第18話 看守vs殺人犯

「ぐあぁぁぁッ‼︎」


 チェーンケルベロスの咆哮が直撃して、僕は表通りまで吹き飛ばされた。

「きゃあぁぁッ⁉︎何⁉︎」

 いきなり人が吹っ飛んできて、周りにいたプレイヤーが声を上げる。

「オラァッ‼︎」

 体勢を立て直す前に裏路地から追撃が飛んできた。ブラッディーロッドを構えたゼルビアが突っ込んでくる。

「くっ!」

 咄嗟に転がって避けるが、ゼルビアも素早く方向転換をして警棒を振り下ろす。

 デモンズエッジの刃でシャフトを受け止めるが、流石に完全に勢いを殺せるほどの重さはない。

 刃の側面でシャフトを滑らせて避けると、格闘スキルを用いてゼルビアを蹴り飛ばして距離を取る。


「っとぉ、やるなぁ。おい、やれ」

「グルアァァァァッ‼︎」


 主人の命令でチェーンケルベロスが裏路地から飛び出してくる。

「うわぁぁぁッ‼︎おい、モンスターが飛び出してきたぞ‼︎」

「あれ『悪魔遣い』と『奈落の番犬』じゃないか!」

「どうなってるんだ⁉︎」

 いきなりの戦闘に、街は一気にパニックとなる。


「『ファングノック』!」

 警棒の先に牙のエフェクトが現れる。チェーンケルベロスのコントラクトスキルか。

 後ろからチェーンケルベロスが、前からゼルビアが挟んで攻めてきた。

「『インサニティーギロチン』」

 その場で回転し、刃で漆黒の円を描く。波紋のように広がったエフェクトが一人と一匹、それぞれに襲いかかる。


「ぐっ、ぐあッ!」

「ガアァァァッ⁉︎」

 ゼルビアは酒屋の前にあった樽を薙ぎ払って倒れ込み、チェーンケルベロスはその巨体のせいで下敷きになった宿屋を半壊させた。


「ぎゃあッ⁉︎ひぃっ、た、助けてくれぇ‼︎」

「何で『奈落の番犬』がここにいるんだよ‼︎」

「逃げろ逃げろ‼︎巻き込まれたら死ぬぞ!」


 周囲のパニックをよそに、チェーンケルベロスはその鋭い爪を振るった。赤黒い斬撃エフェクトが放たれる。

「グルアァァァァァッ‼︎!

