第15話 狂喜

「ば、バカな!俺のシーカーラットが!」

 絶望に打ちひしがられるトランパ。彼の握るサーベルが、音を立てて砕ける。

 すると僕達を取り囲んでいた壁が光の粒子となって消滅した。

 契約者としての能力がなくなり、ダンジョンの構造が初期化されたようだ。これで無事に帰れる。

「おーい、ヒナミ。回復してくれー」

「くっ!わ、私も重傷なんですが………『クリアヒール』」

 地面に這いつくばるヒナミが僕も含めて回復してくれた。

 さすがにフル回復とはいかないが、体を動かす分には申し分ない。

「こ、こんなはずじゃ………俺は、もっと殺せるんだ。もっと、もっと………」

 譫言のように呟くトランパの言葉に、僕は眉を顰めた。

 コイツ、まさか………

「………何故だ、何故こんな女に力を貸す?ただのエサなのに!」

 トランパが僕を見上げて吠えた。

「たしかに僕達契約者にとって、他のプレイヤーはただのエサだ。でも、僕酸っぱいもの嫌いでしてね。殺すな殺すな口酸っぱく言う女は、僕の口に合わないんですよ」

「ベリアル君………」

 立ち上がったヒナミは僕と視線をかわすと、攻略隊の生き残りに声をかける。

「皆さん、ご無事ですか?」

「あぁ、しかし………!」

「おっとぉ、怖い怖い」

 ベルラーはキツい眼差しで僕を睨む。僕は肩をすくめてそっぽを向いた。

 どうやらぶっ飛ばしたのを根に持ってるようだ。

 ちゃんと死なないように手加減してやったんだから、あんまとやかく言われたくないんだけどな。

「ま、まぁ、彼も作戦のためにしたことですし、結果として元凶は倒せましたから。ここは治安維持のための作戦ということで、どうか許してあげてください」

「フン!それでそこの殺人犯だが、処遇はこちらで決めさせてもらおう」

 立ち上がったベルラーはトランパを見下ろした。

 脅威が去った途端に態度が大きくなったな。

 まぁ部下を殺されて、自分もあわや殺されそうになったのだ。やってやりたいことは山のようにあるだろう。

「彼が罪を犯したのはここ北方区だ。問題無いだろう」

「待ってください」

 ヒナミは、トランパの胸ぐらを掴んで立たせようとしたベルラーを止めた。

「彼を連れて行くのならば、その前に聞きたいことがあります」

「聞きたいこと?」

「はい。トランパさん、あなたはどのようにしてシーカーラットと契約したのですか?」

 やっぱり、ヒナミもまだ気にはなっていたようだ。

「今のあなたのレベルであのモンスターと契約するのは、そう簡単なことではありません」

 シーカーラットの詳しいスペックは分からなかったが、仮にもボスモンスターだ。コントラクトミッションの難易度は、モンスターのスペックに比例する。

 僕たちにあっさりやられるようなプレイヤーがミッションをクリアできるわけがない。

「しかもその上ダンジョンのボスモンスターと契約したとなると、ダンジョンの最奥まで行ったことになります。とても一人でできることではありません」

 まぁそうだろうな。

 基本的にダンジョンは複数人で攻略する前提で構成されている。

 僕も今回は元々一人でダンジョンに挑む予定だったが、行けるところまで行くつもりで、ボスモンスターまで倒すつもりはなかった。

 多勢に無勢というが、どんな強さを持とうとダンジョンを一人で攻略するのは至難の業だ。そんなことができるのはほんの一握りのプレイヤーのみ。トランパは間違いなく違うだろう。

