第13話 裏切り

「はぁっ!」

「くっ、やぁっ!」

 ヒナミに襲いかかった僕は、壁際まで一気に追い詰めた。しかし素早く身を翻して逃れると、シルバリースケールを突き出した。

 迫り来る刃をデモンズエッジで弾き、逆に彼女目を突き刺そうとする。

 その腕を掴んだヒナミは軽い身のこなしで捻った。僕に膝をつかせて身動きを止める。

「ぐっ!へぇ、体術スキル上げてたんだ。意外」

「ベリアル君、ふざけてる場合じゃないんです。何か事情があるなら言ってください!私が合わせますから」

「買い被ってくれちゃって、嬉しいねぇ。でも………」

 腕を捻っているヒナミの手を掴み、身体ごと後ろに押した。一瞬怯んだ隙に拘束を解き、彼女を蹴り飛ばす。

「ぐはっ!」

 まだ迷いがあるようでヒナミは対応できなかった。後退しよろめく。

 すぐに反撃しようとするが、その前にギリギリまで近づきデモンズエッジでニ連撃をお見舞いする。

「きゃっ!」

 初級ソードスキル『ツインスラッシュ』だ。威力は微妙だけど、今はこれしかない。

 それでも急所を突けばそれなりのダメージは通る。

 HPを二割削られて倒れたヒナミの腹を踏みつけ、上から見下ろす。

「生きるためなら裏切るのは当たり前。信じる方が馬鹿ってモンだ」

「がはっ!そんな………」

「生温い気持ちで生きようなんて、甘いんだよ。大人しく死んどきな」

 踏まれながらも、ヒナミは諦めずに僕の足を掴む。

「私はまだ、死ねません!はあぁっ!」

「おっと!」

 力任せに僕を押し退けると細剣を握り直した。

「私の使命は人を守ること。それを果たすまで死ぬわけにはいきません!」

 僕達に剣を向けて、ヒナミは一歩も引かない。

 そんな彼女のトランパは手を差し伸べる。

「ねぇねぇ、あなたも俺の方ついてくださいよぉ。俺ら契約者にとって、他のプレイヤーなんかエサみたいなものでしょ?一緒に殺しましょうよ」

「私は誰も殺しませんし、誰も殺させません!」

「うわ、マジメ〜。引くわ〜」

 ヒナミは馬鹿にされてもなお、毅然とした態度を崩さない。

 紫色に輝かせた剣を水平に構えると、再び立ち向かってきた。一定の距離を保ちつつ剣撃を放つ。

「『ブレードスティング』!」

「ぐあっ!」

 リーチでは圧倒的にヒナミが有利だ。それを分かっているのか不用意には近づいてこない。

「ふっ、はぁっ!」

「ぐっ!」

 僕が攻撃に怯んだタイミングで、攻略隊の生き残りが立ち上がった。

「お、俺達もやるぞ!」

『おぉっ‼︎』

 ヒナミのおかげで回復した彼らは、剣を握り立ち向かってくる。

 四、五人程度だが、連携は悪くない。とはいえ、レベルは僕の方がずっと上だ。多少の攻撃なら余裕で耐えられるし、そもそも当たりもしない。

 二人の攻撃を避けて蹴り飛ばすと、残りは武器を握る腕を刺し腹を斬った。

「ぐふっ!」

「ぎゃあっ!」

「ぐあっ!」

 一応死ぬようなスキルは使ってないが、それなりのダメージは与えられた。

「ベリアル君、やめてください‼︎」

 守ろうとした人を傷つけられ、ヒナミは体に鞭打ち駆け出す。

「やあぁッ‼︎」

 ソードスキルを発動させると、スピードパロメーターマックスの速度で突っ込んできた。

 さすがに避けきれず、僕のHPが一気にオレンジになる。

「ぐっ!」

「これ以上戦うと言うのなら、あなたとはいえ容赦はしません」

「ハッ、甘ちゃんにできるかな?」

「それが私の使命なら!」

 どうやら意地でも止めるみたいだ。ヒナミは細剣を振るい突き出した。

「ほいっとぉ」

 その瞬間、僕達の間にトランパが割って入ってきた。彼の手には派手な宝玉や鎖のついたサーベルが握られている。

 あれが、このダンジョンのボスモンスターとの契約の証。

