第82話 キーカルク王国にて4
ジラム・カ-ル・キムライ名誉将軍は話を続ける。
「わが国はこの大陸でも大国の一つに数えられ、人口も1千5百万人に達するが突出した産業がなくそれほど豊かとはいえない。常備兵たる国軍は約5万であり、さらに各貴族が総計すれば20万の兵力を持っていることになっている。
ただ、実際に国軍の内でも戦闘訓練を常時行っているレベルのものは1万5千が精々であり、残りは別に仕事を持っている兼任の兵であって、その戦闘力はお寒いものだ。
貴族の領兵はさらにひどく、4分の3は臨時に召集する農民兵であり、残りが国軍の兼任兵のレベルだ。武装については、最近では鉄砲が大きな武器になるということが言われているが、何しろ高価であり火薬の価格が高すぎて数を揃えられん。
それよりも、ラママール王国から伝わってきた魔法の処方による兵の身体強化による槍の投擲がより強力であると考えている。
また、ラママール王国の侵攻部隊が大きな損害を受けたのが、飛行魔法兵による爆弾と聞いているが、我々には聞いているような威力の爆弾が入手できない。だから、我が国の兵の武装としては皮の防具に、剣と盾それに投げ槍だが、国軍はそれなりに強力な兵力だと思っている。
だから、近隣周辺の国々ではましな方であって、それほど国防上の問題はないはずだが、サンダカン帝国が状況を変えてしまった。
かれらは、我が国の東方の諸国をすべて属国または内国化してしまった。しかも、調べた限りでは、それらの国民すべてをほぼ奴隷化して、食うや食わずの状態において搾り取っている。
その搾り取った資源と金を使って、軍備を整えるとともに、奴隷兵を多数そろえている他に、どうも魔獣を飼いならしているという報告もある。いまのところ判っている限りで、すでに完全に属国化されている隣国のイカルーク王国に、10万を越える兵力を集中しているようだ。
ごく最近であるが、すでに王室に対して、防衛条約を結ぼうという要求が来ておる。これは明らかに、一方的なもので、我が国は支配下に入る形になる。時系列からすれば、多分これはジルコニアでの出来事が原因だと思う。
つまり、人を操り人形にする魔道具が見つかったなどの工作が明らかになったことによって、事を急ごうとするのだろうということだ」
それに対して、ミーライ皇子が聞く。
「それで、王国としてはどう対処しようというのですか?また、ジルコニア帝国での騒ぎの件と、その忌まわしい魔道具の件をカリガイ王は御存じなのですか?」
それに対して、王大后が答える。
「むろん、その件は私がサーカル大使から聞いて耳に入れている。その結果として、以前はどちらかというと第1妃のカリーヌの影響も強く、サンダカン帝国よりの立場をとっていたが、さすがにこの話を聞いて態度を変えたようだ。
私とジルコニアの関係から、私の言うことが偽りとは考えられなかったということだ。まあ私も、この件を知ってなおかつサンダカン帝国寄りの態度を示すようであれば、王の排除に動くしかないと思ってはいたがの。王は、その後は忠実な数人の大臣を通じてその件を調べさせているはずだ」
その、余りに大胆なその言葉にキムライ将軍が少し慌てる。
「い、いや、王大后様、その言葉は余りに……」
「ふん。王の立場などより、多くの国民が寄って立つ王国の行く末がずっと重要だ。まして、その相手があのサンダカン帝国だ。少なくとも現状で知っている限りでも、あれらは征服した国の人民を奴隷状態において、どうやら主要なものは操り人形にしているのだろう。
また、魔獣云々の話は、多分ミーライ皇子からの報告のようにアスカーヌ共和国での魔獣化の技術を使ったものだと思われる。それらを聞くにつけ、いかなる手段を用いても彼らの膨張を止める必要がある。
幸いに、大陸で突出した国力を持つジルコニア帝国が、その危険性にすでに気づいておるし、ラママール王国も早くからそれに備えて来たという。だから、この帝国が大陸に覇を唱えることはもはやあるまい。
しかし、我がキーカルク王国はすでにその圧力の前に風前の灯であり、このままでは長期ではないにせよ、支配下に置かれてサンダカンの暴虐・圧政に苦しまなくてはならん。これを防ぐのは王国を司るもの達の責務だ」
王大后が厳しい目で皆を見渡して言うが、非常に冷徹に状況を捕らえている。その言葉に一同が王大后の顔を見て沈黙するが、それを破ってライが応じる。
