第80話 キーカルク王国にて2

 一行は、大使館の来賓食堂と大食堂に分かれて夕食を振舞われ、その後本館の来賓室と宿泊棟に分かれて宿泊した。在キーカルクのジルコニア大使館は、さすがに大国だけのことはあって、30名程度の宿泊はできるように宿舎棟が準備しているのだ。


 その夕食の際には、大使から話のあったジラソム元将軍が同席している。将軍は40歳代の後半で、白髪交じりの鋭い顔つきであるが、さすがに戦略家というだけのことはあって、その眼は知性に輝き、細身ながら鍛えた体つきである。


 ジラソムは平民の出身であり、その実力で身分制度が厳格なイカルーク王国で将軍までのし上がった男だ。彼にとっては、自分が散々警告して最大限の努力にも係わらず、腐敗した貴族のよってすでにサンダカン帝国の属国と化しているイカルーク王国から抜け出すのは既定の路線であった。


 結局、大陸の雄ジルコニア帝国が、ラママール王国と結びサンダカン帝国への共同戦線を張るという話に賭けて、ジルコニア大使館に頼ったわけである。その意味でその皇子殿下が来る、さらには知るものは知っているラママール王国のライ卿が来るということを聞いてどうしても両者に接触したかった。


 よもやま話の後にようやくチャンスを捕らえて、ジラソムは口を開く。

「ライ卿、卿は早くからサンダカン帝国の危険性を唱えておられたと聞いております。私の母国のイカルーク王国は、もはやその属国と言っても差し支えないところにきております。

 その結果、民は塗炭の苦しみであえいでおりますが、完全にサンダカン帝国の支配下に置かれた時にはさらに事態は悪化して実際に奴隷と化すでしょう。私は何とかその状況を変えようと思っているのですが、ライ卿そしてラママール王国ではそうしたサンダカン帝国の侵略に対しては、いかが考えられているのでしょうか?」


「なるほど、やはりイカルーク王国ではそのようなことになっているのですね。判りました。私の話をさせて頂きましょう」


 ライはジラソムに向き直って話し始める。

「この件について私は別段隠してはおりませんし、すでに皇子殿下にはお話ししています。私は、実はサンダカン帝国によって殺された自分が、それが起きる前の若年の自分に生まれ変わったものです。


 生まれ変わった自分はまだ年若かったために、サンダカン帝国の危険性を知っていても何もできません。だから、それを哀れんだ神様が、私に大きな魔力を授けると同時に、うんと技術の進んだ違う世界の人の知識も私の中に加えて頂きました。

 その中には大変進んだ魔法の使い方も入っていました。だからこそ、このように年若い私がその知識と魔法の能力を使って、ラママール王国の発展を短期間に促すことができたのです」


 席にいるジルコニア帝国の者は大体の話を聞いているので、それほどの内容には驚きはなかったが、そのように率直に言うことに驚いていた。しかし、ジラソムには驚きの内容であり、またそのようにライが言う理由についてはいぶかしく思っていた。


 しかし、ライとしては本当の意味で“この世で”初めて実質的に、サンダカン帝国と組織の一員として戦って苦しんだ人に会ったのだ。彼は、大きな能力と進んだ知識を授けられはしたが、一人では何もできないことは承知していた。


 だから、廻りの人々を動かしてラママール王国の変革を引き起こした。更には、大陸最大の国力を持つジルコニア帝国も味方につけ、もはやサンダカンが大陸を席巻する将来はないと分析していた。


 しかし、すでに一定の地歩を築いているこの悪の(彼の定義では)帝国を滅ぼすには、実際にその悪辣さと危険性を知っている国々、人々を味方につける必要がある。

 その意味でも、少し話しただけでもにその有能さが感じ取れる、ジラソム元将軍のような人材は貴重である。


 だから、彼にサンダカンの危険性とその戦略を知ってもらうことは重要であり、さらに自分たちの戦略の輪郭を掴んでもらって、そのモチベーションを高めることは重要である。


 ライは、彼が知っていた時間線における、彼の知る限りのサンダカン帝国のやり口、及び今の時間帯での想定される変更点を説明した上で話を続ける。


「そのように、放置はできないサンダカン帝国ですが、もはや事態は我々に有利なように大きく変わっています。まず、私が関わって大きく変革したラママール王国の事があります。

 その結果、我が王国の国民は今では一定の年齢以上では全て魔法の処方を受けており、多くの魔法使いが生まれています。さらには、その経済力は大きく伸びて、嘗ては大陸の最貧国であったものが、1人当たりの豊かさはすでにジルコニア帝国をも凌いでいると考えています。


 それは、新しい技術と考え方に支えられているものであり、その一つは魔法の処方に基づくものでもあります。そして、ラママール王国での変革において非常に重要な点は、そのほぼあらゆる要素は他国にへも移植できるということです。

 実際に我が国は、ジルコニア帝国に対して大規模に人材を派遣してその変革を手助けして、豊かで強いその国をさらに豊かに強くしようとしています。加えて、近隣のそれも我が国に進攻しようとした国々へも、同じことをしようとしています」


「な、なるほど、しかし、ラママール王国では人々が非常に豊かになったことは有名です。さらに、自動車とか鉄道さらには機械で動く舟とか、従来では考えられな様々なものが実用化されていることも伝わってきています。

 さらには、人々の全てが身体強化を含めれば魔法を使えるということです。そういうものを、他の国へも教えるこということですか?」


「ええ、教えます」

「しかし、自国で独占すれば、それこそこの大陸を征服することも可能でしょう?」


「ええ、そうかも知れませんね。でも、大陸を征服するということは多くの血が流れます。さらにはその征服戦争のために膨大な金というか資源そして人材を貼り付けます。そして結局それは、被征服国から収奪することになります。

