悪魔狩り
第16話 牢獄
北方区のダンジョン騒動から数日後。
「局長、よろしいでしょうか?」
中央区治安維持局局長室
滅多に人の出入りがない部屋の扉が叩かれた。
「入りたまえ」
「失礼します」
中にいた男性の言葉を聞いて、彼女は入ってきた。入室の前に深く頭を下げる。
「ヒナミ君。すまないね、戻ったばかりで呼んでしまって」
「いえ。私もすぐにお伺いするつもりでしたので」
北方区から戻ってきたばかりのヒナミは、どこか元気がない。
態度は毅然としているものの、気疲れしたように俯いている。
「早速だが、要件は分かっているだろう?先のダンジョン攻略の件だ」
ヒナミは拳を強く握った。唇を噛み頭を下げる。
「はい、申し訳ありませんでした。此度の件、全ては私の責任です。この罰はいかようにでも………」
「そう謝らないでくれ、本来の目的である攻略は出来たんだ。それにライラック騎士団が君達を追い出した時点で任務は完了。その後何が起きようと、君が私に謝る必要はないよ」
「しかし………」
「たしかに首謀者が殺されてしまったのは残念だが、ベリアル君の同行は私も了承したんだ。君だけのせいじゃない」
「………お気遣い、ありがとうございます」
ダンジョンを利用したPKプレイヤー・トランパはヒナミが同行させたベリアルによって殺された。
当然北方区から抗議のメッセージが飛んできたが、それは全て局長が対処した。
「まさかダンジョンの作りを変えられるとはな。既に情報は新聞等で広められている。プレイヤー達も慎重になるだろう」
「はい」
「それで、ここからが本題だ。今回の問題となったベリアル君だがね。そろそろ本格的に対処をしたい」
「彼を捕まえるのですか?」
正直今更と言えば今更だ。
誰彼構わず殺している殺人鬼など、とっくに捕まえていなければならない。
「うん。これまでは刺激せず友好的にしていたが、看過できない事態が発生した」
「看過できない事態、ですか?」
「そうだ。ここ数日、巡回に出ていたギルドメンバーが数名殺されている」
「えっ⁉」
ヒナミは驚きの声を上げた。
局長は座ったまま話し続ける。
「襲われたのは中堅の者達。その事件が起きたのは、ちょうどダンジョンが攻略されてからだ」
「もしかして………ベリアル君が犯人だと?」
「何とか逃げ切った者の中に、彼の姿を見たと言っている者もいる。彼が何かしら関与している可能性は高い」
「そんな………」
震えた声でヒナミは俯く。
ダンジョン攻略では一度は信じた彼だったが、あっけなく裏切られた。
その上自分の部下すらも殺すなんて。
悔しさと悲しさが込み上げて、歯を食いしばった。
「我々の団員を殺されたとなっては、こちらとしても厳重な対処をせざるを得ない」
「それは、そうですね………」
今回だけじゃない。
ベリアルはこれまでも何人ものプレイヤーを殺してきた。
PKプレイヤーだけじゃない、何の罪もないプレイヤーや酷い時は戦闘力の少ない職人クラスのプレイヤーすら手にかける。
目的が不明且つ、その力故これまでは見逃してきた。
しかしこれ以上、罪のないプレイヤーまで殺されるのを見逃すわけにはいかない。
「それでしたら私が!私が彼を捕まえて………!」
「いや、ベリアル君の確保は他の者に任せた。君はしばらくゆっくりするといい」
「待ってください!私は問題ありません!ですから、どうか………!」
「それなら、これがダンジョンの件に対する罰だと思ってくれ。彼を逃してしまったのは君だろう?」
「ッ⁉︎………分かり、ました」
食い下がろうとしたヒナミは居住いを直して頷いた。
「それで、その任務を任せた者とは?」
「ゼルリア君だ。彼女なら適任だ」
「まぁ、たしかに」
ヒナミも彼女に関してはよく知っている。もしかしたら本当に捕まえてくれるかもしれない。
「分かりました。ゼルリアさんは今どこに?」
「いつもの持ち場さ。彼女風に言うなら『犬小屋』だね」
それだけ言われれば充分理解できた。
ヒナミは礼をして局長室を出ると、すぐさま言われた場所へと向かう。
「相変わらず、ここは殺風景ですね」
『転移の羽』を用いて移動、と言っても移動したのは中央治安維持局内だが。
