第二章 鬼と魔術士①
二〇〇六年 四月五日 水曜日 十時十五分
一限目の授業が終わり多くの生徒、職員が小休憩をとっている中、私、琉花はあらかじめトマスに使用許可を取った生徒会室で緊急の話し合いをしていた。内容は世間を騒がせている殺人鬼のこと。そしてその殺人鬼が神秘の隠匿すら無視した魔人だったことだ。
「頭の痛い話やね。まさか魔人絡みやなんて」
「しかも魔術の秘匿も一切せずに欲望のまま殺し回ってる」
「あの神父相手にも反撃したくらいやもんね。しかも狙いは瞳ちゃんと来た」
愛用にしている車椅子の右腕置きに肘を付き、難色を示しながら今後のことを考える私と琉花は真っ赤最大の悩みの種について議論する。
魔術士にとって、魔術の行使を世間の目に留まらせてはいけないというのが暗黙の掟だ。それを徹底させるために独自の組織を作り、管理維持している。
国際魔導連合会。通称『魔導連』は魔術士の繁栄と存続を目的としており、そのための教育機関『学園』まで作り上げた。本拠地はイギリスにあり、魔導連も図書館もイギリスにだけ存在し支部は存在しない。その理由はやはり神秘の隠匿のためだ。
魔導連が発足したのは千年以上前。魔術士はそれより以前に生きていたことになるのだが、魔導連発足者たちは早々に魔術という神秘にすら限界を迎える時が来ると悟っていた。人はいつの日か魔術を完全に手放し、魔術に代用出来る技術でもって世界を満たすと。事実人間は科学技術を発展させ、今もなお利便を追求した技術革新を進めている。
神秘の隠匿と魔術の存続そして魔術士そのものの繁栄。その全てを為すためには、同じ思想を持った魔術士たちが組織を作って協力する以外に道はなかった。発足者たちは組織作りを開始した。その上で若き魔術士たちの教育のために、魔術士の学び舎『学園』も設立したのだ。
魔術士という存在がこの現代においても生き永らえているのは、魔導連のおかげといっても過言ではないのだが、その裏では病的なほど神秘の蒐集と保存を行っている。
魔導連という組織が発足されて以来、組織加入者は魔術の拡散を防ぐため仲間同士の監視も徹底した。万が一無許可の魔術使用を確認した場合は対象に罰則、あるいはその場で処断する。さらにその魔術士が持っていた神秘と情報を全て回収する。
この「回収」というのが酷く厄介なのだ。
「瞳ちゃん。この魔人を見たんはいつのことなんかな?」
「二日前です。住処は取香さんが調べてくれて」
琉花の質問に私はあの夜に起こった交戦を丁寧に語る。
魔導連の神秘の隠匿に対する苛烈さは教会の思想と同じかそれ以上で、使用者はもちろん一度でも魔術の使用を見たり、聞いたりした一般人でも最悪排除の対象とする。基本は荒事にならないよう記憶の抽出をするのが一般的ではあるが、それが叶わない場合にのみ強硬策を講じる。
すでに少女たちの死体が六つも出来上がっている状態で、捜査機関が死体や殺害現場の調査を疎かにする訳がない。髪の毛一本でも調べ尽くし、万が一にも魔術という不可思議な力が働いていると気付かれれば。魔導連はそういった「かもしれない」に酷く敏感だ。そうなれば魔導連は極端な考え方として、事件が起こった街ごと「焼き尽くせ」という命令を下すこともある。
「チェルノブイリ原発事故。あれもどっかの馬鹿が魔術の実験中に凡ミスしてその隠ぺいのために放射能で満たしたらしいわ」
「教科書に載ってるレベルの大事件じゃないですか! 全く隠せてない!」
「普段ならしでかした馬鹿を抹殺する機関員を派遣して、神秘の回収というのがセオリーや。けどチェルノブイリの件は魔導連でも隠ぺいが難しかったらしい。で、面倒が広がる前に面倒全部まとめて原発事故扱いにしたそうや」
魔導連にとって大事なのは神秘の隠匿。一般社会の事件で覆い隠せるなら世は並べて事もなし。例えそのために何百、何千という人が不幸に塗れても必要な犠牲と切って捨てられるのだ。
以上から、私たちが懸念しているのは件の魔人もそうだが、比重で言うと魔導連の方に重きを置いている。たかだか魔術のためだけに街一つこの世界から消してしまうのだから厄介極まりない。
「しかも今回はあの神父まで首突っ込んでるんやろ? ほんま面倒臭いわ」
