第四章 夢幻の仔①
二〇〇六年 十一月三十日 木曜日
干菓子市。関東地方に属し高度経済成長を超え、科学技術の進歩とともに成長した発展途上の街。高層ビルが立ち並び始めている中で、豊富な自然を残したまま存在する美並山には古ぼけた館が存在し、その館には古くからある噂が流れていた。
古き洋館には魔女が住むと。
「は、はっ」
美並山を疾走するのは見た目が20代の年若い青年。彼はもう二人同年代と思しき仲間とともに噂の魔女が住む山に入った。正しく言えば潜入、もっと言えば噂の魔女を殲滅するために。
「く、くそ、なんで。なんでオレがこんな目に」
悪態を吐きながら青年は体内の血液を全身に巡らせ、ドーピング服用時に近い肉体強化を図り足の膂力を限界まで上げる。常人を超えた異能を持ち得るのは彼が常人ではなく、現代にまで生きる吸血鬼だからだ。彼以外のもう二人も吸血鬼で、三名の年齢は百を超えている。
彼らの目的、館の魔女の殲滅は国際魔導連合、通称魔導連によって依頼された任務で、少女の首には億という懸賞金がかけられていた。
早い者勝ち、もしくは分配。そこは獲った者が決めればいい。魔導連が伝えたのはそれだけ。しかも噂の魔女は魔術に触れて日も浅く、しかも10代の娘だと連合の担当者は言った。もちろん三人の鬼たちは二つ返事で依頼を受け、その足で三日と経たずに日本へと赴いた。三人で分配することなどせず、早い者勝ちで豪遊する。そのことしか頭になかった鬼たちは目標に相対して一瞬で理解させられた。
「……見たことねえ、あんな異質な魔力」
百年という時を生き、様々な戦いを潜り抜けた百戦錬磨の吸血鬼が声を震わせて独白する。三人が相対した少女が持つ魔力は一言で言えば「異質」だった。
魔力を感知する器官は目や鼻と様々で、三名の吸血鬼は一般的な目で魔力を探知する系統に当たった。か弱い少女といってもどんな手の内を持っているのか調べるために、吸血鬼たちは三人がそれぞれのタイミングで少女の魔力を見た。
それは言うなれば、闇よりも深い漆黒。
どこまで行っても底に届かない深海。
そして光さえも飲み込む穴だった。
彼らが目標に対して一切の侮りがなかったかと言われれば嘘になる。しかしそれは無理もないことで、相手は一人でしかも10代の少女。扱える術も精神操作の初級クラスの魔術しか扱えない魔術士に後れを取ることなどありえないと思ってしまう。対してこちらは百戦錬磨の吸血鬼が三人。どう考えても負ける方がどうかしている。
そんな少女の魔力を感知したのは一瞬。ただしその一瞬の間に吸血鬼たちは一生分の後悔をした。
来るんじゃなかったと、安易に依頼など引き受けるんじゃなかったと。
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