「他に共犯者がいるのでしょう?あなたが買収した野盗は違うでしょうし、誰なのですか?答えてください」

 万が一抵抗した場合を考えて、ヒナミはシルバリースケールの柄に手を添えている。

 今彼は武器を持っていないし、嘘は言わないと思うが………

「フッ、ハハッ………」

 僕達が見守る中、トランパの口が歪み笑い声が漏れる。

「ハッ、ヒヒヒヒッ!アハハハハハハハッ‼︎」

「くっ!何がおかしいのですか!」

ヒナミが声を荒げても、トランパ狂ったように笑う。

「ハハハッ!そうだ………俺はまだ殺せる。こんなものじゃない、今ならまだ、もっと殺してやる。もっと、そうすれば………アハハハハッ!最高だなぁ‼︎」

 譫言のように呟いたトランパは顔を上げて、口の端を醜く歪ませた。

「ヒャヒャヒャア‼︎楽しみだなぁ、この先テメェらがどうなるか‼︎さぞ見ものだろうよ‼︎」

 喚き散らすトランパに、みんな言葉にできない恐怖を感じた。

「そんなに知りたきゃ教えてやるよぉ‼︎何で俺が力を手に入れたか、何で殺しをしようと思ったか、お前達の運命はぁ‼︎それは………」

 トランパの口から、その先を語れることはなかった。

 その前に、僕が口を封じたから。

 デモンズエッジを引き抜き、腰を落とし身構える。

「『バーサスクロー』」

 スキル発動と同時に地面を蹴り飛ばし、トランパの前にいたヒナミを横に突き飛ばす。

「きゃっ⁉︎ベリアル君、何を………」

 戸惑うヒナミを無視して、トランパの肩を掴む。

 手元に引き寄せ、彼の左胸に輝く刃を突き刺した。

「がはッ⁉︎」

 驚愕の声が吐き出され、みるみる内にトランパのHPが減少していく。

 誰にも聞こえない声で彼に囁く。

「すみませんね、その先を話されたら困るんですよ。彼女達はまだ、真実を知る時じゃない」

「て、テメェ………まさか、全部知って………!」

 自分の命が削れていく様子に目を見開き、僕を睨みつける。

 みんながショックで固まる中、ヒナミだけは僕を止めようと手を伸ばす。

 HPがレッドゾーンに入った。トランパは最後の抵抗とばかりに、僕を突き飛ばして刃を抜こうとする。

 その前に突き刺したナイフを捻った。

「ぐッ‼︎」

「お前は、生きてちゃいけないんだよ」

 そして、HPが底をついた。

「嫌だ………お、俺は………もっと、殺して………」

 それが最後の言葉となった。

 トランパの体がポリゴンとなって砕け散る。

 人が殺された。その事実が重苦しい空気を漂わせる。

 立ち上がり刃を袖で拭う。

「そんな………ベリアル君、何してるんですか⁉︎」

 地面に手をつき、真っ青になったヒナミが叫ぶ。

「人を殺した。それだけ」

「彼はもう戦闘能力を失っていました‼︎攻撃する必要は無かったはずです‼︎」

「あったさ。彼が生きてたら僕は生き残れない、だから殺した。というか、何のために僕がここまてま必死に戦ったと思ってるの」

「………あなたは、人を救うために戦ってくれたんじゃないんですか?そう信じたから、力を貸したのに!」

「『生きるためなら裏切るのは当たり前、信じる方が馬鹿』。数分前に言ったばかりなのに、学習しないねぇ」

 ダンジョンのマップを開いて、戻った通路から出口を探す。

「それじゃあ、目的も果たせたし僕はこれで」

 帰ろうとした僕の前に白銀の刃が突き付けられた。

 立ち上がったヒナミは、シルバリースケールを引き抜き構えている。

「私は今回、あなたに対しての監督責任があります。あなたが犯罪行為を行うのならば、この場で連行します」

「できるかなぁ。グリモワール、その男を捕まえろ」

「ア゛ァァァァッ‼」

 僕の指令を受けて、グリモワールは近くにいたベルラーを掴んだ。

「や、やめろ!うわあぁぁぁっ⁉」

 元々疲れていたうえに、グリモワールとのレベルの差は歴然。抵抗も虚しく大きな手に捕まってしまった。血走った目がベルラーを捉える。

「力使いすぎたからな、食っていいよ」

「ガアァッ………!」

「ひぃぃっ‼」

 大きな口を開けて、鋭い牙を覗かせた。

 悪魔の牙が目の前に迫り、ベルラーは恐怖に震えあがった。

「やめてください‼」

 叫んだヒナミは、怒りに震えながらもシルバリースケールを鞘にしまった。

 ヒナミがその気になれば、ホーリードラゴンを突撃されて助けることもできるだろう。

 しかしモンスターを動かすにはボイスコマンドとして指令を出さなければならない。その隙に食べられる可能性は十分にあり得る。

 お人好しのヒナミが、そんな危険な賭けに出るわけがない。

「いい子だ。グリモワール、放してやれ」

「グゥッ!」

「ぐはっ!」

 ベルラーを地面に叩きつけ、僕とグリモワールは『転移の羽』でダンジョンから立ち去った。




