第17話 番犬

「どーも」

「あっ、ベリアル!こっち戻ってたの?」

 北方区でのダンジョン騒動を解決した僕は、中央区に戻っていた。『バー 十六夜』に顔を出し、マルディアさんに挨拶する。

 誰もいない店の中は落ち着いていて、息抜きの場にちょうどいい。

 カウンター席に座ると、マルディアさんがお茶を出してくれた。

「アンタ、北方区で人殺したんだって?ちょっとした騒ぎになってるよ」

 お茶と一緒に出してくれたのは新聞だった。いわゆる『情報屋』を生業としてるプレイヤーが書いている、週刊誌のような物だ。

 一つの記事が一面を飾っている。

『北方区で大量殺人。ダンジョンはPKアイテム⁉︎』

 わざわざ不安を煽るような見出しに肩をすくめ、内容を読んでいく。

 そこには事件の詳細が書かれており、あの場にいたライラック騎士団の者のコメントもある。

 基本的には事実なんだが、僕がトランパを殺した理由については適当な憶測が立てられていた。

「民衆の中には、アンタは首謀者の仲間で、口封じに殺したって言ってるヤツもいるよ。騎士団の協力もそのためだって」

「でしょうね」

「否定しないの?」

「しても意味ないでしょう?」

 それに自分の行動を客観的に見れば、そう思われても仕方ない。僕もPKプレイヤーなんだし。

「まったく、面倒なことしてくれたヤツもいたものだね。おかげで各地のダンジョンは、今人がほとんど来ないらしいよ。みんな怯えてる」

 そりゃそうだ。殺人に使われたすぐ後に、ダンジョンに行こうとする者はいないだろう。

 PKを好まないプレイヤーにとって、ダンジョンは比較的安全に強くなれて稼げる資源だった。

 出てくるモンスターはある程度予想できるし、レアアイテムも手に入りやすいし。それがあんな使われ方をしたんだ。

 特にこの前のPKなんて、いくら気をつけていたってダンジョンの作りを変えられて、閉じ込められたらそこで終わり。どんな力を持っていても逃げられないのだ。

 もう安全な稼ぎ場なんてない。不安になって当然だろう。

 おまけに商人のトランパが首謀者だったことで、職人クラスでも契約者になり得ることが強調された。

 職人クラスだから安心、なんて言えなくなった。町の周囲への警戒心が少し強まった気もする。

「アンタもアンタだよ。わざわざ殺す必要あったの?」

「まぁ、こっちの事情です」

「ふぅん。それよりも、今日は表が随分と静かだね」

「そう言われれば、たしかに」

 いつもはチンピラ達がたむろしているはずの路地が、今日はやけに静かだ。みんなが黙っていると言うよりも、誰もいない。

 人気がないのは珍しくないが、この静まりようは不自然だ。

「ちょっと様子見てきます」

「大丈夫?変なのがいるなら、あんまり出ない方がいいんじゃない?」

「放っておいても危ないでしょう?」

 僕はボロいローブを被りバーを出ると、まわりの様子を確認しながら散策する。

 やっぱり人がいないな。どこに行った?

「うわぁッ⁉︎」

 すると曲がり角の向こうで野太い叫び声がした。ついでに殴り飛ばすような音も。

 こっそりと近づき、様子を覗き込む。

 そこにいたのは二人のプレイヤーだ。

 一人は今声を上げた方だろう。大柄な男剣士が、路地の壁で這いつくばっている。

 もう一人は黒いローブで身を隠していて、どんなヤツかはよく分からない。フードで顔が隠れており、男を見下ろして近づく。

「テメェ、騎士団のヤツがこんな事して許されるのかよ‼︎」

 倒れた男が吠えた。

 アイツ、騎士団なのか。

「これを見てるのはお前とアタシだけ。ここでお前を好き勝手にして、一体誰が許さないってんだい?」

 声は若干低いが女だな。こんな所で何してるんだ?

「ふ、ふざけんな!このッ、ぐふッ⁉︎」

 男が剣を引き抜こうとする前に、女が彼の手を蹴り飛ばして腹を踏みつける。

「さぁ、最後のチャンスだ。情報を吐きな。アタシに話すのが嫌って言うなら、次に話すのは閻魔様の前になるけど?」

 遠目からでも強く感じる殺気に、男は震え上がった。

「わ、分かった、言うから!た、たしかにアンタの探してるヤツはこの辺にいる‼︎」

 誰かを探してるのか。それにしちゃ随分と荒っぽいやり方だな。本当に騎士か?