「その通りです。ジルコニア帝国と我がラママール王国が手を握った以上、サンダカンが大陸を征服することはもはやできません。
私は、国の行動をお約束することができる立場ではありませんが、少なくとも国王陛下を始め国政を動かす人々に提言は出来ます。
それで、終わってはいないものの今回の調査の結果は、我が国も直接の介入が必要であると私は考えています。ただ、征服した国々を含めると、聊か相手の兵力が大きすぎます。
なにより、相手は人を操り人形にする技術を持っている上に、魔獣を人工的に生み出してそれを操る技術を持っている。
失礼ですが、20万いや30万の奴隷兵と数万の魔獣を、キーカルク王国が万全の体制で迎撃しても受け止めるのは無理でしょう。わが王国であるとすれば、ジルコニア帝国と共闘すれば迎撃はできるでしょうが、それなりの損害が出ます。
しかし、サンダカンのやろうとしている行動は、悪しき考えがはびこった国の悪しき行動なのです。彼らが大陸を征服したとすれば、少数の貴族が贅沢三昧する一方で、大多数の人々は奴隷になるのだろうと思います。
現に調べた限りでは、征服された国々はまさにそのような状態に置かれているようです。本来人間というのは、それなりの環境においてやれば、創意にあふれて自分でいろんなものを考え出して、便利で豊かに暮らせしていける存在なのです。
それを、奴隷に置くということは、その可能性を摘み取っているのです。少数の貴族は優秀な人々かも知れませんが、多数を残虐に扱ってそれに満足しているような者達では新たな発展は望めばせんし、なにより多様性がありません。
進歩・発展には違った見方と多様性が絶対的に必要なのです。
ミーライ皇子殿下はご存知ですが、現在のラママール王国はまだ豊かというまではいきませんが、急速に発展しつつあり、貴族も平民も将来に希望を持っています。そして、平民はジルコニア帝国の同じ立場の人々より、さらに豊かな生活をしていると言っていいと思います。
それは様々な食べ物が手に入り、便利なものに囲まれて、自分のものでないとしても、自動車や汽車が使えるので旅行も簡単にできる便利さも含んでのものです。
そして、貴族は財産と収入の面で、ジルコニア帝国の同じ立場の人以上に豊かとは言えません。ですが、便利なものに囲まれて、便利なものを使えるという点ではより良い生活をしているといえるでしょう。
これは、国が新たなものを生み出しながら、人々に教育を施して豊かにするような政策をした結果として、人々が自ら意欲を持って学び、働いてきた結果です。だから、同じ人口であれば奴隷が大部分の国より、はるかに国力が上であることは間違いありませんし、なにより子供を含めた人々ははるかに幸せです。
結局、サンダカン帝国の目指す国作りは極めて効率の悪いものであり、かつ人々を不幸にするものです。彼らが仮にその目指す帝国を作り上げた時、それは人間の本性に反するものですから、ある程度時間が経てば必ず内部の反乱で崩壊するでしょう。
そこで、また人々は苦しみを味わい不幸になります。
サンダカン帝国の人々のためにも彼らの膨張を止める必要があるのです」
ライの言葉を聞いて、暫く沈黙が再度落ちたがキムライ将軍が、強張った顔で口を開いた。
「うむ、サンダカンは必ず止める必要がある。またライ卿の言われるように、確かにサンダカンを相手にするなら、相手として数十万の軍勢を考えなければならん。
数万であれば、我が国の軍の相当な部分は集められるはずなので、何とかと思っていたのだが10万を超えるような、操られて命を惜しまなない兵を相手であると対抗は難しい。
一方で、ジルコニア帝国とラママール王国双方から助力を得られるとしても、多分、兵の派遣には時間がかかって、今予想される彼らの進攻に間に合わせることは無理だろう。だから、何とか我々自身で予想される侵略を跳ね返す必要があるのだが……」
これに対してライが説明する。
「今考えられるこちらに来る最も早い方法は、我が国が開発した汽船でウルワーに着岸して、そこから、ここ王都キーシルまでの約800㎞を陸路ということになります。
船は4日から5日でしょうが、陸路800kmは歩いていれば、20日は要するでしょうが、我々のトラックを使えば3日もあれば十分でしょう。
しかし、残念ながら使える汽船は多分5隻で、一隻当たりの積載重量は2千トンでトラックは大きさ的に50台が限界でしょうし、この場合兵は詰め込んでも5千が精々でしょう。だから、兵員は最小限にして兵器を運ぶべきであると思います。