「冗談だろ………!」

 契約者特有の身体能力を活かして、近くの家の屋根まで飛び上がった。

 何とか攻撃は避けられたが、代わりに近くに立ち並んでいた街路樹や塀が軒並み薙ぎ倒された。ポリゴンとなって砕け散る。

 近くにいた人は逃げていたため被害は無さそうだが、巻き添え食らってもおかしくはなかった。

 街中でモンスターに攻撃させるなど、完全に常軌を逸している。



「チッ!チョロチョロ避けやがる。捕まえろ!」

 するとチェーンケルベロスの体に巻きついていた鎖が、こっちへと伸びてきた。

 一本目、二本目はナイフで弾けたが、三本目が同時に伸びてきて脚に巻き付いた。

「何ッ、ぐあッ⁉︎」

 鎖が引っ張られ、僕は屋根から引き摺り下ろされる。

「がはッ⁉︎」

 地面に叩きつけるだけでは終わらない。

「ガアァァァッ‼︎」

「くっ、うわあぁぁぁッ‼︎」

 僕に絡まった鎖を噛むと、チェーンケルベロスは真ん中の首を振りかぶった。

 当然僕も振り回されて投げ飛ばされる。

「もういっちょ『ファングノック』!」

 今度こそゼルビアの攻撃が直撃した。

「ぐあぁぁぁッ‼︎」

 拘束が解けて、僕は近くのアイテムショップに突っ込んだ。


 ガシャンッ‼︎

 商品棚に叩きつけられて、並ぶアイテムがばら撒かれる。

「おい!何なんだ⁉︎」

 おそらくNPCなんだろう。周りに比べて取り乱してない叱責を気にする余裕もない。

 猛攻によりHPが二割も削られてしまった。このままだとやられる。


「抵抗されても面倒だ。手足全部食い千切っちまいな」

「グルアァァァァッ‼︎」

 店の中目がけて、チェーンケルベロスの巨体が突っ込んできた。

 さすがに一人じゃ相手出来ないか。


「来い、グリモワール!」

 デモンズエッジから黒煙が立ち上がり、店の中を出て上空へと立ち昇る。

「ア゛ァァァァァ──────ッ‼︎」

 その黒煙の中からグリモワールが姿を現す。チェーンケルベロスの尻尾を掴むと地面へと捩じ伏せた。

 怪獣映画さながらの光景に、街はもはや阿鼻叫喚と化す、

「ガルルルルッ‼︎」

「ア゛ァァァッ‼︎」

 二体の戦闘の衝撃で、ゼルビアも体勢を崩した。

「おっと、あれが噂のグリモワールか」

「『シャドウスニーク』」

 その隙に倒れた棚の影にナイフを突き立てると、グニャンと歪んだ。

 そこに転がり込むと、ゼルビアの影に転移する。背後に立ってナイフを振るう。

「よっ!」

「ぐっ‼︎」

 デモンズエッジの一撃により、ゼルビアは膝をつきそうになる。

 すかさず追撃するが、シャフトで防がれてしまう。

「『バーサスクロー』!」

 少しだけ距離を取ると、スキルを発動させた。

「はぁっ!」

「ぐあぁッ‼︎」

 懐に潜り込んで腹に刃を刺し込む。すぐに引き抜き横に転がった。

「グリモワール、吹き飛ばせ!」

「グルルルッ!」

 グリモワールの尻尾が鞭のようにしなり、ゼルビアを弾き飛ばした。民家の窓を突き破って吹っ飛ぶ。

「がはッ⁉︎」

 これでやられてくれれば楽だったのだが、そんなわけもない。


「『プリズンバインド』!」

 彼女の突き破った窓の向こうから、淡く輝く鎖に繋がれた枷が飛んできた。

 その枷は僕の腕を掴み強く引っ張る。

 耐えきれず引き寄せられた先には、ブラッディーロッドを振りかぶったゼルビアが飛び出してきた。

「はぁッ‼︎」

「ぐふッ⁉︎」

 振り下ろされたシャフトが僕の腹にめり込んだ。思わずしゃがみ込むと、顔面を蹴り飛ばされて倒れる。


「『スキルコフィン』」

 ゼルビアが警棒を振ると、枷のついた鎖が追加で二つ伸びて、合計で3つの枷が僕を拘束する。

 有刺鉄線のようなエフェクトが僕に纏わりつくが、鎖はすぐに消えて特にHPの減少は見られない。

「オラァッ!」

 飛び跳ねて距離を取ると、振り下ろされたシャフトをナイフで受け止めて組み合った。

「はあぁぁぁっ!」

「ッ!やぁっ!」

 そのまま横走になり、互いに牽制し合いながら近くの階段を登っていった。

「ひいぃッ⁉︎何でこっち来るんだよ!」

 どうやら何人かがここに逃げ込んでいたらしい。突入してきた僕達に驚いて、一目散に部屋の端に逃げる。

「ほら、退いた退いた!」

 そんな彼らに向かって叫ぶと同時に、ゼルビアは僕を押し飛ばした。警棒をクルッと回すと、力強く振り回す。

 その全てを弾き、僕も懐に潜ろうとする。

 前に突き刺したナイフを避けると、ゼルビアはバク宙で距離を取る。

「ほっ、よっと!」

「くっ、がはっ!」

