第85話 キルカーク王国防衛戦3

 サンダカン帝国第3軍団、第2師団長のミガス・ジン・カカイル少将は、彼の5千人の師団の中盤を馬に乗って行軍していた。師団においては騎馬兵が千騎と高級将校は騎馬であり、さらに10台の2頭だての馬車による輜重隊が入っているが、進軍は基本的に歩兵に合わせているためその速度は遅い。


 サンダカン帝国の兵たちの練度は高く、その行軍はきびきびしてその士気の高さがうかがえる。元来モータリゼーションの前のこの大陸の人々にとって、歩くことは殆ど唯一の移動手段であり、基本的に一日歩いても平気である。だから、昼前のこの時間、兵たちはまだまだ元気いっぱいである。


 進軍しているのは、山並みが霞んでみえるような大きな盆地である。あちこちに緩やかな丘が連なっておりあまり見通しは利かない。2万5千の兵が縦隊で長く列を作ることは危険なので、先に3つの師団が並列に進み、その後ろに2つの師団が続く形であり横に広く広がり、全体の長さは500m余である。


 馬の上という比較的高みにいて、さらには少し小高い丘を通過中のカカイル少将は、ほぼ自分たちの軍団の全容を見ることができる。2万5千の、馬と人の混成部隊が動く姿は、その5つの師団ごとに色の違う皮鎧を付けていることもあって、色鮮やかな絨毯がうごめいているようでもある。


 それは突然であった。ヒューン、ヒューン、ヒューンという音が重なって聞こえ、さらにドーン、ドーン、ドーンという爆裂音と火花と土煙が舞い上がる。その火花と土煙は見たところ数十以上も見られ、それに伴って、兵の体がすっ飛び更にはなぎ倒されている。


 カカイル少将に馬を並べている、参謀将校のミマイルが叫び言う。

「うわあ!師団長、あれは大砲でしょう。しかし、大砲の弾がなぜ破裂するのだ、もしやラママールはそのような大砲を持っているのか」


 その声に、カカイルは応じることなく歯を食いしばる。

 それだけではなく、いまもその“砲弾”が飛んできているが、それは左手のひと際高い丘の陰から飛びだしている。今は、その陰から、ドーン、ドーンという砲弾であろう破裂音とは違う遠い音響が響いてくるが、それは絶え間なく聞こえていることから相当な数があることは確実だ。


 それに驚異的であるのは、今や目の鋭いものには飛んでいるのが見えるその砲弾の速度とその飛距離だ。サンダカン帝国も無論大砲をもっており、現に自分の連隊も50基を馬にひかせているが、その口径は10cm足らずであり、弾が飛ぶ速度も遅く、飛ぶ距離は精々1㎞足らずだ。


 それに、自軍の弾は鋳鉄の塊であり爆発はしない。自分の帝国でも研究はしているようだが、爆裂弾はまだ夢の世界の話であり、実現までには相当な時間を要するという。多分、あの弾を撃ちだす砲の射程は少なくとも5倍以上で、その爆発の威力は非常に大きく、自軍の大砲とは次元が異なるものだ。


 その上に狙いは正確であり、どうも騎兵の群れと魔法兵を主として狙っているようだ。その意味では敵は脅威のなる相手を良く知っていると言えよう。そしてその狙いは正しく、自分の近くで爆裂が起きた馬は狂乱して飛び回り、味方の馬や人に打ち当たって被害を与える。


 しかし、カカイル少将は師団長として傍観するわけにはいかない。参謀将校を通じ、伝令兵に大隊長を通じて連隊の兵に出来るだけ散開するように伝えたが、味方の兵で混みあっているこの地域で散開するといっても限りがある。


 自分の師団にも敵の砲弾が撃ち込まれて、まず騎兵が次々に無力化されていく。さらには、服装も違う魔法兵の陣が同様に集中的に狙われている。騎兵と並んで貴重な戦力である魔法兵に向かって砲弾が次々に降り注ぎ、人が舞い上がりまたなぎ倒されていて、魔法兵と言えどなす術がない。


