第14話 合わせ技

「『バーサスクロー』!」

「『ブレスプリュフィケーション』!」

 僕とヒナミは武器を振るい、目の前のモンスターを薙ぎ払った。

「ア゛ァァァ──────ッ‼︎」

「グルアァァ──────ッ‼︎」

 グリモワールとホーリードラゴンもブレスを放ってモンスターの群れを焼き払う。

 しかしモンスターは減ることなく次々と湧き上がってくる。

「行け行け行けぇッ!ヤツらを皆殺しにしろ‼︎」

 モンスターの大群の向こうでは、激昂したトランパが大声で喚いている。

「くっ、やぁっ!これじゃキリがありません!」

「ダンジョンを操る能力を持ってるのはシーカーラットだ。ヤツを倒せばダンジョンクリア、全部終わる」

「そんなこと言っても、これじゃ近づけません!」

「まぁそうだよな」

 次々湧き出てくるモンスターが動かないシーカーラットを守っているため、こっちからは攻撃出来ない。

「しかし、この能力も結局は契約者の力。それならばいずれは代償を払わなければいけないタイミングが来ます。そうすればモンスターは止まるのでは?」

「いや、それは期待しない方がいいな。見てみな」

 僕はシーカーラットを指差した。

 シーカーラットはその場を一歩も動かない。しかし何もしていないわけではなかった。

 目の前にいるモンスターを操り大人しくさせて、捕まえ食べている。

「あぁやって代償を与えてる。たぶん倒さない限り永久にこれ続くな」

「何ですかあれ⁉︎自分で召喚したモンスターを数匹食べて、能力使える分の代償まで払えるなんて。そこは等価交換でしょう!理不尽です!」

「そんなの今更でしょ」

 この世界じゃ人殺しが優遇される。人を殺せば強い武器を手に入れ、高い経験値を得られる。

 このボスモンスターとの契約の仕組みがPKとして設定されたものなら、ゲームバランス崩壊の優遇も当たり前だろう。

 もっとも、こっちもグリモワールがモンスターを捕食してるから、代償は気にする必要はなさそうだ。

 ただ全てを倒すとなると、こっちの体力がもたない。

「こうなったら、多少無理をしてでも………ホーリードラゴン!シーカーラットに突撃してください!」

「グルアァァァァッ‼︎」

 ブレスで障害となるモンスターを焼き尽くすと、ホーリードラゴンはシーカーラットに真っ直ぐ突っ込んだ。青白いエフェクトが体を包む。

 しかしシーカーラットに到達する前に、他のモンスターがホーリードラゴンに群がり攻撃を受けた。おかげでシーカーラットは無傷だ。

「グルルッ!」

「そんな!モンスターを盾に………!」

 ここはきっと、本来であればレベルの低いダンジョンなはずだった。最初にいたモンスターからして間違いない。

 それが人の手が加えられることで、ここまでの脅威になるのか。

「ギャハハハッ!いいぞ!お前達はもう死ぬしかないんだよ!」

 狂ったように笑うトランパに、僕は唇を噛んだ。

 それでもモンスターは増え続けている。手を止めれば、あっという間にモンスターに囲まれてしまう。

「あぁ、堪らねぇ………やっぱり人殺しは最高の娯楽だぁ!ギャハハハハッ‼︎」

 どうする、どうすれば………

「ベリアル君!」

 モンスターを斬り捨てたヒナミが、僕と背中合わせになって身構える。

「このままではいずれこちらが不利になります。何か策はありませんか?」

「今考えてる」

 とはいっても、相手のスキルも分からないのだ。対策を立てることもできない。

「いつもの呪いで何とかなりませんか?」

「やれるならとっくにやってる。こうもモンスターが多いんじゃ無理なんだよ」

『デモンクルーズ』は、僕を中心に近くにいるヤツから攻撃対象になる。

 しかもそれは一定範囲内のヤツ全部って決め方じゃなくて、一定の個体数で決まる。おまけにプレイヤーは任意で対象から外せるが、モンスターは出来ないのだ。

 そして一度対象を決めたら、対象を変更するにはスキルを解除するしかない。

 だからシーカーラットまで巻き込んで麻痺させようとすると、ここからじゃ先に他のモンスターが対象になって上限が来る。

 つまりシーカーラットを麻痺させるには、ヤツに近づかないといけない。

 近づくには………そうだ!

