第四章 夢幻の仔②

「私に用ってことは、私の命でも狙いに来た?」


 遡ること30分前。己の命を狙ってきた賊に対して、仲の良くない知人に遊びに誘われた時のような表情で語る少女は漆黒のコートに覆われ、腰には刀身約60センチの短剣が見えた。


「これから出かけるから、来るなら手早くね」


 少女が腰の短剣を抜くと、吸血鬼たちは二重の意味で驚いた。日本には儀礼用の剣として飾太刀(かざりだち)という刀が存在するが、彼女の持つそれは完全に刃が存在していなかった。経年劣化による刃こぼれというわけではない。ただただその刀には刃がないのだ。


「舐めるなよ小娘が!!」


 吸血鬼の一人が恐怖よりもコケにされたことへの怒りで少女に飛びかかる。血液操作により生まれた疑似ドーピングからなる常人を超えた膂力。どれだけ異質な力を持っていようが発動させなければ意味はない。仲間の速攻が少女の喉元を捉えたと他二名も確信した。

 だが少女は喉元に攻撃が来ることを分かっていたかのように、短剣を盾に仲間の爪を弾いた。さらに初撃がいなされのけぞる態勢になった吸血鬼の隙を、少女は見逃さなかった。今度は自分だと言わんばかりによどみない動きで短剣での連撃を加える。


「馬鹿が! 俺たちが何人いるか分かってるのか!」


 仲間の吸血鬼が加勢に入る。その時点でもう一人の吸血鬼は少女の背後を取っていた。二体の吸血鬼の同時挟撃。しかももう一人連撃を受けている仲間もいる。彼が少女の腕を掴みさえすれば少女の敗北は決定される。

 刹那。少女はその場で高く跳び上がり、吸血鬼たちの挟撃をかわした。強化された血の爪は鬼同士お互いの肌を切り合って両者に鮮血を噴出させる。



「クソ! 何してやがる! てめえで女を抑えとけよ!」


 仲間の激昂に初撃を担当した吸血鬼からの返事はない。それもそのはずで、仲間の一人は知らぬ間にうつぶせの状態で身動き一つせずにいた。


「無駄よ。そいつはもう起きない。夢見心地ってやつよ」


 仲間の代わりに返答したのは少女の方だった。刃のない短剣を肩に乗せ少女は語る。


「偽礼剣・徒花(ぎれいけん・あだばな)。この剣の名前よ」


 偽礼具(ぎれいぐ)。魔力がこもった武器の総称。剣、盾、銃と魔力のこもった武具や防具の種類は数多くあり、その特性は攻撃力、防御力の上昇と魔力特性の数だけ存在する。しかし彼女が握っている短剣は通常の特性とは異なるもの。


「どうせ私の魔力を感じ取ったんだから分かってると思うけど、私の体は阿頼耶識、要は人間の集合無意識の一番底につながってる。真理っていえばあんたたちにも分かるかしら?」


 真理。聞けばそれは魔術士どもが追い求める永遠のテーマ。人類の幸福、ヒトの至るべき目的(ゴール)、生命全体の悲願がそこにはあるとされる。術士の中には、この世の過去・現在・未来が真理の中に内包されているという。つまりあらゆる叡智が真理に詰まっているということ。


「魔導連に言われてここに来たなら知ってるでしょ? 真理につながってる私は、体から流れ出る魔力さえもその影響下にある。私の体は特別性だから影響ないけど、私以外は私の魔力に触れるだけで私の術式に引っかかる」


 思考する間に、仲間の一人が少女の後ろを取る。振り下ろされる鮮血の爪は数ミリで女の首を取れた。


「そして!」


 後ろに目でもついているのか、そう思わせる反射速度。女は俺に説明しながら後ろの仲間の爪を短剣で防ぎきる。


「この徒花は特別な剣で、打撃を加えた相手に所有者の魔力を流し込むの。こんなふうに!」


 少女は再び敵吸血鬼に徒花による連撃を加える。初めの吸血鬼もそうあったが、打撃から生まれるダメージはほとんどない。吸血鬼の肉体は永遠の命を手に入れた時点で、吸血鬼前よりも洗練された肉体に変貌する。強度もしなやかさも人間とは比較にならない。だが少女の攻撃の真意は別にある。


『自分の魔力を相手にあげるようなものよ。本来なら仲間同士の魔力循環(リサイクル)のために使われるのが主なんだけど』


 少女の説明を聞き終える前に吸血鬼は気づかされる。彼女の異名。彼女の術式。そして彼女の持つ偽礼具。

 少女の攻撃を受け続けた吸血鬼は途端に意識を失い、最初の吸血鬼と同じく地面に倒れ込んだ。


「私の魔術特性は夢。相手の意識を支配して強制的に夢を見せる。そして術式に刻み込まれた私の魔力は徒花によって夢を見せる前段階、意識の混濁を足掛かりにしやすくする」

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