「ヤサは?」

「俺は知らねぇって!本当だ!頼む、許してくれ‼︎」

「………嘘は言ってないか」

 女が足を退けると、男は一目散に逃げていった。

 どこの誰かは知らないが、騎士に狙われてるとなればいい意味なわけがない。ここはさっさと逃げるか。

「おい、そこにいるヤツ」

 しかし彼女はこっちを向いて話しかけてきた。明らかに僕を見ている。

「匂うんだよ。血の匂いがする」

 一瞬にしてPKプレイヤーであることが見抜かれた。

 この世界は基本的にはリアル思考だが、それでもゲームだ。

 人を殺しても血の匂いなんかしない。もしそこまで再現されたら、今頃この世界は血生臭くて仕方ないからな。

 それで僕をPKプレイヤーと見抜いた。それはつまり、PKプレイヤーとの接触が多い人物ということ。さっきの様子から見て、あまり友好的じゃない形で。

 ここで逃げるのは無意味だな。

 僕は曲がり角から出て対峙する。

「お前、まさか………」

 現れた姿を見て、彼女はニヤッと笑った。

「へぇ、こんな早く見つかるとはな。アタシの鼻もまだ鈍っちゃなさそうだ」

「何?」

「お前、『悪魔遣い』のベリアルだろ?」

 動揺を隠せず、思わず目を見開いた。

 自分で言うのもアレだが、『悪魔遣い』の名はそれなりに広まっている。

 でもそれが僕、ベリアルなことを知ってる者はごく僅かだ。

 しかも今はいつもの戦闘服ではなく、身を隠すためのローブ姿。それを知ってるのはもっと少ない。

「あなた、何者だ?」

「見ての通りの、ってこれじゃ分からないか」

 彼女はメニュー画面を操作し、着ていたローブを解除した。髪を靡かせてその姿を現す。

「何ッ⁉︎」

 彼女の姿を見て、僕は驚愕が隠せなかった。

 さっきは騎士と思っていたが、彼女は騎士というより警官のような出立ちだった。

 しかし現実にいる警官の堅苦しさは崩れ、その隙間に鋭い野性味が滲み出ている。

 そして何より目を引くのが、彼女の腰回りだ。

 ベルトのホルスターには一本の警棒が収納されており、そのグリップには禍々しい犬の頭が三つ描かれている。

 それがモンスターと契約した証のアイテムであることは間違いない。

 でもそれ以上に………

「嘘だろ………」

 警官のような出立ちに、ミツ首の犬が描かれた警棒。その見た目は、僕達犯罪者プレイヤーの中では恐怖の象徴だ。



「『奈落の番犬』か」



 中央治安維持局バーベナ騎士団『奈落の牢獄』看守長・ゼルリア。『奈落の番犬』の異名で恐れられる、バーベナ騎士団の中でもトップクラスの実力者だ。

 治安維持局の古株でもあり、無法地帯だった街に蔓延る当時の犯罪者を全て牢獄送りにしたとも言われている。

 ただ実力は確かだが、そのやり方があまりにも凶悪だったために、簡単に表に出せず牢獄勤めになったとも言われている。

「あぁ、そういやそんな呼ばれ方されてるんだっけな。長いこと犬小屋にいるから、あんま気にしてなかったわ」

 ゼルリアは思い出したように顔を上げて、首を回した。

「局長命令でな。お前をとっ捕まえてこいとのことだ。悪いが、アタシと一緒に来てもらおうか」

 あぁ、多分この前のダンジョンのことだ。

 まぁそうでなくても色々やらかしすぎて、さすがに看過ってわけにもいかなくなったのか。


「お断りします。あなたにどうこうされる筋合いはない」

「いや、あるね。ウチの団員が殺られてるんだ、こっちでカタをつける」

「はい?」


 意味が分からず首を傾げた。

 何を言ってるんだコイツ?

「団員って、バーベナ騎士団?僕が殺したと?」

「お前を見たと言うヤツもいるんだ、下手な言い訳は無意味だよ」

 何だそれ?誰かと見間違えてないか?


「悪いけど、最近騎士を殺した覚えはない。今さら僕が嘘ついて、何のメリットがある?」

 さすがに北方区で騎士団長に喧嘩を売ったばかりだ。さらに面倒なことになるような馬鹿はしない。


「はぁ?なんだい、面倒だねぇ………」

 予想と外れたのか、ゼルリアはめんどくさそうに頭をかく。

「まぁいいや。どの道PKプレイヤーに変わりはないし、とりあえず犬小屋にブチ込む。話はそこからだ」

 ホルスターから警棒を引き抜くと、縮んでいたシャフトが伸びた。


『ブラッディーロッド』

 それが武器の名前だ。僕のデモンズエッジと同格のハイクラスウェポン。


 艶消しされた紅い警棒に、僕もすぐさま身構える。

「さて、どうやらアタシのことは知ってるみたいだし、それならアタシがどういう戦いするかも知ってンだろ?命を保障されたいなら、大人しくしておくことをオススメするよ」

「ご丁寧にどうも。けど覚えのない容疑かけられて、ついでに逮捕ってのはゴメンだね」

 ローブを解除すると、デモンズエッジを引き抜いた。

「そうかい。それなら………動かなくなるまで、喰い散らかすだけだ」

 獰猛な瞳を輝かせて、ゼルリアは警棒を掲げた。



「来な、チェーンケルベロス!」



 警棒に刻まれた紋章が紅く光り輝いた。

 光の中から現れたモンスターは僕よりも遥かに巨大で、あっという間に大きな影が僕を包む。

「グルルルッ………!」

 僕を睨みつけるのは、真紅の毛を持つミツ首の狂犬だ。

 三つの首にはそれぞれ首輪がついていて、そこから鎖が垂れる。首だけでなく、体のありとあらゆる箇所に鎖が巻きついている。

 左右の首はアンデットのように朽ちて、苦しんでいるよう醜く歪む。

 唯一形を保っている真ん中の首は鋭い眼光を光らせ、マンモスのように太い牙はどこも欠けることなく伸びている。

 ピンと立った耳は僕の方を向き、長い爪が地面と擦れ嫌な音を奏でる。

 ゼルリアを『奈落の番犬』たらしめる彼女の契約モンスター・チェーンケルベロス。



「さぁ、久々のシャバだ。好きなだけ暴れな」

「グルアァァァァ─────‼︎」

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