第83話 キーカルク王国防衛戦1

 サンダカン帝国第3軍団、第2師団長のミガス・ジン・カカイル少将は偵察兵の報告に困惑している。サンダカン帝国は全部で3常備軍団を持ちそれぞれに10師団を配備している。


 各師団は概ね5千の兵からなっており、それぞれ1千名の魔法兵と50名の飛行魔法兵を配備している。つまり、兵力は各軍団が5万名であって、帝国全体で15万名である。


 これに対して、各師団には各兵に対して剣と槍はもちろん、長弓を5百丁、火縄銃を5千丁、さらに大砲を100基装備している。これは、サンダカン本国の1千万人の人口からすれは、相当に負担の大きいものであり、周辺諸国への侵略が成功するまでは、国庫の負担は厳しいものがあった。


 とりわけ銃については、弓ほどの才能を必要とせずさらに必要な訓練期間も短いが、射程は弓に劣り、なによりその鉄砲と大砲の製作と火薬の製造に、多大な費用が必要となる。


 サンダカン帝国は周辺諸国と比べて大きな常備軍を備え、圧倒的に数の多い鉄砲と大砲を備えているが、国力が勝るジルコニア帝国に大きく劣ることは十分意識している。ジルコニアは常備兵を50万、鉄砲に至っては火縄より一歩進んだ雷管式のもの20万丁を超える数配備しているという情報を掴んでいる。


 さらに、大砲については、サンダカン帝国が口径100mmに過ぎないのに対して、口径200mmを超えて射程も4倍以上に達することも確認されている。

 しかし、カカイル少将は銃や大砲に関して、火薬を使う以上は対処の方法があるので特段心配をしておらず自信を持っていた。逆に数を多く配備していることは却って欠点になると思っている。


 カカイル少将は、キーカルク王国侵攻軍として配備された第3軍団の半数である5師団の1師団の指揮を執っている。だが、軍団の半数であるがそれを率いる総指揮官は、第3軍団長のガルク・イス・キーガイ中将である。


 本格的な外征であるということから、軍団長自ら指揮をとっているのだ。その指揮下には、無論サンダカン帝国軍の5師団が中核である。さらにイカ―ルク王国からは王国騎士団1万5千名に国軍歩兵3万の中央軍に加えて、貴族の領軍3万名と農民兵15万名が加わっている。


 その中には、馬型魔獣を千、熊型魔獣を千に狼型魔獣を5千揃えている。これらの魔獣は、もちろんそのままでは敵味方見境なく襲うので、魔道具で操り人形にしており、概ね100頭毎に使役する魔法使いを配置している。


 このように、サンダカン本国軍2万5千、イカルーク兵22万5千、さらに魔獣が7千であるので、地域大国であるキーカルク王国であっても簡単に打ち破れるという読みであった。


 とりわけサンダカン本国軍は装備も整っており、多数の魔法使いを配備して単独でも戦闘力で圧倒できるとされる。さらに、イカルーク軍については、高級将校など主だったものは魔道具によって操り人形にしており、下級将校及び一般兵は戦闘に移る際には、酒を配給してそのなかにある薬品を混ぜ込むことにしている。


 その薬剤を飲んだ者は、狂乱して死を恐れず戦うことになり、ある意味で最強の兵士になる。しかし、それは敵がいての話であって、このように敵と住民がまったくいない状態で延々と行軍するという想定はなかった。


 第一に、国境に全く守備兵が配備されていない時点で大きな違和感があった。しかし、「ふん、キーカルク王国のものめ!怖気づきやがって」カカイルの副官の言う言葉がそれに対する意見が代表的なものであって、どちらかというと『楽ができて良い』という意識であった。


 しかし、3日を過ぎても、騎馬兵と馬車が歩兵の進軍に合わせて進んだ王都キーシルへの道には敵は影も形もなく、野生動物はいても住民も家畜すら全くいない状態である。この状況にだんだん侵攻軍は慌て始めた。


 かれらは、無論一定の糧食は馬車に乗せて運んではおり、一見十分な量に見えるが20万を超える大軍の食料としては8日分程度である。基本的に先進的なジルコニア帝国軍は別として、大陸の国々の行軍中の食料は現地調達が原則であり、敵地では徴発であり、自国または味方の領内では十分な価格ではないが買い取りである。


 ところが、今回の場合の途中にある集落や街は、建物はそのまま整然と残されてはいるが食料は全く残されていない。現在は収穫の後であるため、農地にも食べられるものは全く残ってはいないし家畜もいない。


 幸いに、井戸は使えるし、途中には河もあるので水には困ることはないが、食料がなければ早晩この大軍はいき詰まる。カカイル少将が、偵察に出した飛行魔法兵の報告に困惑した。


 これは、彼らが100km先までの偵察を行った結果として、途中に町があったにもかかわらずやはり人影は全く見られなかったという知らせである。その夕刻、カカイル少将を含めた師団長が集められて会議が開かれた。


 魔道具に照らされた軍団の大テントの中には、軍団長キーガイ中将以下各師団から2名ずつに加えて軍団司令部要員からなる15人ほどのサンダカン帝国第3軍団の幹部が集まっている。司会の参謀長のカザムイ少将が、出席者を見渡して口火を切る。


「では、会議を始める。まず、キーガイ軍団長からお言葉を頂きたい」


「うむ、国境を越えてすでに3日、容易ならぬ事態になった。知っての通り、当初の目論見では国境あるいはその付近で、キーカルク王国の軍を散々に打ち破り、その勢いをもって彼らに屈服を迫るつもりであった。

