逆落とし/転生義経は静かに暮らしたい
田井ノエル/角川文庫 キャラクター文芸
逆落とし
険しい斜面を、三頭の馬が駆けおりてゆく。
斜面と言っても、ほとんど真っ逆さまで、崖と相違ない。否、崖である。案内の者
「鹿が通れるならば、馬が通れぬ道理はないだろうよ」
そう笑ってのけたのは、若武者であった。
大鎧をまとい、騎乗している。視線は
愉しんでいる。と、
これから成そうとすることが、愉しみで仕方がない。そういう感情が全身からあふれ出てしまっていた。
「ほら見ろ。おりたぞ!」
落とした馬が、崖を見事に駆けおりたのを確認して、九郎義経は指さした。傍らに控える従者、
「もっと
義経はこの合戦において、
平家を討つ策を講じる際に、義経は迷いなく「ここを下って奇襲をかける」と宣言した。が、兵たちは崖の険しさに恐れをなして動こうとしなかったのだ。
なぜだ。平家の背後に
下では、大手軍を率いる兄の
恐れをなして動かぬ兵たちを納得させるため、弁慶が馬を崖から落とすことを提案したのだ。馬が無事におりれば、奇襲を敢行する。
結果、見事に無人の馬が下まで駆けおりた。乗り手が注意して下れば、馬は傷つくまい。
だのに、まだ兵どもは
「悦んでおりますとも。ただこの武蔵坊、あなたの策に驚嘆しているのです」
「それは嬉しいが、評価は成功させてからにしてくれないか。お前には、一番の働きを期待しているよ」
「無論ですとも」
弁慶とは元服前、
決断が早く、実に気持ちのいい男だ。同時に、九郎が思いつきで事を成そうとすると、周囲が納得できるよう、調整するのも彼の役目だった。猪突猛進に見えて、馬鹿ではない。そういうところが大変好ましい。
「では
叫ぶ口元は笑っていた。
胸が高揚してやまぬ。
義経は強く自覚しながら、愛馬である
あまりの無謀に、手綱を控える者もいよう。視界の端で、馬を人が背負って降りる者の姿があったが、あれは
が、義経は先頭を駆けた。あとに続く者の気配も感じる。軍馬の
下までは、あっと叫ぶ間であったろう。なにごとかを考える
だのに、義経の脳裏には、ある日の情景が浮かんでいる。
兄は義経を迎えてくれた。涙を浮かべながら、肩を抱いて。
義経も喜んだ。母親が違うとはいえ、やっと会えた兄弟である。物心ついたときより家族のいなかった義経にとって、なによりも求めた肉親だった。
無論、頼朝の打算も心得ている。
兄が義経を迎えたのは、
同時に、その援助を受けられぬと知ったころから、兄弟の隙間も感じはじめていた。
もはや、源氏の血筋と奥州の繋がりだけでは、義経は頼朝の役には立てぬ。
義経はどうしても戦さに出たかった。
戦さで、勝ちたい。
それ以外に、自分が兄に渡せるものはないのだから。平家を破り、源氏の悲願を成す。この戦さも、なんとしてでも、勝つ。
その決意が義経を前に進めた。
逆落とし/転生義経は静かに暮らしたい 田井ノエル/角川文庫 キャラクター文芸 @kadokawa_c_bun
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