琉花の言う通り、敵対勢力でもあるトマスも教会に呼びかけて魔人討滅に動いている。あの神父に限ってないとは思うが、もし街中で三者が鉢合わせにでもなれば、それこそ一般人も巻き込んだ血みどろの闘争が起こりかねない。
「雨霧とかいう魔人の雇い主、その阿保が分かればこっちから脅しかけて依頼そのものをなかったことに出来るけど、瞳ちゃんってあの後神父から連絡とかは聞いてはります?」
「今のとこころは何も来ていません」
「私ら以外の魔術士がこの街に入れば確実にあの神父は瞳ちゃんに報せる。それがないってことは現状問題なし、ちゅうことやな」
「今は、という感じですけど」
「ほんまに適わんわ」
苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべながら琉花は今後の行動を確定していくために、今ある情報を整理する。
「協力要請という点では魔導連に一報入れるべきなんやろけど、私らの今の扱いが微妙なんよね。瞳ちゃんはご両親のこともあるから協力は仰げるけど、私らは多分無理や」
「やっぱり、難しいんですか」
「魔術士は筋金入りの血統主義+横との繋がりやからね。訳アリの私ら姉弟をよく思わん人らはぎょうさんおる。そんな私らと一緒におる瞳ちゃんもあまり良い目では見られへん。これじゃあ私ら立派な」
「止めてください琉花さん」
それ以上の琉花の自虐を私は完全に止める。私は間違いなく琉花と波留に救われている。例え自分自身だとしても二人を貶めるような発言は我慢ならない。
「それに私たちは運命共同体のはず。私のこれからを支えてくれる人たちがそんな弱気じゃこの先不安です」
私の言葉に驚いたのか、琉花は私を見つめるだけで微動だにしない。そんな中彼女の携帯がけたたましく振動する。相手は波留のようだ。
『姉さん、一本取られたな』
「は、波留! あんたどっかで見とんな!」
『事件現場と魔人が根城にしとった廃校、全部が一望出来る場所から偵察するように指示したんは姉さんやろ? そのついでに学校の方を見るのは事故や』
電話越しの波留が話す内容は、彼の持つ特殊な眼にある。
千里眼。千里先のモノを見る特殊な目の総称であり、透視とも呼ばれる。ただ遠方のものを見るだけなら望遠鏡と大差なのだが、この能力の真髄は『見通す』ことにある。
透視は裏返されたカードの模様を当てるといったように、本来は目にすることが出来ないはずの事象を視覚で捉える超感覚的知覚のことを指す。別名はクレヤボヤンスで、その際の意味は千里眼と透視の両方の意味が含まれる。
そして波留の持つ目は千里先を読み、透視も付与されている。ちなみに波留が千里眼を使うと、彼の目に微弱な魔力が走り、眼の色は黒から琥珀色に変わっていく。
『それより姉さん、瞳さんと代わってもらえる?』
赤面する琉花は悔しそうにしながら私に携帯を手渡す。私はそんな彼女を苦笑いで応える。
『瞳さん。一昨日の夜、魔人と出くわした廃校ですがもう警察が調べ終えてますね。二人ほど警官が見張ってますけど、立ち入り禁止のテープがかかってるだけで、それ以上の動きはないみたいですわ』
「一昨日のことだから調べ尽くして引き揚げちゃったんだと思う」
次に波留は廃校を起点した周辺エリアをその眼で捉えようとする。波留が見通せる距離は約五十キロ。本物の千里眼は五百キロに相当するので、十分の一の距離になっているが、それでも五十キロ圏内ならあらゆるモノを見通す。都内だと品川から蘇我までの距離なら波留の射程だ。
『となると廃校を起点に魔人の行動範囲を予測するしかないですね。正直魔導連の頼りは難しそうですし、教会は論外ですから』
「要は、余所もんの相手は私らだけでなんとかせなねってことや。他に任せたらそれこそ被害増えそうやし」
先の痴態を忘却の彼方に追いやるように、指を鳴らしながら琉花は無理やり元気に振舞う。
そんな姉のやる気に水を差すように、波留は溜め息とともに私に『姉さんと代わってくれますか』と告げる。
『姉さん、やる気出してくれるんはありがたいけど、魔人の居場所がわからんことには』
「虱潰し、上等や。今までの犯行現場って、どういうところやったん? もしかしたら現場の近くに別の根城があるかもしれんやん」