「すいませんねぇ。何だか分が悪そうだったんで割り込んだッスけど、邪魔でしたか?」

「いや、ナイスタイミングでしたよ。ついでに一つお願いしてもいいですか?」

「ほぉ。何か考えでも?」

 僕は向かい合うヒナミとライラック騎士団の面々を眺めて、トランパに小声で話しかける。

「あなたのモンスターをここに召喚して気を逸らしてください。そしたら一瞬でいい、モンスターの力を使えるようにしてほしいんですよ。それで一気に殺します」

「なるほどぉ。いいですけど、向こうも能力使えるようになるんスから、一発で頼みますよぉ」

「僕が出来ないとでも?」

「冗談ですよぉ。それじゃあいきますよ!来い、シーカーラット!」

 トランパがサーベルを掲げると、眩い光を放った。

 光が収まると、僕達の目の前には熊の二倍以上はある巨体を持つネズミがいた。

 ゴワゴワとした茶色い毛、その上からボロ布を纏っている。上顎からは丈夫そうな長い鋼の牙が二本伸びており、四肢の先から伸びる爪や尻尾も鋼のようだ。

 一番特徴的なのは右の前脚に巻かれたバンダナと左目を隠している眼帯だ。

 名前は『シーカーラット』。他のモンスターとは違い、HPバーが三本ある。

 大人数で倒すこと前提であるボスモンスターの特徴の一つだ。

「ギュアァァァ────────ッ‼︎」

 自分達を見下ろすネズミの咆哮に、ヒナミ達は咄嗟に後退し身構えた。

「こ、これが………このダンジョンの、ボスモンスター………?」

「こんなの、俺達には無理だ‼︎」

 カーソルを合わせれば、このモンスターがどれほどのレベルかは分かる。

 圧倒的な戦力差に騎士団の面々は慄いた。

「ギュルルルッ‼︎」

 そんな騎士団に向けて、シーカーラットは身を翻し鋼の尻尾を振るった。

「危ない!」

 咄嗟にヒナミが間に入り、シルバリースケールで攻撃を防ぐ。

 ホーリードラゴンの力が使えなくても、プレイヤー内トップレベルの強さは変わらない。

「やぁっ!」

 騎士団を後ろで庇いつつ、尻尾の攻撃を弾き反撃に出る。

「おっと、させないッスよぉ」

 シーカーラットに続いて、トランパ自身も攻撃に出た。サーベルを振るいヒナミに襲いかかる。

 ボスモンスターに加えて契約者の攻撃は一人ではさすがに耐えきれず、押され気味になってしまう。

「ギャアァァッ‼︎」

 トランパの猛攻にシーカーラットの爪の攻撃を喰らい、ヒナミは吹き飛ばされた。HPがオレンジゾーンに入る。

「きゃあっ!」

「さぁ、今ですよぉ」

「えぇ」

 トランパの合図に、僕はデモンズエッジを構えた。

「『テクニカルジャミング』」

 握るナイフが赤黒く輝く。どうやら本当に使えるようにしてくれたようだ。

「はぁっ!」

 弱っているヒナミに向けて一直線に駆け出した。

「ッ⁉︎」

 僕の攻撃に気がつくも、ヒナミは攻撃を受けた麻痺により動けない。

 血の色に染まった刃がヒナミの目の前に迫る。



 次の瞬間、僕はヒナミの背後の壁を蹴って方向を変え跳び上がった。目の前にいるのはシーカーラットだ。



「よっと!」

「ギュアァァァ──────ッ⁉︎」

 ギョロッと蠢く右目にデモンズエッジが突き刺さり、シーカーラットは耳障りな叫び声をあげた。

「何ッ⁉︎」

 シーカーラットの目からナイフを抜き跳び降りると、混乱しているトランパを蹴り飛ばす。

「ぐへぇっ⁉︎」

 トランパは吹き飛び、今度は彼が壁に叩きつけられた。

「ベリアル、君………?」

「まったく、隙突くの楽じゃないんだし、もうちょっと耐えてくれよ」

 困惑しているヒナミ見下ろしため息をつく。

「ぐっ!お、お前………どういうつもり、ですか?」

 手をついてトランパは何とか立ち上がった。

