第84話 キーカルク王国防衛戦2

 キーカルク王国では、防衛会議が開かれている。司会は軍務卿のラカミイ・ダイ・ムジンカ将軍であるが、立場上の最高位は、防衛軍の最高司令官に任命されている25歳の王太子のジルカ-ズ・ミズラス・キーカルクである。


 ジルカーズ王太子は、無論それなりに軍事的な教育は受けてはいるが、決定的に経験は足りないので、実際的な指揮は国軍司令官のギジムス・ムスラ・キシール将軍である。


 さらに、ジラム・カ-ル・キムライ名誉将軍の『名誉』が取れて現役に復帰して、参謀長として座っている。実際のところ、キーカルク王国が挙国体制でサンダカンに対抗することになるためには、それなりの悶着があった。


 まず。問題であったのはキーカルク王国の王宮、貴族と軍にサンダカン帝国の人脈が強く、第1王妃のカリーヌがサンダカンの王室に繋がりのある貴族出身で、王との嫡子が王太子、そして第3王子と第2王女になっている。


 さらに問題は、国軍の司令官がこれまた、サンダカンに縁が強くその財政援助で力を増しているヤタガライ家のものである点である。こうしたことから、如何に説得しても、王大后やキシール将軍のサンダカン帝国への懸念はなかなか届かなかった。


 そこで、ライやミーライ皇子と会合を持ったミシャーラ王大后とキシール将軍は、正面突破を試みた。王にとって、自分と血は繋がっていないとしても、ジルコニア帝国皇室出身の王大后は、前皇后だったわけで、ジルコニア帝国皇室は縁戚にあたる。


 増して、ジルコニア帝国は大陸においての超大国であることは紛れもない事実である。だから、その皇室の一員であるミーライ皇子の訪問に際して、会わないという選択肢はない。


 王と王太子が同席している謁見の席で、ミーライ皇子が代表してジルコニア帝国、ラメマーズ王国、アスカーヌ共和国でのサンダカン帝国の策謀とその行動をあからさまに暴露した。


 それは、実際にそのことに直面した当事者以外に知りえない事情と事実である。さらに同席していたライが、それらの映像を魔法により見せたことにより十分な説得力があった。


 王と王太子とも少なくとも十分な教育は受けて、理解力も人並み以上にあった。さらには、彼らもミシャーラ王大后とキシール将軍のみならず、様々な臣下からジルコニア帝国のふるまいという点では情報は持っていた。


 だから、ジルコニアが自国の征服を目指しているという点は理解せざるを得ない。

しかし、いかなる情報を照らし合わせても、自国がその侵略を跳ね返すすべはないと思わざるを得なかったのだ。


 確かにジルコニア帝国とラママール王国の支援を得られれば、最終的にはサンダカン帝国にも勝つであろう。しかし、その支援のためには距離が邪魔をする。間違いなく、ジルコニア帝国、ラママール王国いずれからも援軍が到着するには数カ月、その援軍の立ち上げまでを含めれば、少なくとも3ヶ月は要するだろう。


 確かに、サンダカンの侵略拠点のイカルーク王国から王都までは遠いが、その3ヶ月のはるか前に、自分の国はサンダカンの恐らく20万以上の軍の前に征服されているだろう。


 それに王都に至る道筋では、食料の強奪に伴う住民の虐殺及び住居の破壊が起きて、村や町は廃墟と化すであろう。王と王太子もそのことを内心では判っていたので、サンダカンの脅威を正面から議論しなかったのだ。


 しかし、ライからの話を受けてのキシール将軍の説明は彼らの悲観的な考えを変えることになった。なるほど、敵軍の王都に至る道筋の住民の避難と、食料になるようなものの運び出しは、あまり例のない事ではあるが可能であろう。


 さらには、通常のこの大陸の戦争におけるやり方として、その行軍全部に必要な食料を運ぶことは基本的にない。現地調達が原則なのだ。数十万の軍で進軍してくるとしても、食料の現地調達ができないと判った時点で引き返すか、その軍勢の多くを分離して帰す可能性が高い。