辺り一面はコンクリートで固められただけのようなのっぺりとした壁。手前には、ここにいる者が使ういくつものテーブルが並んでいる。
そして奥には長く太い鉄格子が聳え立つ牢屋がある。その中には何人ものプレイヤーが閉じ込められている。
ある者は騒いでおり、ある者は殴り合い、またある者は群れから離れて一人でいる。
局内の名称は大抵ギルドメンバーが名付けたが、ここだけは違う。
『奈落の牢獄』
それがここの名前だ。
本来ならばハラスメント行為を行なったプレイヤーを通報し、閉じ込めておく牢獄だ。
ここに閉じ込められると、一定期間内アバターが使用出来なくなる。解放できるのは専用のNPCだけ。
まぁVRMMOならではの対応法だった。
しかしデスゲームとなったこの世界では、その仕組みは大きく変わった。
まずこの世界ではあらゆる犯罪行為に対する制約が無くなっている。それはこの牢獄も同じだ。
幸いなことに牢獄そのものは残ったし、通報システムは健在だ。
ただアイテム使用が可能となり、スキルも発動可能。
さらには牢獄を管理していたNPCは消滅。出入りが自由となってしまった。
こうなってしまっては、もはや牢獄でも何でもない。
しかし牢獄は破壊不能オブジェクトだし、牢屋内ではプレイヤースキルどころかストレージすら開けない。
作りとしては完璧だったので、治安維持局はこの牢獄の真上に拠点を建設。以降独自の管理を行っている。
そしてプレイヤーに害を与えたと見なされた者が閉じ込められる、刑務所的な存在に生まれ変わったのだ。
中央治安維持局の中には牢獄専属の騎士、言ってみれば看守のような者たちがいる。
牢屋を見張ったり、今も何人かは喧嘩の仲裁に入ったりと忙しそうだ。
囚人のほとんどはPKプレイヤー。当然ヒナミが牢獄送りにしたものもいる。
そういう者たちは彼女が入ってくるなり、恨みがましそうに睨みつけてくる。
睨まれても怯えることなく、ヒナミはお目当ての人を探す。
リアルの刑務所のように囚人服があるため、囚人と看守の区別はつく。ただそれでも人が多い。
牢屋の外にはいそうにない。となると牢屋の中だ。
入り口にいた看守に用件を伝えると、頷いて牢を開けてくれた。
リアルの刑務所なら少人数で牢屋が区切られるが、ここは巨大な牢屋に全員が閉じ込められている。
牢屋の中にいるのなら、この囚人達の中から探さないといけない。
中に入るなり、早速囚人たちが絡んできた。
「おいおい、こりゃあ『竜巫女』様じゃねぇか!みんな!歓迎してやろうぜ‼」
近くにいたガラの悪い囚人が声を上げると、ヒナミの周りをたくさんの囚人が取り囲む。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて、至近距離でヒナミを睨みつける。どう見ても友好的な態度じゃない。
「それでぇ、俺らをこんな薄汚ぇ小屋に閉じ込めた騎士団長様が何の用だよ?」
「あなた方に用件はありません。看守長はどこにいますか?」
囚人とはいえ同じ人間。ヒナミはいつもの礼儀作法を変えることなく尋ねる。
しかしその態度が癇に障ったのか、囚人達にの眉間にしわが寄る。
「ハッ!騎士団長様ともあろう人が、礼儀がなってねぇなぁ!タダでもの教えてもらおうってか?」
「知りたきゃ教えてやるよぉ。でも、代金はテメェの体で払ってもらうぜ」
ジロジロと体を眺められて、嫌悪感が湧き上がってくる。
「オラァッ!やっちまえ‼」
数で勝てると思ったのか、囚人達がまとめて襲い掛かってきた。
これは多少手荒でも抑えなければならない。
ヒナミはシルバリースケールを握り身構えた。
しかし
「ぎゃあぁッ⁉」
「ぐふッ⁉」
「ぐへぇッ⁉」
ヒナミが剣を引き抜く前に、目の前にいた囚人が三人まとめて後ろに吹き飛ばされた。壁に叩きつけられて倒れる。
その光景は囚人達にとって、どれほどの恐怖だったのだろうか。
全員の動きが止まり、吹き飛ばされた方を見る。
そこにいたのは一人の女性。紅く染まった警棒を握りしめて、こちらにやってくる。
「おい、アタシの犬小屋で何好き勝手やってるんだ?」