 それが、キーカルク軍の影も形もないため戦いようがない。場合によっては、王都のキーシルまで進軍が必要である可能性もある。


 しかしながら、それまで彼らが今までのようにすべての住民とその家畜を移動させて、一切の食料を残さないということになれば、食料をすでに消費しているわが軍は到底彼らの王都までたどり着くことは不可能だ。

 この点はわが軍の巨大さと、キーカルク王国の広大さが仇になっていると言えよう。今後どうするか諸君の意見を聞きたい」


 軍団長の言葉に第1師団長のカージルが挙手して話し始める。

「大体、各師団で各方向に100km先まで、飛行魔法兵によって調査した結果では、まったく敵も住民も見当たらなかったという結果です。つまり、わが軍団の進攻速度では3日の範囲でまでは敵も食料もないことになります。

 また3日進めば、食料はあまり残らないことになります。長期間の準備の上で、これだけの軍団が侵攻した結果としては、極めて残念なことではありますが、ここは、イカルーク国内まで引き返すべきだと考えます」


「ばかな!なんという敗北主義だ、そんなことでこの大陸を平らげられるか!」

 第4師団長の50歳台のジルコム少将が叫ぶが、第2師団長の若手のカカイル少将が応じる。


「確かに、わが軍は強大である仮に敵が20万いても簡単に撃滅することができるでしょう。敵が向かってくればではありますが。とは言え、このキーカルク王国の広大さは20万の敵より手強い。

 カザムイ参謀長、飛行魔法兵によって空間収納に収めて食料をはこべませんか?」


 そのように言うカカイル少将は、頭が固く精神論の多いジルコムが嫌いだった。

「うむ、それは考えたが、25万の軍に必要な食料は大体1日に150トンだ。残念ながら空間収納魔法を使える人材は我が国にあっても極めてまれであり、わが軍には僅か25人のみだ。また、その内で飛行魔法も使えるものはわずか10人だ。


 また空間収納に収納できる重量は、平均では5トン足らずでとても150トンは運べん。魔法省のキリガク老師なら、200トンを収納できる空間魔法を使えるが、老師のような貴重な人材に単に荷物運びを頼めない。だから、空間魔法による運搬は無理だ。


 現実的な案として、国境から50㎞離れたイカルーク王国のキシダンに食料を含めた物資の集積場があるので馬車で運ぶことで、すでに念話で命じてその手配をしているところだ。しかし、それでも馬車の手配があって、10日分としても1千5百トンを国境まで運ぶのに5日を要する。

 結局、兵を飢えさせずに帰すには間もなく帰る必要があるということだ」


 カカイルの言葉にカザイム参謀長が応えたが、再度ジルコム少将が口を挟む。

「それでは、我々の食料を残してイカルーク兵を帰そう。そして、イカルーク兵の騎士団の馬を取り上げれば、わが軍のすべてが馬を使えることになる。そうすれば、キーシルまでは15日もあれば着くだろう。

 わが総計5千を超える魔法兵をもってすれば、キーシルを守っている兵など鎧袖一触だ」

 いつものジルコムに似合わないまともな意見だ。しばし、反論の言葉も出ずに沈黙が降りるが、参謀長がやがて口を開く。

「ふむ、確かに、我々2万5千の兵だったら食料はキーシルまでは足りるな。ただ、そこで敵を打ち破り食料を奪えなければ我々は飢えることになる。なかなか冒険ではあるが、我が5千名の魔法兵というのは大きいな。また250名の飛行魔法兵による爆撃は効果的ではあろうな」

 それに対して、カカイル少将が確認のために口を開く。


「つまり、イカルーク兵は食料なしに帰すのですな」


「うむ、無論だ。どのみちイカルーク兵などはたいして戦力にはならん。いくらかはたどり着けず餓死するだろうが、たかが3日の行程だ。ただ、国境に食料を運ぶのは、我々のためにもやっておいた方がよいだろうな。魔獣については、30日程度の間は食料など要らんし、十分に馬に着いてこれる」

 脳筋だと思っていたジルコムが、なかなか思慮深いところを見せて言う。


「ふむ、如何でしょうか?軍団長閣下」

 参謀長の問いに軍団長が応じる。


「なかなか面白い、参謀長の考えた魔法兵のみの進軍より確実だな。わが帝国の伝統からもこのまま帰るという選択肢はあり得ん。その点は、軍司令部から念話で命じられている。

 いまだ、ジルコニアほどの声価がないわが帝国は負けることは許されんのだ。まあ、5個師団、2万5千の全て騎馬であるわが直轄軍に加えて、7千の魔獣が居れば、キーカルク王国の迎撃があっても打ち破れることは間違いない。魔法兵が5千以上おるしな」


 軍団長がこのように言う限りもはや決定である。その夜の内に、イカルーク軍は馬が取り上げられ、食料も持たず自国に帰るように命じられた。無論、下級将校と一般兵は大いに抗議をしたが、主要幹部は操り人形にされている以上全く無駄であった。


 しかし、その解散位置は国境まで3日の行進で100kmほど入った地点であって、絶望的なほどの距離ではない。また、食料はなしとは言っても途中林などもあって、野草、小動物などを狩って殆どの兵がイカルーク王国にたどり着いた。


 一方で、馬で王都キーシルに向けて進発したサンダカン帝国軍は、すでにラママール王国からの兵器を受け取り、少数とはいってもその援軍をうけたキーカルク王国によって、なかなか厳しい状況に置かれた。

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