「ギャアァァァッ‼︎」

「ひぃッ!た、助けてくれ!」

 遠くから悲鳴が聞こえてきた。

 増え続けるモンスターに、攻略隊の一人が襲われている。

「危ない!ホーリードラゴン!」

 ヒナミは咄嗟に叫んだ。

 ホーリードラゴンはモンスターに体当たりして退ける。ヒナミが襲われていた隊員をその場から逃した。

「大丈夫ですか?早く逃げて」

『ガアァァァッ‼︎』

 ヒナミがしゃがみ込んだ隙に、モンスターの大群が彼女に飛びかかる。

「はぁ………グリモワール!」

「ア゛ァァァッ‼︎」

 グリモワールは尻尾をしならせて、真っ直ぐ前に飛ばした。

 鋭利な刃物となってる尻尾が、モンスターをまとめて貫く。真っ赤なポリゴンが散らばった。

「あっ、ベリアル君………」

「まったく、人を守るのは自分の身を守れるようになってから。常識でしょ?ほら」

 手を差し伸べると、ヒナミは唇を尖らせる。

「あなたに心配される筋合いなありません」

 そう言いながらも僕の手を掴んだ。立ち上がり、増えていくモンスターに顔を顰めつつも剣を握る。

「それで、作戦は?」

「一つだけ思いついた」

「本当ですか⁉︎」

「あぁ。さっき使った『シャドウスニーク』でシーカーラットにギリギリまで近づく。そうすれば攻撃できる」

「待ってください。ダンジョンの分厚い壁一枚を越えるのでやっとだったのでしょう?肉薄は難しいのでは?」

 たしかに『シャドウスニーク』の有効距離は短い。

 限界まで近づけても、今の距離の半分がせいぜいだ。モンスターが二十体くらいは盾になるだろう。

 しかも発動に時間がかかるから、連続使用は出来ない。

 でも『デモンクルーズ』の範囲には収まる。

「近づいたら僕が麻痺させる。そしたら他のモンスターごとトドメを刺す」

「無茶です!相手はボスモンスターですよ?いくら契約者とはいえ、他のモンスターと共に一撃で倒すのは不可能です」

 迫ってくるモンスターを薙ぎ払い、シーカーラットのいる遠くを眺めた。

 攻撃スキルは複数対象に攻撃する範囲攻撃もあるが、十体も倒せるほどのものはそう無い。

「だから僕とヒナミ、お互いの最大出力の攻撃技を合わせる」

「合わせる?それで倒せるのですか?」

「さぁな」

「さぁなって………」

 僕はシステムエンジニアじゃないんだ。どうやれば倒せるかなんて、戦うことでしか分からない。

「グリモワールとホーリードラゴン。アイツらの能力は相対してる。RPGの鉄板に、相反するエネルギーを合わせると攻撃力が増大するってのがあるんだよ」

「熱した油に水を垂らすようなものですか。たしかに現実的に考えれば威力は上がりそうですが、これはゲームですよ?全ての現象は、システムが設定していなければ起きません」