 すかさず回し蹴りを二発繰り出しての追撃。僕は防御するが、その強さに耐えれずバランスを崩した。

 それでも咄嗟に身を翻して体勢を立て直すと、彼女を後ろから歯がいじめにする。警棒を握る右腕の肩にナイフを突き立てた。

「ぐあッ!」

 傷口から真っ赤なエフェクトが飛ぶのを見て、ゼルビアは顔を歪める。

「このッ………!」 

 振り払うことが無理だと判断したのか、僕の腕を掴むと開いていた窓に向かって直進し、外に落下した。 

「ちょッ、うわぁっ!」

 さすがにこの状況で捕まえ続けるのは無理で、地面に転がり込む。契約者じゃなかったら重傷だ。

 二人共互いに距離を取り身構えた。


 アイツ、格闘スキルを基本にしてチェーンケルベロスの力で補強してる。一旦動きを止めないことには対処しにくいな。

「『デモンズクルーズ』!」

 麻痺の呪いで動きを止めようとした。



 しかし呪いのエフェクトが発動することはなかった。



「何ッ⁉︎」

「おいおい、どうしたぁ‼︎」

 まるでそれを予知していたかのようにゼルビアが突撃してくる。歯を剥き出しにしてニヤッと笑う。

「ッ、よっ!『バーサスクロー』!」

 攻撃を避けながら反撃を試みるものの、これもまた発動しない。

「何でだよ………!ぐっ!」

 突進するゼルビアに壁際まで追い詰められ、警棒で押さえつけられた。

 何故スキルが使えない。いつもはこんなことにはならないのに、何で………

「ッ⁉︎まさか、さっきのスキルか………」

 三つの枷に縛られたあのスキル。何も起きなかったかと思ったが、そんなことなかったんだ。

「そういうこった。『スキルコフィン』は使用頻度の高い順に最大三つのスキルを封じれる。はぁっ!」

「ぐはッ!」

 殴られて膝をついた僕の腹を、ゼルビアは思いっきり踏みつけた。

「ぐあぁぁぁッ‼︎」

「ヒャハハハッ!呪いの力は使わせないぜぇ、オラッ!」

 僕の使用頻度の高いスキルは、『バーサスクロー』、『デモンクルーズ』、『インサニティーギロチン』の三つ。これが使えないのはキツ過ぎる。



「ぐっ⁉︎『シャドウスニーク』!」

 寅の子の技だというのに、本日二回目の使用になってしまった。

 追撃を逃れるために影の中へと逃げ込んだ。グリモワールの首の影に転移して肩に乗る。

「はぁ、はぁ………噂以上に荒っぽい看守だね。一応騎士でしょう?」

「生憎、アタシは騎士団長みたいな品行方正ってのはガラじゃなくてね」

 赤黒いシャフトと舌先でなぞると、口の端を吊り上がらせて僕へと向けた。



「目的のためなら、手段は何でもいい」



「なるほど同感だね。グリモワール、燃やせ!」

「ア゛ァァァ────────ッッッ‼︎」

 僕の命令で、グリモワールは真っ黒のブレスを吐いた。

「ガァウッ‼︎」

 ブレスがゼルビアに届く前に、立ち直ったチェーンケルベロスが身を挺して庇った。

 一気にHPが三割も減少したが、それでビビるわけもない。

 爆炎エフェクトの中からチェーンが飛び出し、今度はグリモワールの手足に絡みついた。

 触手のように自在に動くそれは、絡んだ手足を捻りもぎ取ろうとする。

 地面にいるとこっちが不利になるか。

「翼で攻撃、その後飛べ」

「ア゛ァァッ!」

 グリモワールは蝙蝠のような翼を展開すると、大きくはためかせた。

「グルルッ!」

 翼による風圧で、チェーンケルベロスは一瞬だが怯んだ。その隙に一気に空へと飛び上がる。

 鎖で繋がっている二体は同時に浮き上がったが、空中ならグリモワールの方が有利だ。

 ミツ首を押さえ込み、横っ面を殴り飛ばす。

「逃すかぁッ!」

 ゼルビアは飛び上がると、チェーンケルベロスの体に飛び乗った。軽々と飛び跳ねて、こちらまで肉薄してくる。

 蹴落として振り下ろそうとするが、身軽な動きで避けて飛びかかってくる。

 飛行が不安定なまま僕達は街を出た。

「ガァウッ!」

 チェーンケルベロスの左の首が拘束を逃れ、大きな口を開きグリモワールの脚に噛み付いた。

「ア゛ァァァ───────ッッッ⁉︎」

 これにはさすがに耐えれず、グリモワールは一時的に飛ぶ力がなくなってしまう。



 僕達は森の中へと、真っ逆さまに落ちていった。

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ライフ・オブ・ファンタジー MC RAT @M4A1AK47

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