 魔法を使うには集中が必要であるが、自分の間近にあのように爆発が起きており、いつ自分がそれに巻き込まれる判らない状態では集中のしようがない。


「ああ、今度は飛行魔法兵が!爆弾の雨が降って来るぞ」

 参謀将校が叫ぶ。


 なるほど、数百の豆粒のような人影が混乱して沸き立っている自分たちの陣に向けて飛んでくる。あれは、ラママール王国への4ヶ国連合軍の進攻部隊が大損害を受けたという飛行魔法兵の部隊だ。


 多分、自分たちの上空に来て、持っている爆弾の雨を降らせるのだろう。とは言え、わが方には多数の魔法兵部隊がいる。彼らが、その攻撃を防げるだろう。

 しかし、駄目だ!わが軍の魔法兵は降り注ぐ大威力の砲弾に混乱しきっていて反撃できない。加えて、どうもあの飛行魔法兵は高度が高すぎて、魔法が届かないのではないか。


「あれは!地上部隊だ。あの走って来るのは、トラックというものだ。それに銃を持っている兵が乗っている!」


 再度、参謀将校が叫ぶが、なるほど土煙が舞い上がって、岡の陰からなにか四角いものの集団が走り出てくる。これも、4ヶ国連合軍の進攻部隊が損害をうけたというトラックという自分で走る鉄の車とそれに乗っている兵たちだ。


「師団長、これは容易ならない事態です。おそらく、間違いなくここキーカルク王国にラママール王国の支援が入っています。しかし、あの距離をどうやって運んで来たのか。1ヵ月前に確認した時にはそのような話もなかったが」

 参謀将校は、少将に深刻な顔で言う。


 それに対してカカイルが応えようとすると、彼らの間近で爆発が起きた。その爆風により、師団本部の周辺の兵の数人が巻き上げられ、爆風で10人以上がなぎ倒される。更には、飛び散った破片と巻き上げられた土砂が飛び散り周辺の兵と馬に損害を与える。


 カカイル師団長と参謀長の乗った馬に、その巻き上げられた石が当たって傷つけたために馬が狂乱した。運よく爆風にされされたのみで負傷はしなかったが、両人は馬を鎮めるのに必死になった。


 馬を鎮めながらも、カカイルはこの闘いは負けだと思った。なにより、いま現に被害を与えている砲弾には反撃する術はない。被害を減らすために、兵が広がるしかないが、各個撃破を避けるために戦力を集中させるという通常の戦法の裏を取られた形である。


 しかし、誰がこのような遠距離かつ強力な打撃を与えられる大砲が実用化されているいると思うだろうか。ジルコニア帝国には、そのような装備は確実になかったことは確かめられている。


 そうしてみると、ラママール王国からもたらされたとしか思えない。あの王国にはなかなか我が国の密偵が入り込めず、情報がほとんど入ってきていないが、よほどその技術は優れているのだろう。


 たぶん、彼らがすでに実用化しているという汽船というもので、短期間でウルワーの港に多量の装備と兵を運び、あの今走ってくるトラックというもので、ここまで運び込んだのだろう。


 いま迫っている飛行魔法兵の数は、多分300というところだろうが、おそらく多数の爆弾を抱えているはずだ。その爆弾は4ヶ国連合軍との戦いでは非常に小さいにも関わらず大きな威力であったと言う。帝国にも同様な爆弾があるが、大きく重いものであって、その点でもその技術は大きく開いている。


 また、さらに厄介なのはあのトラックだ。数は100というところではあるが、それに乗った多数の兵に射程が長く速射が可能な銃を持たせているわけだ。4ヶ国の大軍は、その装備している如何なる武器からも射程外を走り回るあのトラックをとらえきれず、一方的に射撃を食らって絶望したという。


『彼らは無理をする必要はないのだ。なにより、彼らは我々が反撃できない距離からの投射兵器をいくつも持っている一方で、我々にはないということは防御態勢を整えて守備を固めるしかない。