低い声が牢屋の中に響き渡る。
ヒナミも驚きつつ、彼女の名前を口にする。
「ゼルリアさん………」
「よっ。まったく………来るとは思ったが、わざわざここに来ることはないだろ」
若干呆れつつも、笑って髪をかき上げた。
彼女こそがヒナミの探していた人物。『奈落の牢獄』の看守長・ゼルリアだ。
「まぁいいや。それよりお前ら、ウチのリーダーに随分と手厚い歓迎してくれるじゃないか」
ゼルリアが警棒を振ると、吹き飛ばされた囚人達が、今度は磁石に引き寄せられる鉄のように彼女のもとに引きずられる。
「「「ぐあぁぁぁッ‼」」」
引っ張られて足元に這いつくばる男の腹を、ゼルリアは強く踏みつけた。
「がはッ‼︎」
「そんなに女に触りたいなら、アタシが触ってやるよ。その薄汚ぇ体の四肢から順に、食い千切ってやろうか?」
鋭い眼光が囚人達を貫き、心の底から恐怖させる。
警棒の先で体を撫でられ、男は真っ青になり震え上がった。
彼だけじゃない。それを遠巻きで見ていた者ですらも、有無を言わせぬ圧迫感に息を呑む。
ここにいる者は、大抵がゼルリアを恐れている。
「わ、悪かった!何もしねぇから、勘弁してくれ‼︎」
「フン、今日はリーダーと話があるし見逃してやる。けど、次舐めたマネしたら………全員懲罰だ。いいな?」
「は、はい………」
殺気に満ちた目で睨まれ、囚人達は大人しく頷いた。
ヒナミはゼルリアと共に牢獄を出る。
「相変わらず、ゼルリアさんはやり過ぎなところがありますね」
「ヒナミが緩いんだよ。あんなヤツら、剣で一発だろ」
「どんな人でもまずは対話からでしょう?」
「我が騎士団のリーダーはお優しいねぇ。それと、その堅苦しい言葉やめてくれって言ってるだろ?一応、立場上はヒナミの方が上なんだ」
ゼルリアはバーベナ騎士団の中にある牢獄管理のトップ。ヒナミが社長なら、中間管理職のようなものだ。
「歳上なんですから、大きな態度なんて取れませんよ」
「お堅いねぇ。それで用件ってのは、あの悪魔遣いのことかい?」
大きく伸びをして、ゼルリアは本題に入った。
「………はい。騎士団の者の何人かがやられたとか。ゼルリアさんが捕縛を担当すると聞きました」
元気を無くして俯くヒナミを見て、ゼルリアは戯けて笑った。
「何だい、アタシじゃ不安かい?」
「ち、違います!ただ、私も同行させて欲しいな、と………」
「ダンジョンのことは聞いたよ。上も承諾したんだ、お前が全部責任を感じる必要は無いさ」
「でも、私は、彼を………」
いつもははっきりとしたヒナミが言い淀んだ。
ダンジョンのことを気にしているだけで無いのは間違いない。
「なぁヒナミ。アタシも今回の任務があって、アイツのことは調べた。お前、アイツと随分やり合ってるんだって?何でそこまであの人殺しにこだわる?」
「それは………」
ヒナミは次の言葉を言いかけたが、その口を閉ざしてしまった。
真面目な彼女のことだ。ギルドに関して大事なことなら迷わず言うだろう。
それが黙るってことは、何かしら私的な想いがあるということだ。
そして騎士団長という立場上、それを周りに言えずにいる。
何となくだがゼルリアはそう判断した。
「まぁ、今回の任務は捕獲と事情聴取、躾までアタシに一任されてる。やり方も含めてな」
「それって………」
つまりベリアルをどう捕まえて、どこに引っ張ってくかは、全部ゼルリアの自由というわけだ。
「首輪つけてお前の前に引きずってくる時間くらいはあるさ。話はその時に好きなだけすりゃあいい」
「ゼルリアさん………」
「だから、お前はここで待ってろ。上のヤツがそんな顔してちゃ、下のモンも安心して働けないからな」
ニヤッと笑うと、ゼルリアはヒナミの頭をポンと撫でた。自分よりも大きな手に撫でられ、安心感から自然と笑みが溢れる。
「そンじゃあ、早速行ってくる」
「はい。ベリアル君のこと、よろしくお願いします」
「あぁ」
ゼルリアはヒナミに背を向けて歩き出す。滾る気持ちを表すように目を輝かせる。
「さぁ、悪魔狩りの時間だ」
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