(エイプリルフールネタ)竜の血脈
降り注ぐ太陽の光。
頬を撫でる清々しい風。
煌めく梢。
咲き誇る花々の香り。
リアンカリカは、齢五十過ぎにして、それが初めてで有るかの様に人生を謳歌していた。
キャラバンに居た頃には、慎ましい生活の中で芽を出す事も無かったその力。
ライガンロアと旅をしていた時には、護られる旅路故に芽吹く事も無かったその衝動。
蜂蜜採取名人と呼ばれた頃は只のお散歩で、結婚生活の中では抑え込まれるばかりだった。
約束していたディルバとの旅を諦めて、一人でキャラバンの家族を探しに行くと心に決めて、鍛える為に魔の森へと入る様になってから、一日一枚古い鱗が生え替わってでもいるかの様に昂揚感がリアンカリカを包み込んでいた。
「んふふ~♪ リアが新しい爪を造ってくれてるし。どうしよう、もう上がっちゃってもいいかなぁ?」
前に娘のディジーリアに造って貰った二振りの包丁は有るけれど、料理はしても剣術は知らないリアンカリカにとって、戦いの中で用いるのには何処か違和感が有った。
それでこの前ディジーリアが遊びに来た時に、もっと別の形の武器は無いかとお願いしてみたのだ。
『もっとこう、がおーって襲い掛かる感じの武器は無いかな? 包丁もだけど、棍棒でもまだお上品な感じがするのよ』
『……母様って、その辺りが何て言うか、あれですよね。オルドさんが頭を抱えてましたよ? 巨獣の肉を納めてくれるのは助かるけれど、何で噛み付いた
『うん、がおーってなっちゃうのよ』
ディジーリアに呆れた顔をされながらも、爪の付いた籠手はどうかと提案されて、四本爪の籠手を両手分お願いしてある。
今日はそれを造っているから、あの赤いノッカーを使っても連絡は取れないと聞いていた。
リアンカリカのランクは既に五。
楽しみながらの探索で、もう直ぐランク四に届こうとしている。
或いは竜族にとって三十そこらはまだ子供で、五十を過ぎて漸くリアンカリカも大人になったという事だったのかも知れない。
ともあれそんな楽しみを益々楽しくさせてくれる物を娘が造ってくれているという状況に、リアンカリカはそわそわしっ放しで、結局牙巨兎を一羽狩るとそそくさと帰路に就いたのである。
「はいよ奥さん! 今日は早いね! 一匹だけだし何か有るのかい?」
街の北側の入り口で、冒険者協会の出張所の職員に声を掛けられて、リアンカリカは両手を頬に当てて口を閉ざす。
娘が新しい武器を造ってくれるのが待ち切れなくてなんて、そんな理由はちょっと言えない。
恥ずかしいからでは無くて、幸せだから内緒にしておきたいのだ。
「おっと、迂闊な事を言っちまったかな? 良し、後脚の枝肉一つ残して買い取りだな? 毎度! また宜しく頼むぜ!」
職員は平然と返したが、これが一般人だったなら腰を抜かしていただろう。
一日一日生まれ変わる様に竜族として目醒めているリアンカリカは、ちらりと見るその一瞥にも竜の気配が乗って、下手な『威圧』よりも恐ろしい畏怖の念を呼び起こすのだから。
自然と漏らしてしまうその気配だけで、分かる者には格の違いを思い知らすだろう。
或いはその存在感で、長命種に連なる者と悟る者も居るに違い無い。
尤もリアンカリカ自身は寧ろ若返った様な気持ちで、人生を楽しんでいたのだが。
巨大な枝肉を担ぎ上げるうら若き女性の姿は、街の誰にとっても刺激的だろうが、それも今では見慣れた姿となっている。
市場の天然さんは、あのディジーリアの母親だったらしいな。ああ、あの丸太乗りの。成る程それなら納得だ。――と、街の住人達に受けいられるのも早かった。
彼らは、どれだけ力を持っているとしても、リアンカリカ自身に疑念を抱いたりする事は無かった。
リアンカリカがディジーリアから魔術を習い、ディジーリアの言う編み物の様な魔術の深奥は分からないけれど、強化系の魔術は分かり易いだとか、全部どかんと壊す様なのなら出来そうだとか思っていても、そんな事は知らずに皆平和に暮らしていた。
リアンカリカは自宅への道を歩く。
巨大な枝肉を肩に担いで。
今日もご近所さんにお裾分けしないとと思いながら。
リアンカリカは領城を見上げる。
ディオールとデュルカは今日も元気かなと思いながら。
美味しいお肉を差し入れしようかと微笑みながら。
リアンカリカが自宅へと帰り着いて、家の扉を開いた時、其処にディルバの靴を見付けて首を傾げた。更に知らない靴がもう一足有る。
リアンカリカが家の中に入って、微かな匂いに眉を寄せる。
不思議に思いつつ台所へと枝肉を運び込む。
リアンカリカの五感は昔から鋭かったけれど、最近は更に鋭くなっている。
その耳がディルバの声ともう一人の声をリアンカリカに捉えて示す。
『私はずっと家族の為に働いてきたんだ。本当に皆が幸せに成れるようにと思って身を粉にして働いてきたんだよ』
『知ってるわ。隊長はいつも家族の事を想っていたもの』
『……君が居てくれて本当に良かった。私の心は君に救われたんだよ。
本当にどうしてあんな事を言い出したのか。私が街の治安維持に全霊を傾けていると知っているのに、それを放り出していつ帰るとも知れない旅行に行こうなどと。
それを断ったら家事も何もせず毎日遊び歩いているよ。
本当に一体何でああなってしまったのか』
『ああ……隊長、私が付いていますから――』
リアンカリカは声が漏れ聞こえていた寝室の扉を開ける。
ベッドの上には、ディルバと知らない女の姿。
「嘘吐き!」
リアンカリカは目を瞠るディルバを睨んで一言告げる。
「広い世界が見たくて村を飛び出して騎士に成ったと言ったのはディルバ。その時はまだ無理でも、何時か絶対に私を世界に連れ出してくれると言ったのもディルバ。だから一緒に居て欲しいと言ったのもディルバ。キャラバンに生まれて納得出来ない別れを繰り返してきた私をそう言って口説いたのはディルバ。全部全部嘘だった!