 そうだ。プレイヤーのスキルも、あらゆる自然現象も、僕達の活動でさえも、全てシステムが設定しているから出来る事だ。

 逆に言えば、いかに現実的であろうとも、システムが設定していなければ起きることはない。

 合わせ技も威力の増大も、運営が設定したかは僕にも分からない。

 でも………

「何となく分かるんだよ。たぶん出来る」

「何故そう言い切れるんですか?」

 訝しげな目を向けるヒナミに、僕は思わず笑ってしまった。



「ハッ………僕も運営も同じ、人殺しだからな」



 どんな事情があれ、どんな目的があれ、人を殺すような外道なんてみんな同じだ。

 自分のために人の命を奪う。それしか考えないようなヤツらだ。

 だから分かる。運営のヤツらが、人殺しに使える手段を組み込んでいないわけがない。

「人殺しの勘、信じてみろ」

「はい、ベリアル君を信じます」

 ヒナミに迷いは無かった。真っ直ぐ僕を見て頷く。

「しかし、無理矢理攻撃力を底上げして、私達は無事で済むのでしょうか?」

「はぁ?そんなわけないでしょ、百パーセント反動が来る」

 あらゆるスキルは一定のステータスに達して得られるものだ。

 例えば膂力をロクに上げてないプレイヤーがフルプレートの重いアーマーを着れば、当然体が動かなくなる。

 自分の身の丈以上の力を使おうとすれば反動が来る。

 何故かその辺はリアルなんだよね、このゲーム。

 だから、自分が繰り出してギリギリ反動が来ない攻撃スキルを、無理矢理強力にすればどうなるか………

「良くて重傷。悪ければ………死ぬかな」

「ですよね………」

 ゲーム内でもトップレベルの強さを誇るグリモワールとホーリードラゴン。ヤツらの相対するエネルギーをぶつけ合って、無事で済むわけがない。

 さすがにヒナミもその辺りはちゃんと理解していたようだ。

 それでも彼女は臆することなく、シルバリースケールを握りしめる。

「何してるんですか?早く構えてください」

「ヒナミ………」

「私は戦うと決めた日から、いつでも命をかける覚悟です」

 命懸けの戦いだというのに、ヒナミは僕に笑ってみせた。

 ただの綺麗ごとでも、愉悦に浸ってるわけでもない。 

 誰かのために本気で命をかけて戦う。まるでそれが自分の運命かのように。

 そんな彼女の笑顔に、不思議と僕の心が高揚した。

「はぁ………はいはい、分かりましたよ」

 ため息をついて、僕は遠くにいるターゲットを見据える。

「同じタイミングで攻撃するよ。少しでもズレたら、ただの連携攻撃と判定される」

「分かりました。ホーリードラゴン!モンスター達の足止めをお願いします!」

「グリモワール、援護を頼む」

「ア゛ァァァッ‼︎」

 僕達の前に飛んできたグリモワールが、襲ってきたモンスター達をブレスで焼き払った。

 僕達全員が炎に照らされて、足元に影ができた。

「『シャドウスニーク』!」

 デモンズエッジを自分の影に突き立て、転移の窓を歪ませて開いた。

「行きましょう!」

「ちょ、おい!勝手に行くな!」

 僕達は一斉に影に飛び込んだ。そして一気にシーカーラットに近づく。

「何ッ⁉︎」

「『デモンクルーズ』」

「がぁッ⁉︎」

「ギュルルッ⁉︎」

 トランパとシーカーラット、両方が驚いた瞬間に麻痺の呪いをかけた。

 周りのモンスターを含めて動きが固まる。

「今だ!」

「はい!」

 僕達は一斉に駆け出す。

 目を合わせてしないのに、ヒナミがいつ何をするかが分かる。

 そりゃそうだ、いつも本気で戦ってるんだから。敵がどう動くのか、嫌でも体に染み付いている。

「『ブレッシングスパーク』!」

「『マッドネスアビス』!」

 シルバリースケールから眩い光が迸り、デモンズエッジを禍々しいモヤが包み込む。

 ヒナミのスキルは見たことのないヤツだった。まだ隠し玉があったのか。