『そこからかいな』と波留は淡々と説明していく。
『最初は干菓子市北部の高級住宅街の中にある公園。ランニング中の男性が発見したそうや。距離は光聖高校からなら約六十キロってところか。そこは俺の眼でも見えんから実際に行ってみるしかないわ。そこからだんだんと中心地に向かって、一昨日の廃校までは繁華街の殺しが半分占めてる。ほとんど裏路地で死体をばら撒いてるみたいや』
「公園から繁華街の路地裏て、なんか一貫性ないなぁ」
「琉花さん、殺し方はみんな一緒ですよ。心臓一突き、頭は回収」
「それと腕と足はバラバラね。ほんま悪趣味やわ」
私の補足にも琉花はしっかりと相槌を打つ。何度かの波留との会話で姉弟の指針が出来たのか、通話を切ると今後の出方を教えてくれた。
「瞳ちゃん。波留と決めたんやけど、私らは最初の事件現場を調べてみるわ」
「北部ですか。でもあそこ金持ちしかいないエリアで、事件後も警察が入念にパトロールしてるそうですけど」
「やからこそや。その魔人が雇われて殺しをしてるなら今までの出資者からある程度金銭はもらってるやろ。住む場所も環境もそれなりに融通してもらっててもおかしない。例の廃校も相当質の高い暗膜使ってたって言うし、それなりに金遣いの荒い生活してるかもしれん。最初の殺しに高級住宅街近くの公園を選んだのは何か意味があると思う」
それにな、と琉花は続ける。
「住宅街方向から、波留が気味の悪いもん感じる言うてた。千里眼は便利やね。魔力から紐付けされた気配まで読み取れるんやから」
琉花の発言に私は一気に緊張感を高める。波留の千里眼は千里先を見抜き、透視も可能にするが、魔力の流れも千里先からでも視認出来る。
つまり琉花の報告は現状の情報開示ではなく、敵の排除を目的とした事前連絡だった。
「もちろん距離があり過ぎるからしっかりと視られんかったけど、波留にはそれ以上視るな言うといた。あの子の眼は見抜き過ぎるから、見られてる方も勘付かれるんよ。万が一お目当ての魔人なら逃げられてまう。便利過ぎるんも難儀やね」
「ちょっと待って琉花さん。今から外出たらトマスに怪しまれる。行くなら私も一緒に」
「大丈夫。この前見せた護符と意識逸らしがあるから、先生も生徒も気付きもしませんよって。ただここからその住宅街まで結構距離あるから、あの神父が何かちょっかいかけそうなら瞳ちゃん足止めお願いしても良い?」
「そういうことじゃなくて」
「運命共同体、やろ?」
先の言葉を返すように、琉花は当然のように答える。
「大切な仲間が困ってるんや。助けるのが道理ちゃいます?」
琉花は私の目前まで近寄り、そっと抱き寄せる。
「瞳ちゃん。私らと初めて会った時のこと覚えてる?」
温かな熱がじんわりと伝わっていくのが分かる。私は琉花の質問にただ静かに頷く。
「驚いたもんよ。瞳ちゃんの魔術士になった理由。私らみたいに真理に到達するための道具じゃなく、本当の娘として愛してくれた親御さんがいたこと、そのご両親を亡くして、敵討ちのためだけにたった一人で魔術士になる道を選んだ。それがどれだけ辛い選択だったか私には想像もつかん」
魔術士としての夕草瞳には大きな欠陥がある。真理に辿り着くためではなく自分の両親を手にかけた何者かに復讐するため彼女は魔術を学んだ。
琉花にとって、自分よりも年下の少女が純粋な気持ちのまま、家族を思って魔導の道を選んだことが何より衝撃だったのだ。
「でもこれからは違う。あの時に互いの腸(はらわた)を見せ合って今まで来たんや。これからももっと私ら姉弟を頼ってほしい」
「……琉花さん」
「それとも私らは頼んない?」
「そ、そんな! 私いつも二人に頼りきりで。むしろ私の方が足引っ張りで!」
慌てる私を見て、琉花は大きく笑う。
「分かってるって皆まで言いなさんな。私らの平穏を乱す阿保がおるなら、ここから追い出すか、やっつければいい。いつものことや」
生徒会室を出るまで琉花はいつもの明るい表情を崩すことなく、手慣れた手つきで車椅子を使って部屋を出て行った。
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