第四章 夢幻の仔③
最後の一人になった吸血鬼は地面にうつぶせになった仲間二名を見捨ててその場を離脱する。多対一でも応戦しきれなかった今、一対一など勝てるわけがないという判断からだった。だが少女の攻撃が「近距離専門」の戦い方だったのは収穫であった。
吸血鬼は彼女との距離を取りながら、内心安心と復讐に燃えていた。
「見ていろ今度は」
次の闘争をどう行うか、そのことばかりに気が入ってしまったことが悪かった。吸血鬼が感じた何かを燃やした臭い。その臭いを感じた直後彼の足が極度に脱力する。それだけでなく眩暈と嘔気、倦怠感まで彼を襲う。吸血鬼化すればある程度の毒性などの状態異常は自然治癒しやすくなるのだが、百年を超える年月をもってしても、吸血鬼の中に取り込まれた毒性は強力で強烈だった。
「魔術士の持ち山に入って苦もなく帰れる訳ないじゃない」
少女の声が後ろから聞こえる。吸血鬼に再びの恐怖が芽生える。
「この山一帯にはあんたみたいな奴を懲らしめるための罠を無数に張ってる。もちろん一般の人には発動しないよう設定されてるけどね」
「な、んだ、こ」
「夾竹桃。聞いたことない?」
夾竹桃(きょうちくとう)。日本では優れた園芸植物として庭園樹や街路樹にも採用されているのだがこの植物が持つ毒性は極めて強く、花、葉、枝、根、果実のみならず夾竹桃が植わっている地面にすらその毒性が付与される。さらにその毒性は夾竹桃を燃やした際にも発生する。
「開花時期は日本だと6月から9月。花の色は白と桃色で夾竹桃のトウの字は桃から来ているそうよ。可愛い花は咲かすんだけど、とにかく毒性が強い。今あんたの体調を悪くしているのはその夾竹桃の燃えた臭い。多少魔術で毒性を強くしてるけど吸血鬼の肉体と治癒能力をもってしてもこうして足止め出来てるんだからすさまじいわよね」
少女は腰に差した徒花を再度抜き、吸血鬼の背中に打ち込む。
「もちろん吸血鬼にどれだけ強化させた毒性の強い植物を用いようが所詮毒。数分もすれば毒に対する抵抗組織を作り出してすぐにでも立ち上がる。お腹いっぱい夾竹桃食べさせたって復活しそうだし」
だがそれは「数分間何もしないで安静にしていれば」の話。
「私が数分の間、何もしないで黙って見てるほどお人良しじゃないことは、分かるわよね?」
意識の混濁と深い闇に落ちていく感覚を味わいながら、最後の吸血鬼が完全沈黙した。
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