 その上に、ラママール王国が10日程度で、この国では最新の銃や様々な兵器をその精鋭の兵とともに運んでくることができるという。その銃は、彼らにとっては最新ではなく、兵の数は比較的少ないようだが。王と王太子及びその席にいた殆ど全てのものが、サンダカンに対抗するという決断を当然と考えた。


 これは、仮にジルコニア・ラママールの差し出した手をはね付けるということは、すべての国の富を奪われ全国民が奴隷化されるという、暗澹たるサンダカン帝国による征服の未来が確定するのであるから当然というものであろう。


 その場で、ジルコニア帝国と、ラママール王国の一行の言うことが信用ならないとして反対した者もいた。それは、国軍の司令官のドリム・キラ・ヤタガライ将軍であった。だが、断固たる王太子の言葉でその場で捕らえられて牢に入れられることになった。


 そして、その能力には定評のあった、ジムス・ムスラ・キシール将軍が新司令官になり、キシール将軍の現役復帰と参謀長就任が決まったのだ。その後は、嵐のような慌ただしい数日があり、ただちにイカルーク王国国境方面への人員派遣と住民避難が決まった。


 ただ、国境直近については、イカルークからの侵攻まで間がないという認識から、その地方に赴任経験のある官僚を飛行魔法で運ぶという措置をとった。これは現状のところ。キーカルク王国には飛行魔法を自由に使えるものはいないので、ライの部下が手分けして運んだ結果になった。


 幸い、国境付近には大きな町はなく人口も希薄であったので、そこの住民は基本的には想定される進軍路から外す方向に移動させたが、その人口の少なさゆえにそれほどの苦労はなかった。


 なお、イカルーク王国から、キーカルク王国の王都のキーシルまでは、それなりの道路が繋がっているがその周辺は原野が多く、所々に農地が広がっているという形である。


 そして、その王都キーシルへの道路から逸れた位置の集落や町も無論あるが、う回する道路は大幅に遠くなるもの以外にはほとんどないし、その幅は狭く整備も進んでいない。だから、進軍の通路については殆ど選択の余地はないということになる。


 従って、住民や家畜を進軍路から外した位置に避難させることは、その人数が少ない事もあって比較的容易であった。その結果が、サンダカン帝国の直営軍のみの進軍ということになったわけであるが、無論この動きは見張られており、念話による通信で防衛会議に知らされている。


「ふむ、一気に敵の数は減ったが、さてその実力は?」

 ジルカーズ王太子が皆を見渡して言うと、それに応じたのは、イカルーク王国から亡命してきたジラソム将軍である。


「私は軍を率いて、サンダカンの直営軍と戦いました。我々が1万で、彼らも1万の同数でしたが、結果的に言えば鎧袖一触で敗れました。まず、彼らは基本的にはよく鍛えられていて、一般兵に関しては、残念ながら我々より1:1.2程度の割合で優勢です。さらに鉄砲の装備率が高く、概ね千丁の銃を使っていました。

 しかし、我々も百丁の銃はあったのですが、これらは彼らを射程に収める前に破裂して全く使えませんでした。何よりの問題は多数の魔法兵であり多分2千人はいたと思われます。


 我々はまず騎兵で彼らを蹴散らして、その後歩兵によって蹂躙しようと思っていたのです。ですが、その騎兵の馬が魔法兵により一斉に放たれる炎の膜に狂乱して使い物にならなくなりました。

 さらに、こちらの弓射も身体強化によるやり投げも、魔法兵に阻止されて全く機能しませんでした。結局遠方から攻めるすべがないところに、彼らは鉄砲を好き放題撃てるうえに、身体強化によるやり投げも自由に放てるわけです。


 その上に、100人以上の魔法飛行兵がおり、彼らが上空から爆弾まで落としてきます。そのような状況で散々に痛めつけられているところに、魔法兵の火魔法による攻撃があり怯んだところに歩兵と騎兵の突撃ですから、全く抗う術がありませんでした」