 中央区 中央治安維持局局長室

 質素ながらも趣向を凝らした作りの部屋の扉が叩かれた。

「入りたまえ」

 中にいた男の言葉が終わる前に、扉が開かれた。

「邪魔するよ」

 ズカズカと入ってきたのは看守のような出立ちをした、二十代前後の女性だ。

 白いシャツの上から紺色のジャケット、下もお揃いのズボンを履いている。

 首に巻かれた赤いネクタイはだらしなく緩んでおり、その下には鎖を模したようなチョーカーが輝く。

 赤いメッシュにカスタマイズされた長い黒髪は、動きやすいように結えられている。その上には、警官帽が少しだけ傾いて乗っていていた。

 最も目を引くのは、腰から提げられている警棒だ。

 鈍い光を放つ警棒は短く収納されているが、現実のものとは違い赤黒く染められて威圧感を放つ。

 そのグリップの先には、犬の頭が三つ描かれている。

 ベリアルやヒナミの武器と同様、モンスターとの契約によって手に入れた武器にある、モンスター固有の紋章だ。

「ノックをしたのなら、許可が出るまで待って欲しいものだね」

「こりゃ失礼。そんなら、入るところからやり直すかい?」

「構わないよ、今更だ」

 悪びれる様子もなく謝ると、女性は大きく伸びをする。

「ったく、急な呼び出しは勘弁してくれっての。こちとら狂犬共の世話で忙しいんだ」

「すまないね。どうしてもすぐに伝えなければならない任務ができたんだ」

「アタシに任務?また新しい狂犬の世話しろとかか?」

「半分正解だ」

 椅子に座った男はメニュー画面を開くと、メッセージボックスの中から、一番上にあったメッセージを表示する。

「北方区に新しくできたダンジョンのことは知っているかい?」

「あぁ、あの奇妙なダンジョンか。たしか、ヒナミが調査の支援に行ったんじゃなかったか?」

「そうだ。先程彼女から連絡があった。そのダンジョンの奇妙な現象は全て、一人のプレイヤーによる人為的なトラップ、つまりPKだと分かった」

「PK?ダンジョンを使ってか?」

 驚きに女性は首を傾げた。

「あぁ。これは前代未聞だ、全プレイヤーに警告を発する必要がある」

「だな。でも、それでこのメッセージ送れてるなら、アイツは無事ってことだろ?」

「無事どころか、そのダンジョンをクリアしたそうだ。PKプレイヤーも捕縛したらしい」

 ヒナミの強さは治安維持局だけでなく、ほとんどのプレイヤーにとって周知の事実。心配するだけ無駄というものだ。

「さっすが騎士団長。そんじゃ、あとはアタシがそのバカタレを調教すりゃいいのか」

「そのつもりだったんだがね。そのPKプレイヤーが死んだらしい」

「はぁ?まさか、ライラック騎士団の連中が殺したんじゃないだろうね?」

「いや、実は今回ヒナミ君の護衛を頼んでいた二人が、現地で問題を起こして送還されたんだ」

「えっ?それじゃあ、ヒナミが一人でダンジョン攻略しちまったのかい?」

「最後まで話を聞いてくれ。実は彼女が護衛の代わりに一人のプレイヤーをスカウトしてね。犯人を殺したのはそのプレイヤーだ」

「ありゃりゃ、人選ミスったねぇ。ってか、そのプレイヤーって誰なんだい?」

「あの『悪魔遣い』だ」

「はぁっ⁉︎」

 平然と話を聞いていた女性も、こればかりは声をあげて驚いた。

「彼のことは知っているかな?」

「この世界に知らないヤツいないだろ。それに、『犬小屋』にいれば嫌でも名前を聞くさ。アイツを恨んでるヤツらなんかゴマンといる」

 悪魔の力を使い、たった一人で何人ものプレイヤーを殺してきた極悪人。

 ターゲットは普通の戦闘職のプレイヤーはもちろん、PKプレイヤーや職人クラスのプレイヤーと幅広く、レベルもまばらで一貫性がない。

 この世界最凶とも言える無差別殺人犯だ。

「何でヒナミはそんなヤツ仲間にしちゃったんだか………」

「詳細は彼女が帰ったら聞くさ。それで君への任務なんだが、彼を捕まえて欲しいんだ」

「へぇ、アタシをシャバに出してくれるのかい。たまにゃ粋な計らいをしてくれるじゃないか」

 これまでベリアルの能力と行動理由が不明だったため手は出さないでいた。

 しかしこれ以上騎士団の任務の邪魔をされては困る。多少危険でも実力行使に出るべきだ。

「彼のようなプレイヤーを団結して取り締まる。それが治安維持局の本来の役目だ。頼めるかな、ゼルリア君」

「ハッ、任せな」

 ゼルリアと呼ばれた女性は鼻で笑うと、腰に提げた警棒を掴んで振るう。

 伸びたシャフトを舐めると、野生味溢れる鋭い目を光らせた。

「イキってる野良犬には首輪つけて、ちゃんと躾けてやるさ」

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