 僕のスキルは『マッドネスアビス』。腐食の呪いを纏った刃を僕の生命力でブーストする。突進型で二十連撃の攻撃スキル。

 凄まじい威力を誇るが、その代償としてHPは大幅に減るし、使った後しばらくは動けなくなる。

 だから今までヒナミ相手でも使ってこなかった。でも………

「「やあぁぁッ!」」

 僕達の刃が、目の前にいたモンスターに突き刺さった。そのまま無理矢理押し斬ることでシーカーラットの腹に突き刺さる。

 バチバチバチッ‼︎

 その瞬間、それぞれのスキルのエネルギーが合わさり弾けた。

「ぐっ!」

「きゃっ!」

 弾けるエネルギーは発動している僕達にも及んだ。

 やっぱり反動が来るか。しかも想像以上に強い。

 体が吹き飛びそうになるが、前のめりになり耐える。

「ギュルァァァ─────ッッッ‼︎」

 さっきまでフルゲージだったシーカーラットのHPが一気に削れた。

 よろめいて体勢を崩したシーカーラットに、僕達はさらに追い討ちをかける。

 障害となるモンスターもまとめて斬り伏せていく。

「はぁっ!くっ!たぁっ!」

「ふっ!よっ!やぁっ!」

 白と黒の光の残像がいくつもシーカーラットに走っていく。

 一太刀浴びせるごとに、僕のHPバーが減少していく。少し遅れて反動が襲って、またHPが削れる。

 それでも、止まらない。もっと強く、もっと速く。

 ボスモンスター特有の三本のHPバーの内、二本は空になった。残り僅かだ。

 でも僕のHPバーもレッドゾーンに入り、体が痺れてきた。

「ぐっ!」

 しまった!

 一瞬の麻痺が、僕の動きを遅らせる。ヒナミとの動きがズレて、刃が同時に届かない。

 必死に取り戻そうとしても、体の動きは鈍くなるばかりだ。

 せっかくここまで上手くいったのに、このままじゃ………!

 その瞬間、僕の手が温かい感触に包まれる。



 ヒナミだ。ヒナミの手が僕の手を握っている。



「ベリアル君!」

 握った僕の手を引っ張って、自分の元まで引き寄せた。

 よく見ればヒナミのHPは僕よりも低くなっている。反動だけじゃない、ヒナミも自分の命削って戦ってるんだ。

 長い黒髪がなびき、頼もしい視線は敵に真っ直ぐ向けられている。

「二人で、一緒に………!」

「………あぁ!」

 これで、最後だ!

「「はあぁぁぁぁ──────ッッッ‼︎」」

 最後の一撃が、シーカーラットに突き刺さる。二色のエフェクトが混ざり合い、部屋中を染め上げる。

 シーカーラットの体を駆け巡ったエネルギーが、ヤツの耐久力の限界を越えて僕達の中に流れ込んできた。

「ぐっ!ぐあぁぁぁ──────ッ‼︎」

「きゃあぁぁぁ──────ッ‼︎」

 耐えきれなくなった僕達は吹き飛ばされて、壁に叩きつけられた。

 霞む意識でシーカーラットにカーソルを合わせる。

 三つあったHPバーは………全て消えていた。

「グッ、グギュゥッ‼︎ギュルアァァァ──────ッッッ‼︎」

 もがき苦しむシーカーラットの体がブレた。体が薄れ、ポリゴンとなって砕け散る。

 何とか、倒せたのか………

「がはっ!くっ………!」

 視線を自分のタグに向けると、HPは残り数ミリ。微かに目視出来る程度だが、辛うじて助かったようだ。

 そうだ………

「ヒナミ………どこだ?」

 麻痺のせいで体が思うように動かず、視野の確保もままならない。

 まさか、今の反動で死んだんじゃ………

「ベリアル、君………」

 背後で声がした。

 重い体を何とか動かして振り返る。

 そこにいたのは、僕と同じように地面に這いつくばっているヒナミだった。

 彼女もまたHPが残り僅か。奇跡的に助かったようだ。

 僕と目が合うと、ヒナミは嬉しそうに笑った。

「何とか………生き延びたようですね」

「………あぁ、無様にな」

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