 ところが、我々は敵地深く入り込んで、しかも食料等の必要資材すらなく立てこもるなどの防御態勢はとれない。従って、もはや彼らに勝てる要素はないことが明らかになった。


 だから、引き上げるしかないという結論であるが、国境までの長い距離を果たしてたどり着けるか、私が敵なら全滅するまで叩くだろう。それもじわじわと数を減らす形で……。

 降伏?わが帝国軍に降伏という選択肢はない。ただ、我々が全滅しようともそれが何になるか?すでに、ジルコニア帝国とラママール王国が手を結んだことは明らかだ。彼らの目的は……。たぶん、わが帝国の膨張の阻止、そしてそのために我が帝国を滅ぼす?我が帝国が征服した諸国にやって来たことを考えると、あり得る話だ』


 カカイル少将としては、帝国の膨張主義そのものは反対ではないが、その支配下の住民を奴隷化することには賛成できなかった。たしかに、過去にはそれに近いことをしてきた帝国や王国さらに共和国はあった。


 とは言え、いま自分の帝国がやっているように、魔法具で人を操り人形として支配するなどの事をした国はなかった。しかも最悪なことに最も知られては困る相手、ジルコニア帝国、ラママール王国にそれを知られてしまった。だから、彼らの全力をもって我が国を滅ぼす決心をしたとしても不思議ではない。


 ジルコニア帝国軍の高級将校に馬鹿はいないが、その中での優秀さを認められているカカイル少将は流石に状況をほぼ正確に読んでいた。一方で、彼にも強い愛国心はあって、優れた自分の帝国、そして魔法の才に長けた自分の民族が滅ぼされるのはあってはならないと思っていた。


 その上でこの状況でどのように行動するか。最も重要なことはこの状況を確実に本国に届け、彼らの侵略に対して守りを固めさせることだ。


『それでも、果たして守り切れるかは疑問であるが………。我々は、最大の戦力を持っているここで、最後まで抗って敵に出来るだけの損害を与える。そしてその中で敵の戦法・戦力を本国に送って、侵略に備えるのだ』


 少将はそのように改めて決心して、ようやく馬を鎮めて同様に落ち着いた参謀将校に言う。


「ミマイル!我々は我が帝国の大方針として降伏が許されない以上、できるだけ相手に損害を与えるように戦う必要がある。

 以下の点を各大隊長に命じよ。

 動ける騎兵は損害を顧みず相手に突撃せよ、魔法兵は、敵の飛行魔法兵の爆弾を発火させよ。また投下した爆弾の軌道をそらせよ。さらに、魔法兵は相手の銃の火薬を発火させるともに、風魔法、火魔法など出来る限り相手を傷つけ、殺戮せよ。


 銃兵は射程外でも弾が届く限り敵を撃ち、当然相手が撃ってきたら撃ち返せ。また、敵のトラックが来たらその進行方向に障害物を作って走るのを妨害せよ。いま言ったように、ありとあらゆる手段で敵を撃滅せよ。

 我々の生命を高く売りつけるのだ。そして、その戦いの状況は逐一イカルーク王国の我が軍に念話で届けるように通信兵に命じよ。私は、いま言った点を師団長に具申してくるのでここは頼む」


 少将の言葉に、聡い参謀将校は上司の言わんとすることを感じ取って、敬礼して答える。


「よし、では言ってくる。ミマイル。生き残れ」

 少将は最後の言葉を、たまたま爆発音が遠いその状況を幸いに、断固として言って、馬を翻して軍団本部に向かった。


 カカイル少将の提言は、殆ど同じことを考えていたキーガイ軍団長の考えと一致して、軍団は最後の一兵が倒れ伏すまで戦いを止めなかった。


 2万5千のサンダカン帝国軍に対して、徹底的に投射兵器によって敵の射程外から戦いを進めた、2千のラママール王国兵と2万のキーカルク兵であった。

 その損害は全滅したサンダカン帝国軍に比べて極めて少なかったが、トラックに座乗した兵と、最後の銃撃をしながら突撃した兵にそれなりの損害は出た。


 そしてその戦いの様子は、魔法兵の必死の念話によってサンダカン帝国に詳しく伝わったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る