幕間二
深夜零時。天上の月がその光で闇夜を照らす中、干菓子市北部の高級住宅が立ち並ぶ区画で津雲上琉花はとある一軒家を睨んでいた。
一見何の変哲もない何処にでもある立派な二階建て。外壁は純白で新築のような雰囲気も感じられる。窓が一つもないのはデザイン性を重視してのことかと一般の者は思うかもしれない。
だがそれはただのカムフラージュ。裏側はとてもではないが一般人に語って聞かせられる内容ではなかった。
「波留」
『ああ、見えるわ』
念話。互いの意思を魔力の糸を介して話す手法。言葉を介する必要がないので便利そうに見えるが距離は五十メートルと定まっており、魔力濃度が濃いと通信断絶を起こしやすい。今となっては携帯電話なる高性能な機械が登場しているので、それを使えば良いのだがあれの欠点は片手が塞がることだ。戦闘中でも波留の声を聞くことがある場合、片手が塞がっている状態で戦闘に入るのは嬉しくない。
「建物(たてもん)の中は?」
『一階二階に異常はない。でもその家地下があるわ』
琉花の弟である波留も同じ魔術士であり、一度は家の言いなりになって真理なるものを目指した。魔術士という立場上、見たくもない凄惨な現場というものを何度も見て来たし、身内で殺し合ったりもした。
『……これは、キツイわ』
そんな波留の両目は彼の家で施された千里眼で大抵のモノは見える。それは遮蔽物もすり抜けて中のモノが見える優れもので、純白の二階建ての中も見えているということに他ならない。
『死人の怨念が渦巻いてる』
瞳から聞いてた市内を暴れ回ってる魔人。その根城は目の前の二階建てに定まっていた。後はこの家の持ち主を問い詰めれば問題は解決するが、襲撃を深夜まで待ったのには理由がある。
「襲撃のタイミングはこっちで合図するわ。波留は私が見える場所で待機しとき」
『ああ。戦闘が始まったら俺も目標の家に近付くから出来れば戦闘は長引かせて。それと姉さん。調べ物の件、終わってるで』
琉花は波留に今回の魔人とその周辺の情報を探らせていた。波留の眼は戦闘よりも補助や調べ物に向いている。日中の魔人捜索も波留のおかげでものの一時間で見つけていたし、余った時間は今回の事件の首謀者、魔人の情報収集に充てさせていた。
「で、結果は?」
『……魔導連や』
「魔導連? 連合の中に魔人を差し向けた奴がおるってことか?」
『そういうことやない』
波留は深い溜め息を吐いて答える。
『あの魔人が魔導連に雇われて瞳さんを暗殺しに来たんわその通りやけど、魔導連っていう組織の依頼で瞳さんを殺そうとしてる』
弟の言葉を姉は理解出来なかった。それもそのはずで瞳は今もなお籍を置いている組織に殺されかかっている状況にある。別段彼女自身が神秘の隠匿を無視したり、魔導連が定めている規則(ルール)に違反した訳でもない。
個人の魔術士が瞳を襲うように仕組んだのなら琉花もまだ理解出来た。魔導連という組織の中でも思想や思惑は魔術士の数だけ存在する。瞳を悪く思う術士が瞳の暗殺を目論むのも珍しくはない。だが魔導連全体で瞳を亡き者にしようとしているというのは理解出来なかった。
「瞳ちゃん、何かうちらに隠してるんかもしれんな。瞳ちゃんのことは調べた?」
『やから瞳さんと彼女の親父さん、夕草景と母親、アリサ・ナサニエルについても調べた。ただ母親は調べついたんやけど、父親が全くと言って良いほど情報がなくてな』
「痕跡もないんか?」
『そもそも夕草景なんて魔術士がおったかどうかも怪しいくらい情報がないんや。色々調べもんはしてきたつもりやけど、真っ白な情報なんて初めてやで』
琉花は思考を巡らせる。瞳からは、夕草景は同じ魔術士に殺されたと聞かされていた。そして今回の瞳殺害を依頼したのは魔導連という組織全体から。もし景の殺害も魔導連全体で行われたのだとするなら、そしてその理由が同じ魔術士にも秘密にしなければならないものであったとするなら。
「波留。うちらかなりヤバいことに首突っ込んでないか?」
『せめて瞳さんの父親が殺された原因を知れれば良かったんやけど、これが分からんとな』
何より、それほどの秘密が眠ったままで件の魔人と一戦交えるというのはあまりにもリスクが高過ぎた。最悪今回の一件に首を突っ込んだために、津雲上姉弟も命を狙われる羽目になる可能性がある。しかも今回刺客として差し向けられた魔人は人一倍殺しに長けた人材だ。今後命を狙われる場合は今回以上の曲者とやり合わなければならない。
「魔導連が今後の魔術士の未来のために仲間を排除するのは珍しくない。神秘の隠匿をせず、みだりに魔術の研究に邁進する魔術士(アホタレ)は特にな」
『瞳さんはそれには当たらんで姉さん』
「知っとるわ。そんなこと」
瞳は魔術を外で扱うような行為はしない。その事実は姉弟が一番理解しているし、そんなことをすれば、彼女は早々に魔導連に制裁を加えられている。
問題は何故今なのかということ。
「瞳ちゃんは私らに言ってないことがある。もしくは何か隠してる?」
『彼女の魔術そのものに関係するんかもしれんけど、瞳さんがそこまで傑物とは正直思えん。彼女のことは何度もこの眼で視てるし、魔術は相手を催眠状態にせん限りは発動のしようもない術や』
厳しい言い方だがこれは姉弟同じ見解だ。魔術士が最初期に習う催眠術。一般の世の中でも催眠術師という職まで存在するほどだ。表の世界でも認知度はあるし、出来なければ魔術士として大成はないと言っていい。今の瞳に扱える唯一の魔術が自身の肉体強化魔術と夢の魔術だけ。命を狙われるような存在とは言い難い。
『夢の魔術は嘘で、もっと別の何かがある、とか?』
「もしくは夢の魔術にはもっと奥底がある?」
姉弟揃って唸るが瞳は一人の魔術士である前に十六歳の少女だ。膂力はもちろん、魔術の素養も下から数えた方が早い位置にいる。魔導連もその点はよく理解しているはずだ。
「阿保らし。今ここで唸ったってしょうがないわ。波留とりあえず今は棚上げにするで」
『ええんか? 最悪また追いかけ回されることになるで?』
「その時は、悪いけどまた付き合ってもらうわ」
姉の言葉に弟は念話越しでも分かる心からの笑みで返す。
『貸し一、やで?』
波留は、自分には魔術士になる才覚がなかったから姉に全てを背負わせてしまったと思っている。言葉にこそしないが、琉花とともに生きていくことを決意してから、その気持ちを膨らませ続けていた。ゆえに姉のやりたいことを尊重し、一生ついていくことを心に決めている。
「姉弟に貸しなんてあらへんよ」
でもそんな愚弟の思いは姉にしっかりと見透かされており、そんな気遣いは不要だとも琉花は考えていた。それでも彼女が波留に言わないのは、言うだけ野暮だと分かっているからでもあった。
姉弟だからこそ口にはしない。だが思い合うことは出来る。琉花にとって波留は唯一の肉親で、愛しい弟で、かけがえのない存在。弟に不足がれば姉(わたし)が補えればそれでいい、と。
「でも、ありがとう」
『……どう、いたしまして』
感謝の言葉を告げ、琉花は踏み込む。自分たちの未来を脅かす敵の住処へと。
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