第12話 手組む

「あなたは………アイテムショップの、何故ダンジョンに………」


 ついさっき会ったばかりの男が目の前に現れて、ヒナミは驚きで硬直する。

「彼がこのダンジョンでプレイヤーを殺しまくった犯人だからだよ」

「そんな………」


 全員の視線が集まる中でも、トランパはニヤニヤと笑った表情を崩さない。

「どーも、『竜巫女』さん。それより、何で俺が犯人だって分かったんですかぁ?会ったのついさっきだけでしょう」

「簡単な話。ダンジョンを支配できると言っても、四六時中監視できるわけじゃない。でも確実に人を殺すには、ダンジョンに潜るヤツらに合わせた仕掛けを作る必要がある」


 万が一にもダンジョンが突破されたら終わりだし、そうでなくても逃げられてトリックが見破られたらそれまで。

 かと言って無駄に高難易度に設定したら人は来ないし、普通のダンジョンを装うならある程度は逃さなきゃならない。

 そうなればプレイヤーが潜るたびに作りを変える必要がある。強さはもちろん、何回ダンジョンに潜ったのかなんかも大切になるだろう。

 つまりどんなプレイヤーがいつ潜るか、それを知る必要がある。

 それが出来るのは、ダンジョンに潜るプレイヤーが必ず向かう場所に常にいる者。


「街一番の大きなアイテムショップなら、ダンジョンに潜るプレイヤーを全てとは言わずとも、ほとんど目にするでしょう?」

 実際二日目とはいえ僕やヒナミも向かったわけだし。あの店にはたくさんのプレイヤーがいた。

 適当に話しかければ、彼らの動向を知ることくらい造作もないことだ。

 放っておいたら、あそこにいた全員が犠牲になってた可能性もある。


「なるほどぉ。でもプレイヤーを見るだけなら、他のヤツらでも出来ますよぉ」

 トランパは今朝会った時とは違う、間伸びしたふざけたような口調だ。

「僕達が野盗のことを聞いた時に、あなたは契約者がいることを知っていた。でもその後会ったライラック騎士団の男は知らなかった。いつも街の巡回してる人が知らないことを、何故あなたが知っている?」


 ゲーム内最大勢力のギルドメンバーだ。この街の事情には誰よりも詳しいだろう。

 そんな彼が知らないことを、ただのアイテムショップの店員が知ってるなんて不自然だ。

 その理由は一つ。彼があの野盗達を買収したからだ。


「本当はある程度プレイヤーを見逃させて、野盗の存在を騎士団に見せつけるつもりだったんでしょうけど。その辺は上手くいなかったようで」

「あぁ………報酬払うの面倒だったから、盗った物は好きにしていいって言っちゃったのが良くなかったんですよねぇ。あの馬鹿共計画無視して片っ端から殺しやがって」

 あの野盗がやたら諦めが悪かったのも、バックにダンジョンのボスモンスターと契約した者がいたからだ。

 何かあったら助けてくれるとでも思ってたんだろう。


「それにしても、随分とあっさり認めるんですね。少しは否定するかと」

「いやいやぁ、職人クラスのプレイヤーがダンジョンにいる時点で怪しすぎだし、否定するだけ無駄でしょう?」

 あっけらかんとしているトランパに、拳を握りしめたヒナミが近づいた。

「本当に、あなたがやったんですか?モンスターを使って、大勢の人を殺して………一体何故?」

「何故って、この世界で人を殺すのに理由なんていります?ここで殺しても、俺が直接手下したわけじゃないですしねぇ。ゲームなんだし、気が向いたら殺す、そういうモンですよ」