嘘吐き!」
「ま、待て、リカ!」
「オーリとルカが産まれた時に、子供が小さい内に連れ回るのは可哀相だと言ったのはディルバ。リアも大きくなってきた頃に、それは私とディルバの約束なのだから、子供達が独り立ちをしてから二人きりで行くものだと言ったのもディルバ。でもそのどれも全部嘘!
嘘吐き!」
「う、嘘では無いだろう!? 言葉の綾という物だ!」
「あはは! じゃあ、初めから私との約束を守るつもりなんて無かったんだ! 絶対って言ったのに! 嘘と誤魔化しで私をずっと騙すつもりだったんだ! その口でまた嘘を散蒔いてるんだ!!
嘘吐き!!」
「い、いい加減にしろ!! もう子供では無いだろう!!」
愚かなディルバは知らなかった。
リアンカリカ=アセイモス。最も古き竜の直系の孫であるリアンカリカは竜族だ。
竜族は竜がその力で人に転じた一族であり、それは竜族が竜に戻れる事も意味していた。
竜の赫怒の前においては人の意地など何の妨げになるだろうか。
竜を怒らせてはならないというのは、人が知るべき真理だった。
また、リアンカリカも知らなかった。
身の底から湧き出る衝動に従って包丁の形をした爪を振るい、牙を突き立てた日々が、己の竜としての本能を呼び覚ましていた事を。
人の形に押し込められているままならば兎も角、本来の竜としては特級の霊獣、或いは神獣と呼ばれた強大な存在だ。
そんな存在が敵意を叩き付けたならどうなるか。
一瞬の後にはリアンカリカの想い出が詰まった家は半壊し、ベッドはその上に乗っていた二つの人影諸共拉げて潰れた。
血の海の中に、ディルバの面影を残す皮が張り付いていた。
その時、リアンカリカの中で何かが壊れた。
リアンカリカの慟哭が、デリラの街に響き渡る。
~※~※~※~
ディジーリアが、デリラから遠く離れた場所で、リアンカリカの爪を造る仕事に一段落付けて深く息を吐いた時、集中が解かれて漸く周りの様子が入って来たその頭には、“黒”と“瑠璃”からの警鐘が痛い程に鳴り響いていた。
「も~、大事な仕事と言いませんでしたかね?」
しかし次の瞬間にディジーリアは表情を呆けさせ、そして次には慄然として顔を引き攣らせる。
慌てて「通常空間倉庫」への扉を開き、デリラの街へと移動したディジーリアの前には、瓦礫と化した居住区画と、半壊した領城の姿が有った。
目で見れる範囲でも各所に有る赤い染み。
ディジーリアの実家が有った場所には黄色い体毛の巨大な竜が佇んでいる。
そして竜と対峙する騎士団の姿。
周りを取り巻く冒険者達。
「もしや! 其処に居るのはディジーリア殿かっ!? 助力を頼みたいっ!!」
最前列に陣取った御領主様の大音声がディジーリアを呼ぶが、ディジーリアはそれどころでは無かった。
黄色い美しい竜から感じるのは、荒々しく乱れているが母親であるリアンカリカの魔力。
周りに爪痕も無いのに破壊の力が渦巻くのは、千々に乱れたリアンカリカの感情が魔力をも乱して嵐の様な乱流を作り出しているからだ。
「母様!? 母様!! 落ち着いて下さい! 何が有ったのですか!?」
竜を母と呼ぶディジーリアの事を、理解出来た者は多くは無かっただろう。
しかし領主ライクォラスは気が付いた。
「母親? キャラバンの?? ……!! まさか、その竜はリアンカリカ殿なのか!?」
その声に振り向いたディジーリアが見たのは、領城の前に転がって動かない二人の兄の姿だった。
ディジーリアの視界が赤く染まる。
「……認めません」
ディジーリアから溢れ出した魔力が、辺りを赤く染めていく。
「……認めませんよ!」
ディジーリアが拠点に置いた巨大輝石が、魔力に戻って更に辺りを赤く染める。
「こんな事は絶対に認めませんよ!!」
王国中に散らばっているディジーリアの輝石が、魔力に戻って世界を赤く染めていく。
「絶対の絶対に認めたりなんかしませんよ!!!」
ディジーリアが『亜空間倉庫』に溜め込んだ膨大な輝石が、魔力に戻って神界までも、そしてその果てまでも赤く赤く染め上げていく。
「やり直しをーー!! やり直しを要求します!!!!」
そして全ては赤く染ま――
~※~※~※~
「うわっ!? データが!?!?
…………。
え~~!? 嘘や! 書き直し!? 嘘やと言ってやー!!」
冒険者になるのです×3のおまけ みれにあむ @K_Millennium
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