第81話 キーカルク王国にて3

 ミーライ皇子の大叔母に当たるミシャーラ王大后は、翌朝早く大使館に現れた。先王の妃であった彼女は、大国であって最も有力な友好国であるジルコニア皇室の出身である。


 そのこともあって、キーカルク王国の政府と王室に隠然たる力を持っているため、その行動に掣肘を加える者はいない。ただ、彼女の生んだ子供は皆女性であったために、女性の王の伝統がない王国では現王は側妃の腹である。


 彼は、気弱な性格であることもあってはっきり物を言う彼女を苦手にしている。

 このため、必然的に彼女の発言力は弱くなっているが、老年に差し掛かったような政治家、役人、軍人は彼女に圧倒的な信頼を寄せている。


 呼ばれたライがアスラと共に案内された部屋に入った。そこには来賓応接室であり、目は輝いて若々しいが、白髪でしわも目立つ老婦人と、これも白髪で毛を短く切った目の鋭い老軍人が座っている。


 前者は明らかにジルコニア皇室出身のミシャーラ王大后であろう。もう一人は軍人と紹介されたわけでもなく、軍服を着ているわけでない地味な町服なのだが、その鋭い眼光と引き締まった表情とシャンと伸びた姿勢などどう見ても軍人だろう。


 果たして、同席していた大使から紹介されると、ジラム・カ-ル・キムライ名誉将軍という名で、元の国軍の総司令官であったそうだ。

「あなたが、ライ卿だね。この数年はたいそう御活躍だったようだけど、願わくば、あなたがこの国に出現すればねえ」


 王大后が軽く微笑んで言うのに、ミーライ皇子が続ける。

「まさに、ライ卿がわが帝国に生まれたら、状況は大きく変わっていただろうな」

「いや、いや。それではわがラママール王国とその周辺は貧しいままで取り残されます。ライ卿が我が王国に生まれたのは、神の大きなお知恵なのです」


 それに対して、アスラが珍しく微笑みながらも真剣な目で口を挟む。彼が、補佐の立場でこのように自分の本音を言うことはめったにないが、その言葉はまさに彼が反射的に言った言葉であった。


 彼はある下級貴族の妾腹であり、優秀であったために、父が資金を出して王立学園を卒業して騎士団に入ることができた。ただ、騎士として優秀であったが、剣士としての腕が第一の騎士団において、突出したものはないとみなされていた。


 その上、生まれがものをいう組織の中では正騎士にはなれたが、平凡な一員であった。それが、ライが持ち込んた魔法の処方によって、身体強化は無論、魔法において高い適性が認められたのだ。


 さらには、ライが軍の改革に深く係わることによって、軍人としての資質を組織人としての力と柔軟性、さらに戦略眼を重視するようになると、アスラはたちまちに頭角を現すようになってきた。


 また、王国の財政が大幅に改善された結果、軍人と官僚の給与体系が抜本的に見直されて大きく改善された。さらにアスラはその上に昇進が重なったので、下級貴族出身の細君のメイーラに大いに感謝された。


「あなたのお給料が上がって、本当に楽になったわ。子供たちにもちゃんとして教育ができるし」


 アスラは、これらが基本的には全てライによってもたらされたものであることは承知している。だから、ライのことはその子供の見かけにも関わらず尊敬して大いに評価している。


 このため、それなりの要職にあったのに、極めて危険なサンダカン帝国の調査隊の一員に選ばれ、またその隊長であるライのサブの立場につけられた点には全く不満はなかった。


 それよりも、ライという王国にとって至宝とも言える人材を、そのような危険な旅に出して良いのかと思いが強かった。しかし、出発前の何度ものブリーフィングで、ライ自身が語ったことから、ライが行くことの必要性は納得できたし、それを支える自分の立場の重要性をよく理解できた。


 そのアスラの言葉に対して、王大后が言葉を返す。

「ふーん。まあ、そうね。ラママール王国など5年前には聞いたことはあるけど、貧しいなにもない国だったわよね。

 それが、たちまちにして、夢のような数々の発明をしてそれを実用化して、その上に多分ジルコニアに劣らない、いえそれ以上の豊かな国になってしまった。


 自動車、汽車、汽船?全てが、今までの馬車や帆船が想像もできない速さで移動できるそうね。それができたということは、この大陸の大きさが今までの1/3、1/5、1/10?の大きさに縮まったと同等のことよ。そういう国は当然周辺諸国から嫉妬されます。また征服されると恐れもするでしょう。


 事実周辺4か国がいま言ったような成果を奪うべく侵略しようとしたね。でもその連合軍を軽々と退けたようだから、やはりその技術は軍事にも応用が利く物のようだね。ジルコニア帝国皇室も同様にその技術、秘訣を手に入れようとしたのは当然よ。

 でもそのために軍事力を使わずに、皇室との婚姻を進めようとしたか、さすがに利口なやり方だったよね。


 ラママール王国の今言ったような交通機関が出現する前は、事実上我がキーカルク王国がラママール王国と接触する機会はないに等しかった。馬車による3ヶ月の旅か船による危険に満ちた1ヶ月の旅、そうして迄接触する必要がなかった。

 でも今後は違うわね。その汽船というもので、我が国の港ウルウーへ多分5日位、もし鉄道というものが繋がったら2日以内でだろう。


 ということは大陸中の国々が繋がって交流する可能性がある。確かに、ラママール王国はこの大陸を変えたと言えるわな。それをもたらしたのが、この少年に見えるライ卿といえる訳だ。