とは言え、この移送に我が国の魔法飛行兵を加えることができれば、全体としての戦力は大いに上がります。
幸い、イカルーク国の国境からこのキーシルまで約1500㎞で、彼らは歩きでしょうから少なくとも40日はかかります。ですから、今から準備にかかれば、現状では大陸でもっとも優れた我が国の兵器によって、貴国の兵が武装することで、十分迎撃態勢は整えられます」
「な、なんと!貴国の船はあの危険な海をそんな短時間で越えられるのか?そしてそのトラックというものは、そのように大量にものを積めるのか?またラママール王国の兵器というものはそのように威力をあるものなのか?」
将軍は驚いて3つもの質問を返すと、ライは淡々と答える。
「ええ、我が国の商船は鉄製で、いままでの帆船に比べれば巨大ですから、2千トンもの荷物が詰めます。また、大型の荷物を積むことも想定していましたので、多くのトラックを積むことができます。
ですから、荒れることの多い海上でも問題なく航行が可能ですし、速度は帆船とは 比べものになりません。トラックは、少々道が悪くても3mの道幅があれば通ることが可能で、一日に300km程度は進めます。
確か、ウルワーからキーシルの間は、馬車が通れるそれなりの道があるということになっていますが?」
「うむ、幅は基本的に馬車がすれ違えるだけの幅があるし、確かにそれほど険しい場所はない。ただ、馬車に荷物を満載した程度だと大丈夫だが、あまりそのトラックというものが重いと橋が耐えられるかどうか心配はある」
「その点は、戦闘車両には魔法を使える工兵を乗せていますので、それなりの補強ができるので大丈夫でしょう。それと、たぶん1回の輸送では弾薬の量が十分ではないかもしれません。場合によっては数隻の船は2度航海の必要があるでしょう。
それから、兵器ですが小銃と大砲及び携帯式の爆弾になります。小銃は3万丁で一世代古いものですで、大砲は未だ最新のものですが、軽い迫撃砲という形式のもので口径は75mmですから比較的小さいのものになります。
これの数は1千以上になります。弾は手榴弾という名で呼んでおり、人が手で持って投げるまたは飛行魔法兵が上から落とすためのもので、これは数万を揃えるつもりです。これらの火器は火縄は使っておらず、小銃はジルコニア帝国の銃にも劣らない性能です。
これらを装備した3万人の兵で迎え打てば、敵が20万〜30万来ても適時漸減させていけば撃滅できるでしょう。この場合当然、王都キーシルに攻め上がってくる敵は随所で迎え打って数を減らすことは必要です」
「ううむ、ということは王都に至る道筋は敵に蹂躙されるわけだのう。痛ましい事じゃが国境で迎え打つわけにはいかんかのう」
将軍が顔をしかめるが王大后が断固として言う。
「キムライ将軍、いま聞いたように、国を滅ぼして民が奴隷になるか、国の東北部の民を避難させて、その地域を荒廃するのを受容するかだ。どちらを選ぶかは明らかじゃ。わらわと貴殿のあらゆる影響力を駆使して、何としても王を説得して急ぎ体制を整えなくてはならん。
しかし、これはその兵器と兵についてはいま言われたラママール王国の援助が必要であるし、戦後について荒廃した我が国の復興のためのジルコニア帝国の援助が必要だ。そのあたりはどうなのかな?」
そのように言って厳しい目で聞いてくる王大后に対して、まず先行して行動に移す必要のあるラママール王国の代表としてライが応える。
「はい、ラママール王国については、逐次念話で連絡は取っており、窓口になられている王太子殿下までには話が通っています。私も急きょ飛行魔法で帰国するつもりでおりますので、何としても説得するつもりです。私の場合には2日もあれば帰国できます。ただ、全面的に無償というのはまず無理であろうと思います」
次いで、ミーライ皇子が続ける。
「私も皇太子たる兄上とは逐次連絡は取っている。いまのところ有償・無償は定かではないが、帝国が何らかの援助をすることに問題はないと思っている」
「ふむ、しかし、金の問題ではない。まず生き延びることだ。その返事は待っておれん。両国の援助があるとして、われらも行動しよう」
王大后が言ってその場の結論になった。
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