 多くの知己を殺されて、さらに持っている者を大部分収奪された人々は征服者を深く恨むでしょうね。そして、その征服者たる我々と征服される人々の差は結局「知識」です。


 そして、征服者はその被支配者たちをより効率よく収奪するためには、その知識を分け与えてその生産の効率を高めることになり、そうするとその知識と力の差は縮まります。そして、いずれは革命が起きて彼我が逆転することになるでしょう。

 つまり、そのように征服王朝を作るということは子孫に不幸の種を植え付けることになります」


「うん、そうだね。我がジルコニア帝国もそういう考えで、周辺の国を征服するなど考えずに自分たちが豊かに幸福になることを追及している。ただ、簡単に自分たちの開発した技術などは他国には出さないがね。

 ライ君がはっきり言っているのは、わが帝国にほぼあらゆる技術を開示するのは、いまのところ自分たちより国力の高いわが帝国の嫉妬というか焦りを招かないためということだ」

 ライの言葉にミーラ皇子がいたずらっぽく笑って口を挟む。


「そうですよ。いずれにせよ、我が王国は自分たちの農業、製鉄や、鉄道、自動車、汽船などの技術は解放します。でもそれは当然一定の対価を伴ってのことですが、当面はその対価は低く抑えることにしています。

 ちなみに魔法の処方については、特に制限はしていないので、ジラソム将軍も部下の訓練に生かせたかと思いますが?」


「ええ、魔法の処方についてはすでに伝わっており、軍には真っ先に処方を行いました。しかし、それも貴族に限るべきだというバカな意見もありましたが、押し切ったのは一つの思い出です。

 しかし、そのように開示していくと、例えばジルコニア帝国のような進んだ国がますます豊かになって、征服されないとしても国力においては負けてしまうと思いますが、どうなのでしょうか?」


「私達にはすでに5年程の『先行者利益』というものがありますのと、何と言っても小さい国という利点があります。だから、国力と言う面でジルコニア帝国に勝てるとは思っていませんが、すでに変革の最終段階にあるという地の利で、一人当たりの豊かさと便利さという意味では勝ることできると思います。


 また、私はこの大陸における生活は10年、20年後には全く今と変わった状態になると思っています。大陸中に鉄道網が張りめぐらされ、例えばラママール王国のラマラからこのキーシルへも一日で着きますし、大陸中どこに行くとしても鉄道があれば2日で移動できます。


 また、時間50㎞以上で走る自動車が普通に走るようになるので、人々の数十㎞の距離の移動も数時間で可能になります。また、大陸の周囲は汽船の定期航路ができますから、大量の荷物が安く運べるようになります。

 農作物も穀物が面積当たりの収量が大きく増えるし、様々な野菜や果物、さらには肉類や乳製品もそれほど人手をかけずに作れれるようになり。安く誰でも買えるようになります。


だから、現在では貴族も取れないような食事を普通の平民が取れるようになるし、それらの人々は遊びのために旅行もするようになるでしょう。現在、ラママール王国で広まっている技術と考え方はそのような世界をつくることのできるものなのです。

 このようなものを、大陸にもたらした我が王国を人々は将来どのように思うでしょうか?」


「う、うーん、ライ卿の言う世界が私にはイメージできないが、たしかにそう言う世界が実現して、それがラママール王国からもたらされたこのなら、人々は感謝するだろうし、諸国は一目おくだろうね」


「そう、それこそが狙いなのですよ。それによって、人々、国々には尊敬され、一目置かれ、さらに自国を守れる程度の防衛は保持しつつ国民が豊かに暮らせる国です」 

 ライはそのように言って表情を改めて続ける。


「それで、サンダカン帝国に対してです。先ほどからお話しした経緯から、すでにこの帝国が今後膨張するのは無理でしょう。私はそう判断しています」

 ライはそう言ってミーライ皇子を見ると彼も首を縦に振って言う。


「うん、もう無理だな。サンダカンのやり口がほぼ判った今では、我が帝国単独でもかの国を亡ぼすことはできる。それに25万の連合軍を跳ね返したラママール王国も加わるとなると、それほど難事ではない。

 しかし、距離が遠いのが問題ではあるが。それと、被征服民のことは一切考えていないやり口から、戦争になった場合の始末は後味の悪いものになるだろうな。とは言え、かの国とその国民をどうするかだ」


 そこにサーカル大使が口を挟む。

「戦いになると、かの国は多分奴隷化した兵を盾に使ってくるでしょうが、それでも我が帝国とラママール王国が兵を動員すれば打ち破れるでしょう。しかし、その戦争は極めて血なまぐさいものになるでしょうな。

 ちなみに、ラママール王国は戦後にはサンダカンに征服された国々をどうするつもりですか?」


「これは国王陛下とも話をしていますが、いずれにせよ、サンダカン帝国からは解放するつもりですが属国化などは考えていません。基本的には、その国民だった方々が自力にどうにかしてもらいたいと考えていますが、基本的にはジルコニア帝国にお任せしたい」


 ライが答えると、大使は続ける。

「その場合、解放された人々はサンダカン人の血を求めるでしょうな。多分、サンダカン人の皆殺しか断種か、これは歴史にない訳ではない。あまり考えたくはないことだが」


 今度はミーライ皇子が言う。

「帝国は、基本的にはこれらの国々について一時的にやむを得ない属国化はあっても内国化はない。この地域が混乱して欲しくはないので、出来るだけ穏やかに済ませたい。大使が言ったような血なまぐさい結末はどうあっても避けたいものだ」


「そうです。皆殺しや断種はできないでしょう。だから、できるだけ犠牲の少ない方法を考える必要があります。その点は、キーカルク王国側の話を聞いてからですね」 

 ライがそう言ってその晩の話は終わったのだ。


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