は我々が支配しているので、戦力としては使えるでしょうが、所詮奴隷兵として肉の盾に使う程度です。そして、それ以外の国は、ジルコニア帝国からの情報が回ってほぼ積極的な敵と言っていいでしょう。

 そしてその敵は、人口で10倍、国力では20倍以上で、しかも我々が持っておらず、どうやって作ってよいか判らない数々の優れたものをすでに使っています。つまり技術で明らかに負けているのです。


 キーカルク王国での敗戦は、主としてその優れたものを持っているかないかの差です。一方で。キーカルクでは我々は多数の奴隷兵と魔獣を用意して攻め込み、敵の焦土化作戦のために食料が不足したために直轄部隊のみになりました。

 そして、敗れたのですが。守る戦いではこれらの奴隷兵と魔獣は有効です。とは言っても、先ほど述べた数と物量の差並びに技術の差は埋めらず、最終的には敗れるでしょう。


 問題は、その段階で多数の奴隷兵と魔獣を動員して敵に向かった場合には、数百万の死者が出るでしょう。また、その大部分は支配国の人々で、その国では普通の人々です。そのような闘いは強い憎しみを生みます。とりわけ奴隷の出身国ではそうでしょうし、そのような奴隷を殺さなくてはならなかった攻撃側もそうでしょう。

 私は、そのような手段まで使ったわが帝国の徹底した抵抗は、サンダカンという民族の絶滅に繋がると思い…………」


 宰相の話は、突然の叫び声に中断された。

「宰相!貴卿は我が帝国に、敵に降伏せよというのか?帝国の看板を下ろして、支配下においた国々に謝罪し、賠償し国を開けというのか?我々軍人はそのような恥ずべきことはしない!」


 叫んで立ち上がったのは参加者の内の最も若手のザンジベ作戦部長であり、彼は声を落として尚も言葉を続ける。

「確かにサンダカン民族の絶滅は避けなければならん。その意味では、征服した国々から速やかに引き、彼らの憎しみを募らせないことは必要であろう。そして、帝国に攻めてくるかれらの戦力を迎え打つ、栄光あるサンダカン軍は最後まで戦いぬくのだ。

 わが軍は敗れるとしても、最後の一兵まで戦ったキーカルク侵攻軍のように戦い抜く。その後、政府は降伏でもして和平を求めればよい。我々の命をもって、サンダカン民族の尊厳を保つのだ」


「そのために、20万人の兵の命を損なうというのか?」

 宰相が白髪頭を振りたてて反論する。


「兵力は若手を除くことで10万程度としたいと思っている。私は先陣を切るつもりだ。極力国内を荒廃させることはしない」

 ザンジベ作戦部長は静かに宰相の顔を見ながら言い、マーシャル軍事大臣が皇帝に向けて続けて言う。

「皇帝陛下。多大な予算を頂きながら、不甲斐ない軍で誠に申し訳なく思っております。しかしながらこれがわが軍のやれる精いっぱいのことでしょう」


「マーシャル……」

 皇帝は相手の名を呼んだのみで沈黙すると、スライダス外務大臣がザンジベの言葉を補強する。


「陛下、わが軍のキーカルクでの敗戦は広まりましたが、最後の一兵まで勇敢に戦ったわが軍の精強さもまた口に登っております」

 事実上、サンダカン帝国の終わりを決めたのはこの会議であった。


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