「そんなの、ただの言い訳です!あなたのせいで、どれだけの人が死んだか………!」

「何アツくなってるんスか?この世界じゃ殺しなんて生きるための一つの手段、メシで肉食うようなものでしょう?」

「そんなこと………!」

「やめな。話すだけ時間の無駄だよ」

 激昂しているヒナミを止めると、トランパにデモンズエッジを向けた。


「動機なんてどうでもいいんですよ。とりあえずこのダンジョンを元に戻してもらいますよ。抵抗するなら力づくで、になりますが」

 僕とヒナミ、そして弱っているとはいえライラック騎士団も数名いる。人数差は明らかだ。

 確実に追い詰められているのに、トランパは余裕の表情だ。

「まぁまぁ、待ってくださいって。俺だってあなた方二人に無策で戦い挑んだりはしませんよぉ。何であなた方が来た時点で俺は逃げなかったのか。気になりません?」

「何か僕達に用でもあるんですか?」

「あなた達というより、あなたに用があるんですよ。悪魔遣いさん」

「僕に、ですか?」

 トランパはニヤニヤ笑ったまま、僕に手を差し伸べた。



「端的に言うとぉ、俺と手組みません?二人で殺しまくって、最後まで生き残りましょうよぉ」



『ッ⁉︎』

 周りの空気が一変し、みんなの視線が僕に集まる。

 一瞬言葉に詰まったが、僕はナイフを鞘に収める。

「………なるほど。二人でこのダンジョントラップをやっていこうと?」

「えぇ。お互い人殺し同士、仲良く出来ると思うんスけどねぇ」

「でも、それであなたには何かメリットあるんですか?」

「単純に戦闘力が欲しいんですよぉ。今はこんな雑魚ばっかですけど、長い目で見た場合高レベルのプレイヤーが来ることもありますから、その対策としてね」


 グリモワールをダンジョンに配置しろってことか。たしかにグリモワールなら、ある程度強いヤツも余裕で倒せる。


 僕が警戒心を解いたと思ったのか、トランパの口調が饒舌になる。

「あなたのことは知ってますよぉ。生きるために見境なくプレイヤーを殺す。そのために常にそこにいる騎士団に追われる身。その辛さお察ししますよぉ」

 まるで僕をずっと観てきたかのような口ぶりだ。一歩こちらに歩み寄り距離を縮める。


「でもここにいれば安心。わざわざ襲いに行かなくても獲物は向こうから来てくれるし、殺せる確率も外に比べれば段違い。作りとかドロップアイテムを操れば、客足が途絶えることはありません。ダンジョン内のモンスターが殺した場合はこっちの取り分になりますけど、そこは上手く折半で」

 たしかに、外で人を襲うよりもここで来た人を襲った方が、よっぽど安全で確実に殺せる。

 それなら………


「勝手なこと言わないでください!ベリアル君がそんな卑怯なことをするわけ………」

「いや、悪くないな」

 ヒナミの言葉を遮り、僕は前に出た。



「その話、乗らせてもらいますよ」



 話に乗った僕に驚いたのか、ヒナミは目を見開いた。

「ベ、ベリアル君?何言ってるんですか?そんな人と手を組んでまで、人殺しを………」

「楽に殺せるなら、それに越したことはない。僕としても、これまで通りのやり方では限界を感じていたので」

 僕はヒナミ達から離れて、トランパの隣に立つ。

 正直胡散臭いヤツではあるが、やり方自体は悪くない。楽に多くの人を殺せる、生き残るには割と合理的だ。


「契約成立、ですねぇ」

「いいえ。あなたがまだちゃんと殺した人間を分けてくれるかどうか。そこはまだ信用してないので」

「そうですねぇ………それなら、ここにいるヤツらみんなあなたが殺しちゃっていいッスよぉ。トリックを知られちゃった以上、生かして返すわけにはいかないんで」

「そういうことなら遠慮なく」

 デモンズエッジを引き抜くと、ヒナミ達へと向ける。


「くっ!………皆さん、私の後ろに下がってください!」

 ヒナミは騎士団を下がらせてシルバリースケールを引き抜く。

「ベリアル君。何のつもりかは知りませんが、今はふざけてる場合じゃないんです。冗談ならすぐにやめてください」

「別に普通でしょ?人殺しが人殺しと手を組む。生き残るにはいい作戦だ。相手は誰でも構わない」


 僕に刃を向けてはいるが、ヒナミはまだ戸惑っているようだ。騎士団を背中に庇い、不安の眼差しを向ける。

「何でですか………人を助けるために、ここに来たんじゃないんですか?」

「別に。僕はただ真相が知りたかっただけ。人助けなんてガラじゃないし、むしろ僕が生きるためには死んでくれた方がありがたい」

「そんなことない‼︎」

 ヒナミは叫んで睨みつける。



「あなたは………そんな人じゃないはずです」

「………これが僕だよ」



 お互いの言葉が何を意味するのか、それは誰にも分からない。

 でも、もう僕達を止めるものは何もない。武器を向けて睨み合う。

「それなら………私が、あなた方を止めてみせます!いきますよ、ホーリードラゴン‼︎」

 ヒナミはシルバリースケールを掲げて、契約したモンスターの名を呼んだ。


 しかしいつもなら光り輝き現れるはずのドラゴンが姿を現さない。


「えっ⁉︎ホーリードラゴン、出てきてください!どうしたのですか⁉︎」

「ざんね〜ん。あなたの忠実なドラゴンは出てきませんよぉ」

 戸惑うヒナミに答えたのはトランパだった。

「このエリアではボスモンスターを除いて、契約者の能力は全て使えなくしたんスよぉ」

「まさか…………そんなことまで出来るんですか⁉︎」

「ダンジョンで設定可能なトラップの一つッスよぉ。もっとも、ランク的に高レベルのボス部屋で使われるようなヤツッスけど」


 ダンジョンとして出来ることならやりたい放題ってわけか。

 同じプレイヤーでこの差とは、ゲームバランスめちゃくちゃだな。

 これで面倒なドラゴンの力は封じれたが、同時に僕もグリモワールの力が使えなくなったわけだ。

 まぁ、どの道殺すことに変わりはない。

「もう自慢話はいいでしょう。彼女達、殺してもいいですか?」

「あぁ、これは失礼。さっさとヤッちゃってください。つーか、あなたも能力使えないのに、大丈夫ッスか?」

「えぇ。いつもしてることなので」

 殺して殺して殺しまくる、生きるために。だから………


「さぁ、生きる時間だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る