 へぇ、今のですぐに動けるとは、さすがレアモンスター契約者ってところか。

「別に。言ったでしょう、生きるためなら裏切るのは当たり前、信じる方が馬鹿。それはヒナミだけじゃない、あなたも同様」

「馬鹿な………俺と組めば、確実に生き残れるものを!」

「モンスターの力が使えなければ、ね。使えるようになれば片方は契約者が二人、もう片方は一人。となれば、社会的地位のあるバーベナ騎士団の騎士団長についた方がいい」

 元々ヒナミと組むことにした理由の半分はそれだ。

 勝率が低くなったから裏切っただけだし、元に戻ったならヒナミと組み直すのは当たり前だ。

「だ、だったら、もう一度使えなくしてやる‼︎シーカーラット、コントラクトスキルを使えなくしろ!」

 トランパが喚くと、僕は身構えた。

「『バーサスクロー』」

 振るったナイフから光が放たれ、シーカーラットに直撃した。

「ギュルルッ‼︎」

「な、何故だ!何故能力が使える⁉︎」

 攻撃を受けてよろめくシーカーラットに、トランパは驚愕の目を向けた。

「あぁ、すみませんが、もうシーカーラットはモンスターの能力を封じれませんよ。僕が呪ったので」

「呪った、だと?」

「『テクニカルジャミング』相手のスキルを封じるコントラクトスキルですよ」

 もっとも、封じられるのは一分以内に使用された技一つのみ。しかもかけた相手が逃げる、つまり一定以上離れれば効果は解けるけどね。

「まさか………最初からそのつもりでこっちについたのか⁉︎」

「そうだと言って、あなたは信じますか?」

 僕が笑うとトランパは悔しそうに顔を歪めた。

「ってわけで、いつまで這いつくばってるの?とっとと起きなよ」

「ベリアル君………」

 後ろを振り返りしゃがむと、ヒナミに手を伸ばした。ヒナミも手を伸ばす。



 その伸ばした手は僕の頰を掴み引っ張った。遠慮なく思いっきり。



「あ゛ぁぁぁ────ッ‼︎痛いいひゃい痛いいひゃい痛いいひゃい痛いいひゃい‼︎」

 センスライザーは一定以上の痛みは抑制されるため、基本的に戦いで痛みは感じない。

 ただ逆に言うと一定以下の痛みは感じるわけで。まさにこれがそう。

 ヒナミの手を引き剥がすと噛み付いた。

「ったく、何するんだよ‼︎」

「それはこっちのセリフです‼︎最初に作戦があるならあるって言ってください‼︎本気で裏切られたと思ったじゃないですか‼︎」

「ヒナミは嘘つけないだろ。教えたら意識しすぎてすぐにバレる」

「だからって裏切っていい理由にはならないでしょう!攻略隊の人達まで傷つけて!」

「人を信じれば裏切られ傷つく。いい勉強になったでしょ」

「なるわけないでしょう!おかげでHP半分近く削られたんですが!」

「それはお互い様でしょ………」

 僕もボロボロだっての。本気でやりやがって。

 キッと睨むヒナミだったが、表情を隠すように俯いて僕の袖を掴む。

「でも………ベリアル君のこと、最後まで信じてよかったです」

「………信じてたなら、もうちょい手加減してくれよ」

 冗談めかして言うと、ヒナミの肩をポンと叩いた。

「ギュアァァァッ‼︎」

 倒れたシーカーラットが起き上がり叫んだ。

「お、お前………絶対に許さねぇ‼︎」

 さっきまでの余裕ぶった言葉を捨てて、トランパは牙を剥いて睨んでくる。

「どうやら、反省会はまた後で、だな。ヒナミ、回復して」

「今度また裏切ったら、問答無用で牢屋行きですからね」

 恨み言を言いながらも、ホーリードラゴンの力で自分と僕のHPを回復してくれた。

「僕は生きるために裏切る。裏切られたくないなら、それ相応の力を見せてみな」

「言われなくても、そのつもりです!」

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