その言葉に、キーカルク王国の者達に加えて、ジルコニア帝国のミーライ皇子なども顔色を悪くしたが、その程度のことは想定していたライは淡々と尋ねた。


「なるほど、魔法に特化しているサンダカン帝国であれば、その程度はやるでしょうね。我々の調べでも、彼らの師団は5千人で、そのうち1千人は魔法兵であるようです。銃も相当に配備されているということで、いま言われる数だと1万人に当たり1千丁ですか。

 ただ、彼らの銃は所詮火縄銃で単発ですから、その射撃の速さは1分で1発程度でしょう。まあ300m位は飛ぶでしょうが、射程は100mたらずでしょう。それからジラソム将軍、魔法兵が使う火魔法の範囲はどの程度でしょうか?」


「うむ。確か、魔法を使うより先にやり投げと銃を撃っていたな。だから、魔法より銃や槍の射程が長いということになる。うーん、大勢の魔法使いによる炎の壁はゴウゴウと燃えて非常に派手だが、実際の犠牲は銃や槍によるものが多かった。

 しかし、あの風の刃かな。風の刃で致命傷を負う者は少なかったが、傷つけられて戦力にならなくなるものが多い点は問題ではあった。ただ、無論魔法を使えるものは身体強化もできるので、やり投げの投擲主として働いたから、その面でも脅威ではあった」


 考えながらのジラソムの答えにライはニコリと笑って言う。

「うむ、やはり思った通りですね。我々の経験でも、魔法というのは通常の魔力の持ち主であれば、戦いの場でそれほど有効な戦力にならないのです。まあ、有効なのはファイア・ボールと風の刃程度ですが、いずれも相手に致命傷を与えられるものはあまりありません。


 ただ、サンダカン帝国では魔法使いを集合して、炎の壁を作ることができるようですね。ただ、それが見た目に派手でも、それほど凶悪な威力はないと思いますよ。また、風の刃は集合して威力を高めることもできないようですから、魔法そのものは攻撃面ではそれほどの脅威ではないでしょう。

 ただ、槍や弓を魔力によって無効化できるという面では、遠距離攻撃に対する守りには強いですね」


「うん、その点はラママールの銃や大砲なら打ち破れるな。しかし銃や大砲の火薬を魔力で発火できるという点は問題だな」


 ミーライ皇子が口をはさむのに対して、ライが応じる。

「我々の銃や大砲に使う炸薬は、簡単に魔力では発火はできません。それにそれらの発火魔法も距離の制限を受けます。また、われわれの小銃では、射程は200m程度なら普通の兵で人間の体程度なら半分位の命中率です。

 それに、大砲の弾は4㎞程度飛びますから、彼等にはどうにもできないでしょう。


 弓や槍など、速度の遅いものは念動力で逸らしたりは可能ですが、鉄砲の弾はそれを認識できた場合に私が全力で逸らすことができる程度でして、大砲の弾はちょっと無理ですね。だから、魔法兵に我々の銃と大砲に対抗する術はないと思います。

 ただ、前の戦いで大いに活躍した戦法である、飛行魔法兵による爆撃は大勢の魔法兵に対しては実施するのは聊か危険でしょう。


 それから、先ほど念話による連絡がきましたが、すでに我が国の汽船が5隻、ウルワーの港に到着して、200台のトラックと荷物を陸揚げ中です。機材を優先したので、兵員は大体2千人ですが、いずれも精鋭です。

 この王都キーシルまでの800kmの距離を、これらのトラックは2日で走行できますから、3日後には到着します。しかし、運んできた荷を全て一度に運ぶことは無理ですから、トラックはもう一往復します」


「おお、もはや着いたのか」

 聞かされた情報に、キーカルク王国のものは一遍に顔が明るくなる。彼らにしてみれば、自分たちの持つ能力と隔絶したラママール王国の能力と、そのような大規模な援助が実際になされるのかという疑いがあったのだ。


 むろん、それらの援助は只ではない。しかし、サンダカン帝国の奴隷になるくらいなら、無理のない程度の返済の計画を組むという話に乗る方が遥かにましである。さらに、その間には、長年の友好国であるジルコニア帝国が入っているのだ。


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