 アスラと言ったな。お前と言うより、ラママール王国は何を考えて、そのように貴重な人材をこのような危険な旅に送り出したかの?」


「ええ、私自身ライ卿がこの旅の指揮を取ると聞いた時の考えも、王大后様のおっしゃる通りでした。しかし、これはご自身で語って頂いた方が良いと思いますが、やむを得ない選択であったようなのです」


 アスラが応えるが、王大后はさらに聞く。

「うむ、それは御本人に聞きましょう。でも、折角だから貴君には、ライ卿が出現以来のラママール王国がどのように変わっていったか王国の一員として語って欲しい」


「え、ライ卿の出現ですか。いやそれはライ卿のやられたことがどのように影響して、私たちの生活が変わっていったかですね。そうですね、私が最初にライ卿の名前を聞いたのは、私が王国第2騎士団の平騎士だった時です」

 アスラは思い出すように宙を見ながら言葉を続ける。


「その時、わがラママール王国には隣国サザルカンド王国の侵略が迫っていました。そこで、わが騎士団に魔法の処方を行うとして、ライ卿が 我々の前に姿を現したのです。その当時彼はまだ9歳で小さい少年でしたから、我々は「ライ君」と呼んでいました。

 私はもともと魔力の強い方で、ある程度の身体強化はできましたが、今にしてそれは思えば極めて不器用で効率の悪いものでした。まあ、何もできないより少し増しという程度です。しかし、『ライ君』によって施された処方とそれに伴う指導によって私の人生は文字通り変わりました」


 アスラはその時の感動を思い出してさらに遠い目になる。『処方』によって自覚した魔力と、それを巡らし活用した時の、体中に大きな自分を動かすような感じ、さらには風魔法、火魔法、水魔法が使えるようになり、加えて飛行魔法は使えるようになり、大空を自由に飛び回る時の感動。


 そして、ライの指導で極めて使い手が少ない空間魔法が使えるようになった時の喜び。ただ、空間収納はそれなりの容量を得ることができているが、瞬間移動は残念ながら10m以内という制限がある。そのようなことを思いながら彼は話を続ける。


「私は、身体強化は無論、魔法もそれなりに使えるようになり、自分は参加してサダルカンド王国の侵攻に対しても、十分に働いてそれほど苦労なしに退けることができました」

 アスラが言うと老女は更に聞く。


「サダルカンドの侵攻は只追い返しただけかい。逆侵攻という話はでなかったのかな?」

「いえ、そのような話は無いではなかったですが、そんなことに時間を取られるより、国を豊かにすることが先だ、ということでした」


 アスラの答えに王大后と他の人々が、なるほどというように頷くのを見てアスラは続ける。

「私自身は、その後魔法の能力と、指揮官としての能力を認められてそれなりに軍人のキャリアを積んできました。また、そうした中で王国は、第1次5ヵ年経済開発計画の中でどんどん変わっていきました。

 それは、まさにとんでもないもので、その間には、農地の生産高が同じ面積で2倍以上になり、更にはいろんな聞いたこともない作物ができるようになって、そしてそれらは私達にも買えるようになりました。


 さらには製鉄所ができて鉄がどんどん安くなっていき、それを使った様々な製品が安くなっていきました。それと並行して、ガラス製品・焼き物も出回り手に届く値段で、どんどん生活が便利になっていきました。

 それだけでなく、おんぼろだった平民の家がどんどん改装や新しくなって、町並みは立派になっていきました。それと同時に、殆どの人の働き口ができて、それなりの収入ができて、人々はいつの間にかこざっぱりした服装で歩くようになりました。


 そして、鉄道や自動車ですね。人と物の動きが早く安くなっていきました。今では普通の平民が、鉄道や乗り合い自動車を使って楽しみのために旅行をするようになりました。

 そして、そうした世界は今のところラママール王国のみですが、ライ卿は10年もすれば大陸全体に広がると言っています。しかし、その実現のためにどうしても排除する必要があるのはサンダカン帝国なのです」


「うむ、そうだの。いまアスラ殿が言ったようにわが王国もなりたいものだ。そしてそのためには、サンダカン帝国をなんとか跳ねのけないとそれはできない」

 キムライ名誉将軍がここで口を挟むのに、ライが反問する。


「では、すでにキーカルク王国でも?」


「うむ。ジルコニアの、サンダカン帝国に関する知らせで儂も同志と図って調べたが、我が王国には相当にサンダカン帝国の手が入っており事態は深刻じゃ。

 王室でも、恐れ多いことだがカリガイ王御自身が優柔不断な方であり、第1妃のカリーヌ様が完全にサンダカン寄りになっている。


 これは、御出身のヤタガライ公爵家の母上が、サンダカンの公爵家出身だからのう。ヤタガライ家は多分サンダカンの援助があるのだろう、その財力で多くの貴族家をその支配下に置いておる。その結果、カリーヌ様のお子が王太子、そして第3王子と第2王女で実質的に王室を支配しておる。


 さらに問題は、国軍の司令官がヤタガライ家の長男であることで、いくらサンダカンの危険性を説いても聞く耳をもっていない。実際に、隣国のイカルーク王国やキキラス王国の報告のサンダカンの振る舞いを握り潰していることは明らかだ」


 苦り切った名誉将軍の言葉にミーライ皇子が呆れて言う。

「それは、もう詰んでいないですか?」

「ううむ、そこまで言うか。あのミーライ坊やが!」

 

 王大后が、顔をしかめて言い返すのに、皇子は顔をしかめて言う。

「坊やはないでしょう!」

 それから、ため息をついてさらに続ける。


「まあ、言い過ぎではありますが、これからどう挽回するかですね。将軍、なにか考えはあるのでしょう?そのように言うということは」

「むろん、私とて伊達に年はとっておらん」

 名誉将軍はニヤリと笑って言う。

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